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香の記憶 (高校生編)

S高での練習試合も終わり、チームメイト達と正門前でバス待ち。

自転車で来た者はそのまま自転車で、と。帰りも各自バラバラ。

大半はバスで駅まで行くので、今の時間帯の停留所はs高の生徒よりもF高が多く並んでいる。

イケメンが多い高校と噂があるので、

S高の女子生徒に何人かは声を掛けられていた。

蒼真は、無駄に携帯番号を教えたくなくて、お断りしている最中だった。


女子テニス部も終えたのか、瑠璃がバス亭の近くまでくると

歩きながら誰かを探している様子だった。


「瑠璃さん」

蒼真はなんとなく声を掛けてみた。

「あ、蒼真君。良かった。今日は、テニス部で変な押しかけしてごめんなさい」

ぺこりと頭を下げる。

「え、ああ。大丈夫だよ」

蒼真がにこりと笑うと、瑠璃はホッとした顔をさせた。

「本当?」

「本当」

「そ、そっか。良かった。あ、あのね。それと、お婆ちゃんから伝言なんだけど」

「お婆ちゃん?」

(皐月のお母さんが何?)

「その。料理作るの好きなようだから、蒼真君さえ良ければ、道具要らないかなって」


道具?


「あのね。お父さんのお姉さんは、シェフだったの。亡くなった時に料理の本や道具が

たくさんあるんだって。もし必要なら、譲るよって」


(私の道具。16年も経っているのに、まだあるんだ)

「いいのかな?」

「いいよ。行く日を決めたら、お婆ちゃんに連絡してくれないかな」

それだけを伝えると、瑠璃は自分のテニス部の仲間の所へ戻っていった。

瑠璃を待っていた友達たちは、蒼真と視線が合うと、きゃあと騒ぎ

手を振る。瑠璃の友達ならと、笑顔で小さくだが手を振ると

またも「きゃあ」と騒いで、瑠璃と共にきゃあきゃあ騒ぎながら去って行った。



女子って、目当ての男子と会話したりする時に起こる現象だったかな。




その後、バスにくるみも一緒に乗り込み、里羅とも別れて家路を急いだ。

今日はいつもより緊張し、運動量も多かったので、かなり疲れた。

お風呂に入りながら、瑠璃の言葉を思い出す。


「香の料理用道具か。いつ行こう」

16年前の記憶を思い出すと、刺される前までは、あのレストランよりも30分離れた場所の

賃貸セキュリティーマンションを借りていた。

その時の部屋の中は、海外での資料とか自作レシピブックとか。

高額なフランス語の料理本に、ドイツ料理の本に料理大学での資料に

機械のいくつか。取り寄せてまだ未使用の機材もあったはず。

「欲しいな」


蒼真は、風呂上りに時計で時間を確認すると、携帯を手にしてアドレスから

皐月の、元母の名を選んでボタンを押した。


数回のコール音の後、先日の墓参り以来の懐かしい声が聞こえてきた。

「はい、皐月です」

「あ、こんばんは。蒼真です」





「来週の日曜日の朝10時頃に」

元母に皐月家へ訪ねる約束をした。

もう1度、あの家へ行く。それが何故か楽しみだった。

(本とか機材とか持ち帰るなら、先輩に頼んでおかないといけないな。

予定、大丈夫だったかな)

キッチンへ入り、家族の予定が書きこまれているカレンダーを確認しに行くと

父の予定が仕事休みマークに、家で寛ぐと記されていた。

(よし。ここは、頼んでみよう)


カレンダーを眺めている後ろでは、母が夕食の準備をしていた。

「蒼真?カレンダー見つめてどうしたの?」

トレイにお茶碗4つ乗せている状態で、テーブルには父も妹も座っていた。

「お、ようやく風呂から出たのか?随分と長風呂だったな」

父は妹との会話を中断し、蒼真に視線を向けて笑っている。

どうやら、テニス部に蒼真が大声で呼ばれた話をしているらしい。

「くるみ~」

「だって、お兄ちゃんてば、面白かったもん」

(もんて、もんて何)


「あ、そうだ。父さん、来週の日曜日夕方迎えに来て欲しいけど。予定空いてる?」

「来週?」

父は蒼真の部活の迎えのことかと笑っていた。

「試合でもあるのか?どこまで?」

「部活は休み。皐月家で機材をくれるそうなんだ。まだ新品なのを譲ってくれるって」


気付かなかったが、母は少し驚いて蒼真を見ていた。

それもなんだか様子がおかしいことになっていると気が付いたのは、

名前を呼ばれてからだ。

「蒼真?」

「ん?」

「皐月さんに会ったの?」

「皐月さんと言っても、お婆さんだよ」

「・・・・」

蒼真はハッと我に返り、父に視線を向けると、父は複雑な表情をして蒼真を見ていた。

「え?何?何か問題でも」

蒼真がうろたえると、母の目から涙がポロッと流れ落ちた。

「な、どうしたの?母さん」

「お母さん?」

くるみも驚いて母の腕を引っ張った。


動揺している母を父は椅子に座らせると、直ぐにコップに水を汲んできた。

「落ち着いて。皐月さんは、お婆さんの名だ」

「そ、そうなの」

水を飲むと、ふうと大きく息を吐き出した。

「大丈夫か?」

「え、ええ」

それでもすっかり意気消沈してしまった母は、父が寝室へと連れて行った。

蒼真は、何が起こっているのか理解が出来ないでいた。

(皐月の名前に何かあるのかなあ)

くるみに何か知っているのかと尋ねても、首を振る。

「知らないよ。何も聞いていないもの」

「そうか」


しばらくして、父はキッチンへ戻ってきたが、母はそのまま横になるとのことで

3人で食事となってしまった。

「あの、父さん」

「ん?」

「母さんは、大丈夫?」

「・・・、まあ、俺がトラウマにしてしまったようなものだ。

落ち着けば、大丈夫」

「そ、そうなんだ」

いろいろ考えると、もしかしたら先輩の条件付きの結婚の事じゃないかと

思えてくる。でも、今は触れない方がいいような気がして、そのまま両親の様子を静観する

ことで辞めておいた。


「そういえば、皐月家に来週の日曜日に行くという話だったね」

食事がひと段落したところで、くるみは部屋へ宿題をしに行ってしまい

リビングには蒼真と父とが残っていた。

「え、あ・・うん。料理の本とか道具とか譲ってくれるそうなんだ。

いろいろレシピが増えるなら欲しいと思っている。それで、朝から部屋の整理も兼ねて

夕方までに貰える物をより分けて、父さんに車で運んでもらおうと考えていた」

「そうか。そういう話をしたかったんだな」


「あの、母さんの前で皐月という言葉は、出さない方がいい?」

父は蒼真を見て驚いたようだが、ふふっと笑った。

「全く。どこまで知っているのかと疑うようなくらい勘が働くな」

「は?」

「俺の結婚は、条件付きなんだよ。俺は皐月香の名を忘れないし、墓参りもする。

別の女性の事を思っていてもそれでもいいという女性 それが条件だからこそ

未だに母さんは、縛られているようなんだ」


そうか。「皐月 香」は、禁句なのか。


「今でも同じ?」

「そうだ。今でも」


母さんは、自分は愛されていないと思っているのじゃないか?


「母さんのことは?」

蒼真は必死になっていた。いつまでも亡くなった自分に思いを寄せる先輩では

それこそ前に進めないだろうし、妻が可哀想だ。

「何とも言えない。前にお前に話したように、愛するということが

よく分からない。俺は何度か嫌な思いをして、苦手意識が心のどこかにいつもあって

顔だけで選んでいる、また裏切られるのじゃないかと疑ってしまうんだ。

皐月さん以上の人には、まだ巡り合えていない」


父もまた重症だったようだ。


香の記憶がある私、いや今の俺は、先輩に今 せいある人に心を向けられるように

先輩を立ち直らせる為にいるのじゃないかと頭をよぎった。


私は、先輩に告げた方がいいのだろうか?






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