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再び、皐月家(高校生編)

約束の日曜日は、母には行先を告げず、こっそりと出掛けることにした。

妹には、携帯でメールを送っておいた。

父には、4時に皐月家へ来てくれるように頼んでおいた。


午前中から行くつもりでいたが、滞在時間を短くしようと、午後1時に変更。

折り畳み式自転車に乗り込むと、片道1時間位でつけるだろうと

地図でシミュレーションしたことを頭に思い浮かべながら

漕ぎ出した。


道は、香だった頃の記憶が覚えている。

自宅の車庫から出て、様変わりした道もあるが、ほとんど記憶の道と合致した。


1時間、汗だくで皐月家の玄関前に到着。

15分前に元母にメールを送っていたので、玄関前で心配で、外の

道を見ていたというので、心配かけたことに謝罪しておいた。



「さあ、家に入って」

「あ、これは俺が作ったカステラです」

「まあ、手作りなの?有難う」

休憩しようかと言われたが、時間が押しているので、直ぐに香の部屋に行くことにした。

(まだ香の部屋が残っているのか)

階段を上がって、奥の部屋。

扉を開けると、海外へ留学する時のままだ。

ただ当時使っていたベッドは、無くなっていて、部屋にはダンボール箱が8つ程

積み上げられていた。

「机と本棚はそのまま。後は、別のマンションを借りていた時にあった物を

そこのダンボール箱に詰めてあるの」

ベッドは、孫の2人に使ってもらっているのだと聞いて、そうなんだと頷いた。

「私は、下のリビングにいるから、ゆっくりしていってね」

「有難うございます」

頭を下げると、にこにこしながら元母は、階下へ降りて行く。

扉が完全に閉まると、部屋の中をまずは見渡した。

(ただいま。私の部屋)

深呼吸をしてから、作業に取り掛かることにした。


本棚には、高校までのテキストとか辞典。

ダンボール箱を開けると、自分で作ってきた自作のレシピファイルや

海外にいた時に使っていた大学のテキストや問題集、ノートに、辞書。

英語の本が多いが、料理別にその国の文字が書いてある。


(そうか。あのマンションの物は、このダンボールの中に)

取り出しては、中身を確認し、持っていくものと置いていく物に分けていく。

辞書と見せかけて、通帳と印鑑、日記の入っている箱が出てきた。

辞書を箱から取り出すように取り出し、中の辞書部分の箱を開けると

思っていたものが出てきた。

元両親にも気づかれなかったのか、通帳の中身は変わっていない。

自分がいつか店を持つ為に貯めていた当時の金額そのままだ。

(500万。頑張ってたなあ)

日記を開くと、考えていた当時のレシピに、その日の一言感想日記として書いてある。


日本に戻ってきた日付に視線を落とすと、先輩が空港まで迎えに来てくれたことに対する感謝の言葉。

しばらく、店での苦戦の愚痴。

そして、月1回ディナーに来てくれた日は、先輩に出したメニューと、先輩が最後にいつも言ってくれる言葉や会話が書きこまれている。

ああ、自分はこんなにも先輩が好きだったんだなと思い出した。


あれから16年。

すっかり男としての人生を送ってきたので、先輩を好きだった感情よりも

父として尊敬している感情の方が勝っている。

毎日鏡を見ているが、まさに高校時代の先輩の顔そのもの。

もし、先輩を好きだと思う気持ちがあるとしたら、ナルシストになってしまう。


本棚の隣に姿見があるので、思わず自分の顔を見てみる。

(本当に。そっくり。先輩の若い頃の顔だ。この顔、好きだったけど。

今は、自分の顔だからどうでもいいとか思ってしまうところが、男として成長出来たのかも)


いろいろ考えることはあるが、まずは欲しい物を。

箱を次々に開け、持っていくものを決めて、ダンボールを1箱開けて

そこへ詰めていく。


2箱は、道具ばかりで。

その中でも今の自宅にない物だけ持ち帰ることにした。


皐月家に来て2時間。

「そろそろ休憩はどう?」

コーヒーと有名店の饅頭をトレイに乗せて、部屋へ元母が入ってきた。

相変わらず、突然入ってくる人だ。ノックという言葉は、元母には通じないのかと思いながらも

「そうですね」

と、苦笑しつつカップを受け取った。


「どう?たくさんあった?」

その場に座り込む元母の前に、蒼真は座って、コーヒーを飲んだ。

「ええ。そういえば。娘さんの通帳と日記を見つけました」

辞書のような箱を手渡すと、元母は「辞書?」と首を傾げつつ

開けて驚いていた。

「まあ、こんなに。あの子、凄いのね」

亡くなって、娘の財産がどこにあるのか分からなくて、見つかった保険証書で葬式が出来たというので

その話に、蒼真は胸を痛めた。

「保険・・、何社でした?」

「え~と。確か○○生命の」


(あ~、それはベッドの下に置いておいた保険証書だ。確か2社入っていたから、もう1つは)


あちこち箱をガサ入れし、1冊のレシピファイルを見つけた。

「あの、これ」

その偽レシピファイルは、中身が保険証書。

受け取って、元母は驚いた。

「これ、保険証書」

「中身、1千万の保険みたいですよ」

知っている癖に、わざと言ってあげると、元母は保険証書を落とした。


「まあ・・・。あの子は、本当に親孝行なのか親不孝なのか」

ぐすぐすと鼻をすすり、ハンカチで拭きながら、元母は蒼真にお礼を述べた。

「有難う。あの子からの贈り物を見つけてくれて。きっと、店を作る為に貯めていたはずなんだろうね。

保険も海外へ行ったりしていたから、いざという時のものだったのかな」


「でも、ここで見つかったということは、きっと巡り合わせなのかもしれないですよ。

使って欲しいという意味で」


元母には、いっぱい迷惑を掛けた。

死んでしまって親不孝なことをした。

お金しか残せないけど、幸せでいて欲しい。

そう、蒼真は思ったのだ。


「有難う。これは、いざという時の為に使うことにするわ。皆が知れば、使われてしまうもの。

本当にどうにもならない時に、香の力を借りるわ」

「そうですね」


休憩が終わると、また蒼真はあれこれ中身を分け、元母はリビングに戻っていった。

4時になり、2箱のダンボールに収まると、玄関前まで降ろした。

「帰りはどうなっているの?」

「父が迎えにきてくれるので」

「自転車は?」

「折り畳みなので、車に乗ります」

「まあ、今の自転車は凄いのね」


そんな会話を玄関前でしていると、

「ただいま~」

と、元弟夫婦が戻ってきた。

蒼真の存在を確認すると、澪さんは「ええ~、今日来る日だったの?出掛けるんじゃなかった~」と

叫び、元弟は「なんだよ、それ」と怒っていた。

「母さんも、きちんと日にち教えてくれたらいいのに。蒼真君と語り合いしたかったなあ。

どう?夕食は?」

「いえ、父がもうすぐこちらへ来るので」

「え?先輩来るの?」

「わ、私化粧を・・」

夫婦でドタバタと廊下を走っていく。


それから、妹の里羅が部活から帰宅。

「疲れた~」

と、お疲れモードで玄関に入ってきたものの、蒼真の顔を見るなり顔を赤くさせ

「いやあ、蒼真君。今のはナシ~」

と、荷物を持ってやはりドタドタと2階へ駆け上がっていく。


「・・・・」

その慌てように、元母は「はあ」とため息を吐き

「ごめんなさいね。騒々しくて」

「いえ」


そして、次は。

ピンポーン。

「はい」

インターホンには、桂木父が出た。

「こんにちは。桂木です」

「ああ、桂木君」


玄関の扉が開くと、前に父が立っていた。

「こんにちは。このたびは息子に有難うございます」

頭を下げ、ケーキの箱を元母に手渡した。

「まあ、ご丁寧に。有難うございます」


それから、父は蒼真に視線を向けた。

「父さん、この2箱。駐車場に自転車もある」

「分かった」


2人で、後部座席に2箱。後ろのトランクには、自転車を詰め込んだ。


先に桂木父は、元母と少し話をしていた。

何を話していたのかは、蒼真は気付かなかった。


「有難うございました」

「いえいえ、またこちらに来る時は、寄ってくださいね」

蒼真と桂木父は挨拶すると、車に乗り込み皐月家の町を離れた。

元母は、車が見えなくなるまで見送ってくれた。

桂木父が何を考えていたのか、蒼真は確かめることもなく

疲れからか助手席を少し後方へ倒し、いつのまにか熟睡していた。


その後の皐月家では

「ええー、先輩も来て帰った?」

「そんなあ」

弟夫婦は、慌てて着替えて、部屋を掃除しているところへ、母親が通りがかり

今桂木親子が帰ったと一言告げると、ガッカリして座り込んだ。

2階からスポーツウェアから私服に着替えてきた里羅も同じ。

「うわ~、帰った?そ、そんなあ。蒼真君に会えたのに~」

と、悔しがった。


もっと悔しがったのは、それから5分後に戻ってきた瑠璃。

家族に覇気がない。

リビングで残念がっている家族に理由を聞いて、その場でバッグとラケットを

取り落とした。


「ええ~、そんなあ」


残念。





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