将来の希望(高校生編)
「話したいことがあるんだ」
次の日の朝、祖母と蒼真の手作り和食の朝食を全員で食べ終わった頃、
蒼真は自分の考えている話を聞いてもらうことにした。
食卓は、直ぐに片付けられ、テーブルにお茶の入った茶器が置かれる。
祖母が気を利かせてくれて、全員で話を聞く体制になった。
「準備出来たぞ」
「うん」
蒼真は、こっそりと準備してきたことを打ち明け始めた。
料理作りが好きなので、将来はシェフになりたいこと。
日本ではなく、世界へ出て行きたいので、アメリカの料理専門の大学へ進学したいこと。
その為に、皐月家の香の情報から、その友人達と連絡をPCのフェイスブックから
取っていたこと。
PCで、小型カメラ付きでスカイプを利用して、皐月香の友人達に、大学進学を相談していたこと。
英語に関しては、英会話教室での学習で日常会話や試験対策をしてきたことも
打ち明けた。
「いつの間に」
「凄いわ、蒼真」
「お兄ちゃん、シェフになるんだ」
それぞれ驚いた感想が述べられる。
父である樹生は、かなり驚いていた。
「凄いな。高校1年で、もうそんな先の事を考えていたのか。大学は、アメリカか」
蒼真は、伺うような顔になる。
「金銭的には、多額になりそうだから。何かバイトをしようかと考えている」
(香の頃も母にかなり無理を言ったから、かなり後ろめたいなあ。
あの時は、家では難しいような感じだったから。2年間、バイトしていたなあ。
それでも高校生のバイトでは、月3万~4万が精一杯。部活や学業とバイトの
3足の草鞋で大変だった。100万しか貯められなくて、残りは親頼みだった)
「いや、それは構わない。蒼真がそうしたいという将来目標があるなら、俺は応援する」
樹生が苦笑すると、祖父母も頷く。
「私もよ、蒼真」
「私もだよ。蒼真の料理は美味いからな。世界に通用する計画なら乗るぞ」
蒼真は、父、祖父母から許可を得たことでホッと肩を落とした。
自分の将来について初めて話をしたので、手に汗を感じ、かなり緊張していたことが分かる。
「お兄ちゃんは、シェフかあ。くるみは、お父さんと同じような仕事に就きたい」
蒼真が将来の話をしたことで、くるみも刺激を受けたらしい。
「くるみは、医者?」
「医者になれるかどうかは、分からないけど。医療関係。出来れば、看護士にはなりたい」
「そうか。くるみは、看護士か。応援するぞ」
「有難う、お爺ちゃん」
蒼真とくるみの将来の話について、あれこれ意見交換が出尽くしたところで、
蒼真は、具体的な計画案を紙に書いて説明をした。
「金銭は、父さんにお願いして。今後の受験までの計画なんだけど。
香さんの友人の話では、現在の大学受験システムが、こんな感じで、入学は9月で」
「後2年までの計画か。凄いなこれは」
現時点の入学金から月の学費、教材費。
入学する2か月前にアメリカに渡り、香の友人の家に2か月間だけホームステイをして、
合格した後は、学生寮に移るとか。その友人とは、スカイプで話をつけてあること。
それがどういう人物で既婚者で、家族ぐるみで応援してくれる人でとか、
かなり現実的な話。
「蒼真、その計画はいつから?」
「シェフになろうと思い始めたのは、皐月家へ行った時。そこのお婆さんから香さんの話や
教材や道具を貰った頃かな。性に合っていると思った」
もともと、シェフをしていた能力を、フルに生かしたい。
今度こそ、夢を叶えたい。
蒼真は、夢を語り始めて、家族全員をさらに驚かせた。
「お兄ちゃんが、こんなにシェフになる為の話を熱く語るなんて、びっくりだわ」
くるみも兄の熱く語る姿に、こんな面があったのかと。
祖父母も父も同じ感想を抱いている。
「とにかく、なりたいのなら。頑張れ。俺は、蒼真にしてもくるみにしても
応援するし、その為の学費は何とかする」
「うわ、父さん有難う」
「お父さん、大好き~」
頼もしい父の言葉に、蒼真もくるみも手をお互い叩き合って喜んだ。
ちなみに、早朝から隣りの家の崇子さんが早速やってきたが、
両親に引きずられるように即戻っていった。
そこで安心していたら、車中に落としていたらしい携帯を取りに車庫に行ったところを
崇子さんの実の娘に出会ってしまった。
あちらは、学校の文字が入ったジャージ姿で、スポーツバッグを抱えて玄関を出たところ。
丁度、こちらも玄関を開けて、停めてある車に向かうところ。
「こんにちは」
と、声を掛けてこちらへ向かって走ってきたので、驚いて怯んだところを腕を取られた。
「きゃあ、ママが言ってたとおり。恰好いい~。イケメン~」
(隣りの家から出てきたということと、ママということは、崇子さんの娘ということか)
ここで、彼女が誰なのかを察した。
初対面で、まさか腕を取られるとは思わず、反射的に腕を外させた。
「ど、どうも」
「ねえねえ、名前は?これからこの家に住むの?」
物凄く嬉しそうな顔をさせて、怖いくらいだ。
顔は美人な部類に入るかもしれない。だが、恐ろしく執着するタイプの女子だと分かる。
(流石娘だ。母親とそっくり)
「いや、帰省してるだけ」
「いつまでいるの?ねえ、今日は暇?」
これは、困ったなあと思っていたところへ、第2の人物の声。
「美緒~、何してるの~。部活行くよ~」
自転車でこちらへ向かってくる女子2人。どうやら、崇子さんの娘を呼びに来たらしい。
名前も知らない方が良かったのに、ここで分かってしまった。
キッ、と自転車が2台蒼真の前で止まる。
「うわ、イケメン」
「誰、誰」
「私の家の隣の人」
「きゃあ、いいなあ」
いきなり女子トークが始まる。
「悪いけど、もういいかな?」
蒼真は、巻き込まれるのが困るので早速玄関へ走る。
「ちょっと待ってよ。名前は?」
(何故、命令形?)
蒼真は、無視して玄関の扉を閉めた。
「拙いなあ。もしかして、ストーカーされる?」
玄関の扉を閉めて、へなへなと座り込むと、いきなりチャイムが鳴りだす。
(まさか)
嫌な予感をさせながら、TVモニター付のチャイムなので、モニターを起動。
(やっぱり)
モニター画面に映るその顔は、今しがた逃げてきた相手だ。
「ちょっと、名前は~?」
「美緒、ちょっとやばいって」
「名前聞いてないもん」
「よその家なんだよ。時間ないし、部活行くよ」
他の2人に言われて、ぶつぶつ言いながら玄関を離れ、去って行った。
「やばいなあ」
玄関チャイムが鳴り止み、蒼真がガックリと項垂れると、背後から祖母がやってきた。
「今、チャイムが鳴らなかった?」
「鳴った」
「どなただったの?」
「隣りの家の娘の娘」
「・・・・もしかして、蒼真」
「目が合うなり、走ってきて腕を取られた。腕を組まれそうになったから
慌てて離れて、名前を聞き出そうとするから。慌てて逃げた」
祖母が憐みの目を向けてくる。
「婆ちゃん。絶対に俺の名前、言わないでくれる?」
蒼真の必死の形相に、祖母は頷く。
「そうね。勝手に恋人扱いされたら、大変だものね。その子はどうしたの?」
「今から部活らしくて、同級生らしい子達に連れられて行った」
今までの経緯を再度説明すると、
祖母は、腕を組みながら蒼真をキッチンへ招いた。
キッチンでは、まだ祖父と父とくるみが雑談している。
そこで、祖母は今の蒼真の話をして、早々に帰った方がいいと結論になった。
「貴方。この家売って、引っ越ししませんか?
このままでは、蒼真もストーカー被害に遭いそうですよ」
祖母の言葉に、祖父は頷いた。
「そうだな。これ以上被害を受けるのは不本意だな。分かった」
「だったら、家にくればいいじゃない」
くるみが提案した。
「家?」
「そうよ。お母さんがいなくなって、家事全部お兄ちゃんだったから。
お婆ちゃんという協力者がいると、いいんじゃないかなあって。ダメ?」
くるみの言葉に、樹生もいい提案だと頷いた。
「そうだな。蒼真は、後2年で海外で、くるみ1人残して仕事に行くのは心配だしな。
父さん、どうだろう」
樹生も賛成だと父に返答を促すと、祖父よりも祖母が手を叩いて喜んだ。
「皆で住めるの?いいわねえ」
妻が喜んでいるということで、祖父も頷くことになった。
「分かった。引っ越ししよう」
善は急げと、その日から引っ越し計画が進み始めた。
アメリカ 料理大学は、CIA(全米最大で権威ある料理の学校)を参考としています。
過去、TVで1度紹介されたことがありますが、世界で通じる料理人になる為の学校。
実際、取材したジャーナリストが本物のシェフになってしまった話が本になっていますので、興味ある方はどうぞ。