母の存在(高校生編)
1週間、どう過ごしたのか覚えていないくらいの生活ぶりだ。
母は話し合いまでの間、花井家にいる為、
蒼真が朝早く起きて、洗濯し、朝食を作り、学校へ行く。
部活から戻ると、掃除、夕食、宿題をして就寝。
洗濯物の取り込みと畳み、夕食の後片付けだけは、くるみが手伝う。
ただ、それの繰り返し。
あの日の次の日。月曜日の夜。
父は、蒼真とくるみに今までの経緯を話して聞かせてくれて
くるみの実の父親についても話をすることになった。
自分が父の子ではないと聞き、くるみは思った以上に泣いてしまった。
「くるみ。それでも、くるみは俺の娘だ。俺は、母さんとはやり直すことは選択しない。
ただ、親子3人でこのまま暮らしたいと思っているが、どうだろう。
もちろん、くるみが母さんと暮らしたいなら、くるみの意志に任せる」
「うん。私はここにいたい。お兄ちゃんは?」
突然何か閃いたのか、目をキラキラさせて返事を待つくるみは、何か勘違いをしている様子だったので、
蒼真はため息を吐いてから
「くるみ。俺とくるみは本当の兄妹。血が繋がっているから。異父兄妹」
明らかに、くるみはガッカリしていた。
考えられることは、蒼真と兄妹でなければ、結婚出来るとでも思ったのだろう。
「そうなんだ。でも、このまま暮らしていきたい」
くるみは、今の生活を選ぶと選択した。
父は結局、母とは別れる選択をした。
金曜日の夜。母の実家(店でない方の本宅)で、母方の両親の前で家族で話し合いをするという
連絡がきたようだ。
蒼真にもみちるからメールで連絡が着ている。
祖父は、出来れば父に許してもらいたいようだが、祖母は娘の失態があまりにも
酷く諦めているようだ。
みちるには、金曜日に父と花井家を訪ねると返信した。
今週の金曜日はきついなあと思いながら、日は過ぎていく。
くるみは、金曜日までの期間、情緒不安で眠れないと言ったり、不安そうにしたりと
かなりストレスになっているようだが、父も蒼真も変わらない態度で接した効果もあり
木曜日には、気持ちが落ち着いてきたのか、自分の状況を受け止めたようだ。
家庭で大きな問題が起これば、大抵、ここで逆キレしたり人間不信で不良とか変な連中と仲良くなって道を外すとか
自分の将来をダメにするような行動に行きやすい。
数日、無口で部屋の中で大声で泣いたりと、見えないところで1人で葛藤していたくるみ。
それを乗り越えたくるみを蒼真は、温かく受け入れた。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「うん。お兄ちゃんとは本当の兄妹だと思ったら、なんだか気分が浮上した」
だって、イケメンだもんという言葉に、蒼真は苦笑するしかなかった。
「そうか。イケメンの兄で良かったな」
「うん。本当はね。血が繋がっていなかったら、お嫁さんになれるかなと思ったの。
でも、本当の兄妹の方がいいかなって」
無理に笑おうとしているのか、本当に嬉しいのかわからないが、くるみは笑顔を
見せてくれるようになった。
「俺も、くるみが妹で良かったよ」
「本当?」
「本当」
「そっか。へへ・・」
「金曜、母さんに会いに行くけど」
くるみはどうするかを、聞くつもりで話を振った。
「行くよ。言いたいこともあるから」
「大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫」
それでも、まだ心配だ。
気分の浮き沈みはあるようだから、様子は見て行こうと思った。
そして、金曜日当日。
午後7時半。花井家の本宅に、桂木父と蒼真、くるみは到着した。
車から降りると、父は直ぐに駐車場に車を停める。
3人で一緒に玄関前に並ぶと、3人それぞれ、顔を見合わせ頷いた。
扉脇にあるインターホンを鳴らすと、祖母が玄関を開けてくれた。
「待っていましたよ」
廊下を歩き、応接間に通される。
扉が開いて、3人が入ると、応接セットの下座に祖父と母と伯母。
その間に伯父が座っていた。
「来てくれて有難う」
祖父が立ち上がって、頭を下げた。
桂木父も頭を下げ、上座に親子3人が座る。
そこへ、祖母が直ぐにお茶のセットを持って現れ、伯母と一緒にお茶の器をそれぞれに前に置いた。
「それでは、話を始めよう」
祖父の言葉に、皆頷いた。
「樹生君の話を聞かせてくれないだろうか」
祖父が、まず経緯を話してくれるように頼んだ。
桂木父は、用意してきた紙B4サイズの紙を広げ、時間軸を見せ、その年代に何があったのかを
書きこまれたものを祖父へ渡した。
祖父は、語らずに紙を渡した桂木父を不信気に思いながら、その紙に目を通した。
そして、しばらく読んでいるうちに手が震えだした。
「愛結」
「はい」
「これを読んで、どこか違うことはないか、見ろ」
母は、自分の父から受け取った紙を見つめ、その内容に動揺していった。
樹生を見れば、その決意が読み取れる。
「わ、私は、離婚は嫌です」
涙を零しながら、母は叫んだ。
「愛結」
祖母が自分の娘の肩に手を置き、宥めている。
「私は、樹生さんが好きだもの。絶対に別れない」
顔を真っ赤にさせ、母親としての顔ではなく、一人の女性としての振る舞いだった。
もはや母親ではない行動。
その顔を見て、くるみは蒼真の腕にしがみついた。
「お母さん、怖い」
「くるみ」
「私は、別れないから」
立ち上がって逃げようとするが、扉前でそれを姉が止めた。肩には、彼女の
実の母の手が添えられている。
「逃げてどうするの。言いたいことはきちんと伝えなさい。話し合う為に全員集まったのだから。
どこかへ行こうとしないで。貴女がしたことは、裏切りなのよ。貴女がどうこう言えることじゃないことくらい。この1週間、話し合ったでしょ。貴女は、樹生君のこと好きなのに、どうして
裏切ったの。皆の前で理由も言わないの?」
姉の言葉に母 愛結はハッとするが、実の姉を睨んだ。
「姉さんに分かりっこないわ。死んだ人を想う樹生さんに、私がどれだけ苦しんだのか」
その言葉に、桂木父は静かに、それでも怒りを含んだ声で
「それを君に言う資格はないと思うが。君は、俺の条件を聞き入れてくれて結婚してくれたはず。
その条件の話も、当時こちらにいる君の両親にも話はしている。
君の両親は、当時止めた。それでも君は頷き、俺は受け入れてくれた君を選んだ。
それを、1年で俺は裏切られた。その証拠がくるみだ。どう言い訳が出来ると言うんだ。
苦しんだら、浮気してもいいのか?しかも、相手は俺の友人だ。俺は、友人にも妻にも裏切られた。
俺の方こそ16年耐えてきたんだ。それでも、自分だけが苦しんだと言うのか?」
樹生は、怒っている。
母は、今まで穏やかだった桂木父しか知らない。
こんなに怒っている彼を見たことがなかったはずだ。
蒼真もくるみも父の怒りがこれほどのものとは、知らなかったくらいだ。
「樹生さん、私を嫌わないで」
肩に置かれていた実の母の手を振りほどき、樹生の傍まで駆け寄ってきた。
彼女は、最初から樹生だけで、樹生の心が香に向いていたからこそ、彼の友人にその寂しさを
訴えてしまった。
樹生の腕を両手で掴み、ボロボロ泣き出した。
「私は、ずっと樹生さんといたい。離婚なんて嫌」
蒼真もくるみも母の姿に幻滅して、父がどうするのか静観していた。
祖父母も姉夫婦もそうだったろう。
桂木父は、急に立ち上がり、掴まれた腕を振り払って母は、その勢いで後ろに尻餅をついた。
「貴方」
「悪いが、もう君には触れられたくない。君と一生過ごすなんて考えられない」
きつい一言だった。