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ガキン、ガキン!
甲高い音を立てて二つの影がぶつかり合う。勿論、クロムと<ロイヤルナイツ>隊長の舞花の2人だった。
「はああ!」
彼女はクロムとの距離が離れた途端、<壊術>によってクロムの立つ周囲の空間そのものを破壊する為の壁を作った。この壁の内側のみを破壊する術式で、あとは彼女が願うだけでクロムは空間ごと破壊されて死ぬ。<壊術>の中でも、最上級に位置するこの術式をこの一瞬で組み上げる事は、世界広しといえども数人しか出来ないだろう。クロムは、その攻撃を避けることが出来ずに透明な空間に囚われてしまった。
「・・・残念です。貴方なら・・・と思ったのですが。」
その姿を見て、彼女は落胆する。戦闘が始まってから数分、彼の強さを彼女は自分と同じ程度だと感じていた。それは、この世界最強レベルだということを意味している。だが・・・
「私達に必要だったのは、圧倒的な力を持つ人です。私と同じ程度では、使い物にならない。」
そう、彼女と同程度では、使い物にはならないのだ。彼女は確かに、この世界では強者だ。しかし、一騎当千の強者ではないのだ。精々、一騎当百がいいところ。国と戦争するには、それだけでは全く足りないのだった。
(この人では力不足。私達の命運を預けることは出来ない。今も国王の密偵が監視している今、彼を生かすメリットは無いわね・・・)
「・・・謝らないわ。さようなら。」
そして、クロムが囚われた空間ごと破壊しようとして・・・
「何だ。全力を出してもいいのか。」
という声と共に、クロムから感じる圧力が段々大きくなっていくことを確認した。
「え・・・?」
(何これ・・・!?何これ・・・・・・!?これは、本当に人間の持つ力なの・・・?)
その異常な力の高まりは他の人間も感じ取っていた。比較的実力が低い者の中には、あまりの圧力に気絶する者まで出始めた。
「仕方がない。この世界では英雄にはならないと決めていたが・・・後で不都合な記憶だけ消去すれば問題ないだろ。・・・見せてやるよ、俺の本気を。」
ゴウっと、更にクロムからの圧力が高まり・・・
パリン・・・・・・という乾いた音を立てて、空間破壊術式そのものが跡形も無く消滅したのだった。
彼の故郷は、豊かだが争いの絶えない世界だった。それは、人と人との戦争などではなく、人類と魔獣魔物との生存競争。お互いに一歩も譲ることの出来ないそんな世界に、彼は王族の一人として生まれた。
その世界での王族の役割はただ一つ。『誰よりも前に出て戦い続けること』であった。王族自らが戦闘の最前線に立ち、民の象徴となることが必要とされた。
だから彼は、戦い続けた。戦って、戦って、戦った。しかし・・・彼は、超一流の戦士どころか、一流の戦士にすらなれなかった。誰よりも戦っているのに、その経験を生かすための才能が足りなかった。彼は、戦士というよりは研究者だったのだ。
『う、あああああああああ!』
何度も何度も、自分の非力のせいで人が死ぬのを見てきた。弱い自分を庇って死ぬ戦友、自分が近くに居たのに、力及ばず助けられなかった子供・・・それを嫌になるほど沢山見せられた彼は、何時も泣いていた。
(強くなりたい・・・どんな敵が来ても、全ての人を守れるほど強くなりたい・・・!)
何時からか、彼はとある研究に没頭するようになっていた。戦士としての才能は無くとも、魔導学者としての才能は超一流だった彼は、才能の壁を突破する方法を思いついていたのだ。膨大な時間と、莫大な予算を使用し、彼は遂に完成させた。それは、彼が23歳になったある夏の日であった。
―――――平行世界干渉魔法『ダウンロード』―――――
それが、彼が完成させた、彼が本来使える唯一の魔法の名前だった。
平行世界とは、もし今とは違う選択肢を選んでいたら?というIFの世界のことである。その世界では、今の自分とは少しだけ違う自分が居ると言われている。その世界は、可能性の数だけ存在しており、実質無限。
その世界には、『超一流の戦士になれる才能を持ったクロム』がいるかもしれない。『超一流の魔法使いになれる才能を持ったクロム』も、『超能力』などを使えるクロムがいるかもしれない。
この魔法は、そんなIFの世界から望む才能をコピーする魔法だったのだ。
普通なら、人には、持てる才能の数が決まっている。それは、才能のキャパシティが定まっているからなのだが、クロムは『圧縮保存』という魔法を習得することでその問題を解決した。ダウンロードした才能を圧縮して保存しておき、必要な時に解凍して使うことで、大量の才能をダウンロードすることに成功したのである。
ただ、その魔法の実験中に起きた事故のせいで、彼は今も苦悩しているのだが、それは別の問題。
彼は、自身の望んだ最強の戦士になることが出来たのである。
(そう、俺は最強になれた筈だった。全ての人間を守れると思った・・・なのに)
「武器倉庫解除。ハの3番を転送。」
腰のベルトに装着された転送魔導具『韋駄天』から、漆黒の鞘に入った太刀が転送される。クロムがその太刀を抜くと、波打つ美しい波紋を持つ刃が現れた。その姿を見て、刀など知らないこの世界の人間が、思わず感嘆の溜息を漏らす。
突然クロムが消えた。舞花がそう認識した次の瞬間に、彼は彼女の目の前に現れた。
「っ・・・・・・!」
「終わりだ!――――全てを喰い破れ『千羽鴉』――――!」
彼が上段から刀を振り下ろす。彼女の鎧に頭から股間まで一筋の線が走った。しかし、それだけでは終わらなかった。彼は一度しか切っていないのに、鎧には無数の切り傷が刻まれたのである。
彼が刀を鞘に収めると共に、彼女の鎧がガラガラと音を立てて崩れさり、砂になって消えた。。
「・・・・・・えっ!?」
そこに残ったのは、下着しか付けていない、ほぼ全裸の舞花だけだった。
「やべ・・・。」
他の部隊の戦闘服は暑さ対策がしてあるため中に服を着用出来るのだが、<ロイヤルナイツ>の鎧は特殊術式で組まれていて暑さ対策をする余裕が無いので中に服を着ないのだ。
だが、流石に年の功。クロムはさほど動揺することもなく、彼のコートを着せた。それも、魔力により強化した常識外の運動神経にモノを言わせた早業なので、彼女の下着姿を見ることが出来た人間は居なかったのであった。
そして、彼は深々と頭を下げて謝罪した。
「すまない。君の鎧の術式に、盗聴と自爆術式が隠されていたので、壊すために鎧を切った。だが、その後の事を考えていなかったようだ。」
彼の持つ刀の名前は『千羽鴉』。一度の斬撃に、千の追加攻撃が付与される、彼の自作武装である。さらに、この刀は事象、現象を『喰う』事が出来る。彼女の鎧には、盗聴と自爆の術式が組み込まれていた。恐らく、彼女が裏切ったときの為の保険だろう。それを見破ったクロムは、それを『千羽鴉』によって喰った。もう安心だろう。
しかし、自爆と聞いた彼女たち<ロイヤルナイツ>はそれどころではなかった。それからしばらく、彼らは自分の術式を点検する為に大慌てになるのであった。
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