対決前 (高校生編)
どうしても父と母の蟠りを解きたい。
蒼真は大きく息を吸うと、リビングで1人寛いでいる母のもとへ。
母は、ドラマを見ながら、ソファの上に横になっていた。
お腹辺りには、ブランケット。
こういうところは、主婦の知恵なのか、女性ならではなのだろうか
風邪を引かないようにしている。
こんな砕けた格好をしている母を見るのは、初めてだ。
いつもメイクも服装も態度も満点母をやっているから、知らなかった。
逆に、元母のある程度手抜きで、ずぼらな部分を知っているから
こっちの母は、家の中まで武装しているのかと思ったくらい。
隙を見せないから。
完璧主義者で、メイクを落とした顔とかずぼらなところを見せたくないのかと思った。
「母さん」
母は、酔っている。
ローテーブルの上には、ワインボトルとグラス。
(うわあ、初めて見る。俺の母ってこんな人だったか?)
恐々近寄ると、ソファに座るよう勧められた。
「どうしたの?蒼真。何か用?」
「あのさ」
意を決して尋ねたら。
「ぐー・・」
「え?」
寝ている。
寝ているのに、返事したのか?
よくよく周りを見ると、ビールの空き缶が3本転がっている。
いや、その手前にチューハイ2缶。
夕食後、2時間しか経っていないのに、どれだけ飲んだのか?
どうしようか。
そんなことを考えつつ、母の寝顔を見ていると、
どこからか、ブーブーブー。
携帯のマナーモード。バイブ音だ。
どこで携帯が鳴っているのかを目で探してみると。
椅子に賭けられたエプロンのポケット辺りが揺れている。
「そこか」
携帯を見つけ、手に持つと、画面によく知った名前があった。
(父さんの親友。川西さんか)
ピッ。
会話録音をしつつ、電話に出た。
「もしもし」
「あ、愛結か」
(いきなり、親しげだ。名前呼び捨てかよ)
「悪い。明日は他社で会議が入ったから。昼は無理だ。午後3時頃はどうだろう?」
「3時」
「ああ。明日はパレオで。待ち合わせはソルフェのカフェで3時少し前に」
相手を確認もせず、用件を述べると、切れた。
「・・・」
(パレオ?パレオって、駅前のラボホ?母さんは、友達とランチするとカレンダーの予定に書いていたはずなのに)
蒼真は動揺して、携帯をカーペットの上に落としてしまった。
阻止出来ないだろうか?
川西さんに会うべきか。
母の携帯の電源をオフにすると、自分のポケットに忍ばせた。
日曜日の朝。蒼真は早く起きて、家族の分の朝食を作っていた。
「おはよう、早いな。今日は何を作ったんだ?」
いつもの時間に父は起きてくると、テーブルに着いた。
妹のくるみも今日は、部活があると予定が書いてあった。
その当人、ラケットと今日の荷物を持ってキッチンへやってきた。
「お兄ちゃんが作ってるの?お弁当お願い」
「はいはい」
昨日お酒を飲んでソファで寝ていた母は、いつに起きたのか知らないが、寝室にいる様子だ。
母の携帯は、電源オフにして蒼真が持っている。
弁当を作り終えると、くるみに手渡し、父にはコーヒーとワンプレート皿を置いた。
くるみにもプレートをテーブルに置いた。
「美味しい」
そう言いながら、朝から食欲のある妹は、時間になると慌てて出掛けて行った。
父は昼から出勤という話で、TVのニュースを見る為に、リビングへ移動。
いつ母が来るのか待っていたら、「ないない~」と、騒いであちこち探し回っている母が
ようやくキッチンへ顔を出した。
「蒼真、私の携帯知らない?」
「ないの?」
「そう。家の電話で掛けてもないの?」
「どこかに落とした?」
「・・・分からない。エプロンのポケットに入れていたから。もしかして、買い物の時かしら」
物凄く慌てている。
母は朝食も採らず、「時間がない」と出掛けて行った。
川西さんとの最初の約束の時間は、10時。メールにあったのを確認している。
午前中は、会議だから連絡は着かない。
会社に電話する勇気があるかは、分からない。
母さんは、どうするだろう。
そんな事を考えつつ、片付けを終えた。
コーヒーカップを両手に、リビングで寛いでいる父に1つ渡すと、父は苦笑した。
「お前、今日何かやらかすつもりか?」
「え?」
「何か企んでいる顔だ」
バレていた。
「何故バレたのか。俺と同じ顔で、何かをする時の俺と同じような表情をする。親子似たか?」
笑う父に、蒼真は苦笑するしかない。
「父さん。今のままでいいと思う?」
「さあな」
「父さん、俺、今日川西さんと会うことにした」
「そうか」
しばらく沈黙して。
父は読んでいた新聞を畳んだ。
「川西は、16年前までは俺の親友だった男だ」
既に過去形。
「怒らなかったのは、何故?」
その質問に父は
「どうでも良かった」
「え?それ・・」
「希望を失った時点で、何もかも諦めた。結婚することも全部、どうでもよかった」
「そ、そうなんだ」
父の言葉に茫然としてしまった。全てにどうでもいいと考えていたかと思うと
香の存在は大きかったんだなと思ってしまった。
「でも、それでもいいと言ってくれた女性に、1年で裏切られるとは思わなかった」
くるみのDNA鑑定の結果の紙をポケットから出して、ローテーブルの上に置いた。
俺は、その判定結果に蒼白だった。
「お前なら、この危機。どうしたい?」
「た、他人だったら、慰謝料取れと言う。娘としての届を撤回するなら家庭裁判所で
川西さんと母さんを訴えて、川西さんに責任を取らせるよう言う」
「そうか」
「ただ、くるみは・・泣くだろうな。イケメン父を自慢してたからな。
川西さんだったら、普通顔だから文句言うかな」
父は大きくため息を吐いて、ソファから立ち上がった。
「俺は裏切られることが心底嫌いなんだ。川西は親友だからこそ、いつか謝罪してくれるだろうと
思っていた。母さんも同じだ。16年待った。これからどうしようかと考えている時に
お前が俺の事を考えてくれて、息子っていいなあと思ったよ」
それはどういう基準なんだ。
複雑そうに父を見上げると、
「これでも、父らしくしようと頑張ってきたつもりなんだが、父としてもダメだったか?」
「いや・・。夫としては残念だけど。父としては尊敬出来る」
「そうか。1つ言っておく。俺は息子である蒼真の味方でいるから。したいようにしてみろ」
他力本願だ。と、一瞬思ったが、父は蒼真やくるみがいたからこそ話を進めなかったように思った。
「やりたいことやらせてもらう」
俺は、時間を確認すると、出掛ける支度を始めた。
3weyバッグを用意し、中にはビデオカメラ、ICリコーダー。小型カメラを入れる。
タオルにビニール、筆記用具。財布。自分だとバレないよう深く被る帽子に、メガネ。
髪型も母のかつらをこっそり拝借。
まさに浮気調査をする探偵のような出で立ちだ。
お昼過ぎて、玄関へ向かうところを父に会った。
「探偵だな」
「探偵です」
「どうにもならなくなったら、携帯に掛けてくれ。今日は、夜勤に回してもらった」
いつでも協力出来る体制にしたことを伝えてきた。
「・・・。過保護だな」
「今、解決する時だと思ったからな」
「分かった」
蒼真は、玄関を出ると歩いて駅まで向かった。