対峙
村まで凡そ2キロの森の中を、僅か一分足らずで駆け抜けてきた<ロイヤルナイツ>は、その入口付近で足を止めた。そこに、一人の青年が立って居たからである。
「・・・貴方は何者ですか・・・・・・?」
<ロイヤルナイツ>の現隊長、有里舞花は、その青年の放つ雰囲気から、只者ではないことを察していた。それは他の隊員も同じであり、本能的な恐怖からこれ以上進むのを躊躇っていた。
「私は<ロイヤルナイツ>隊長の、有里舞花です。もう一度問います。貴方は何者ですか?」
彼女が再び問うと、その青年は驚いた後、何故か納得したような顔をして頷いた後、口を開いた。
「俺は昨日レジスタンスに入ったクロムという旅人だ。家名は捨てたんでな。クロムと呼んでくれ。」
(隊長が女性だというのには驚いたが、これまでの身のこなしと雰囲気からしてかなりの実力者だな。他の隊員よりも頭一つ抜きん出ている。これなら納得だ)
その言葉に彼女を含めた全員が驚愕した。昨日、研究所の軍隊がたった一人の男に手も足も出ずに敗北したと聞いていた。その男の特徴が、目の前の男と一致しているのだ。珍しい黒髪黒目で、着ているものも全て黒ずくめの男という情報に、ピッタリと一致した。
「・・・昨日、軍隊を潰したのは貴方ですか?」
殺気を含めて質問してみる彼女。彼女の殺気を当てられれば、余程鈍い人間でも震え上がるものなのだが、彼は平然としていた。
「・・・?別に潰してはいないだろ?何人か痛めつけて、丁重にお帰り願っただけだぜ?」
首を傾げて彼女を見るクロム。その姿に、<ロイヤルナイツ>の隊員は、言いようのない寒気を感じた。彼らは世界でも最強クラスの軍隊である。しかし、昨日クロムが蹴散らした軍隊も、国内では<ロイヤルナイツ>に次ぐ実力を持っているとまで言われている。つまり、世界的に見てもかなり強力な戦力だったはずなのだ。それを、簡単に潰してしまうクロムに、表面には出さないが、内心怯えているのだった。
「なあ、俺は無駄な争いは嫌いなんだよ。・・・帰ってくれないかな?」
だが、この言葉は、彼らの怒りを買ってしまった。クロムは、長い時を生きてはいるが、人の気持ちなどを考えることが苦手である。・・・というより、人間から逸脱しているからこそ、人の気持ちがわからなくなっているというのが正しいだろうか。彼は、自分でも知らないうちに、人間を自分よりも下に見ているのだった。それは、彼が一番憎んでいる『奴ら』と同じ行為だと気づかずに。
「そんなことを言われて、引き下がれると思うの?」
舞花は、鞘から剣を抜きクロムに突き付けた。それを見た他の隊員が動揺する。
「一対一で決闘を申し込むわ。私が負けたら彼らは下がらせる。私が勝てば、ここを通して貰う。・・・どう?この決闘、受ける?」
態と挑発的な態度で決闘を挑む。目の前の男はプライドが高そうだと判断したためであった。こう言われては、辞退など出来ないだろうと。しかし・・・
「うーん・・・。どうするかな・・・・・・?」
クロムは顎に手を当てて考えていた。絶対に受けてくると確信していた彼女は、少し驚いていた。
実際、破格の条件である。普通なら、問答無用で切り殺されても文句は言えない立場なのだ。いくら得体が知れない要注意人物と言っても、彼らは50人も居るのだから何人かで足止めして、その内に他のレジスタンスを攻撃する事だって出来る。この辺りの森には、逃げられないように複数の部隊を配置しているし、実質詰みの状態である。
だが、その圧倒的に有利な状況に居ても、彼女の不安は募るばかりであった。彼女の戦士としての勘が叫んでいるのだ。『この男に関わるな』と。だが、彼女としてはどうしてもレジスタンスの実力が知りたいのだった。彼女の目的のために。
(正直、この国に愛着なんてないし。・・・あの屑男を守る為に、大事な部下の命を捨てるなんて出来ないよ・・・)
彼女達の中に、国王への忠誠心などは欠片も存在しなかった。逆に、あんな愚王のいる国など早く滅べばいいとまで考えている人間さえいる。
それでは何故国王の親衛隊をしているのかといえば、人質を取られているからであった。彼女は恋人であった青年を奪われている。彼女の戦闘能力に目を付けた国王によって、脅されているのである。これは、他の隊員も変わらない。親や兄妹、恋人など、彼らは自分の一番大事な者を奪われてしまった。
しかし、つい先日、人質として連れ去られていた女の子が、奴隷商人に売られたという情報が入ってきた。その子の父親は、ちゃんと働いていたにも関わらずである。これに危機感を覚えない人間など居るはずがない。
(次はあの人かもしれない・・・何時殺されていても可笑しくない。だから、彼らの力を確かめる)
もし、レジスタンスが王国に対抗出来る力を有しているのなら、彼ら<ロイヤルナイツ>と幾つかの部隊は彼らに協力して国と戦うつもりである。この決闘はその為の戦力調査だ。
クロムはまだ悩んでいた。それを見ていた彼女も、そろそろ我慢の限界であった。
「時間稼ぎのつもりかもしれないけど、周りには幾つかの部隊を配置しているわよ。つまり、あなたたちは逃げられない。・・・決闘、受けるの?受けないの?」
それを聞いたクロムは、大きく溜息を吐くと、漸く首を縦に振った。
「何だ、俺の探査範囲より離れた場所に配置してあったのか。この隙に皆に逃げてもらおうと思ってたんだけど、しょうがないか。・・・・・・俺は、英雄になるつもりはないんだけどな。」
そこで言葉を区切ると、真っ直ぐ彼女を見て、宣言した。
「その決闘、受けよう。」
彼女は、その瞳の力強さに圧倒されていた。それと同時に、歓喜していた。
(この人なら・・・あの国王を倒してくれる。そんな予感がする)
クロムと舞花の決闘が始まろうとしていた・・・。