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クロム  作者: 芳奈揚羽
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嵐の前に

『見つけたか!?』


『駄目、完全に見失った。・・・失態だわ。一方的な展開になるのは分かっていたはずなのに・・・。まさかあそこまで力の差があるなんて・・・。』


 四谷兄妹は廃村の周りの森を駆け巡っていた。何故かといえば、決闘後姿を消したクロムを探しているのである。


 あの決闘は、良くも悪くも、四谷兄妹の思惑を超えてしまっていた。


 良かった点は、クロムの力を示すことが出来た事だ。仲間の中には、クロムの事を過小評価し、侮る人間が多数存在した。後に、彼らとクロムの間でトラブルが起きるのは明白だったので、早めにクロムの実力を見せておく必要があったのだ。


 だが、誤算だったのは、吉井が<ロイヤルナイツ>としての力を使用して負けたことである。彼は王国を憎んでいた。だから、<ロイヤルナイツ>を脱退してまでレジスタンスに入ったのだ。その彼が、憎んでいた力を使用するなど思いもしなかった。そして、その力を使った彼が惨敗するなど、予想出来る筈が無かった。


 四谷兄妹は、試合開始と同時に、クロムが一撃で勝負を決めるだろうと予想していた。まさか、あそこまで遊ぶとは思っても居なかった。


(余計な事をしてくれたわね・・・)


 もしこれが原因で<ロイヤルナイツ>など大した敵ではないなどと勘違いする人間が出てくると大変困るのだ。実際にレジスタンスのメンバーで彼らと互角に戦えるのは、真也、四谷兄妹、そして吉井の4人しかいなかったのだ。クロムが加わり5人になったところで戦況に大きな変化は無い。50人もいる彼らを5人で止められる筈が無い。今は力を蓄える時期なのだ。


 暴走して先走る人間を止める方法はある。荒療治だが、模擬戦で叩き潰せばいい。もう一度、<ロイヤルナイツ>との戦力差を再確認させるのだ。


(クロムにも手伝ってもらうんだから!)


 監視という本来の目的を忘れ、部隊員との模擬戦の為だけにクロムを探す彼らであった。





 吉井哲平よしいてっぺいは、拠点の近くにある崖の淵に腰掛けていた。もう直ぐ夜が明ける時間のため周りは明るくなってきているが、彼の心は沈み込んでいた。


(俺って奴は・・・一体何をしてるんだ・・・。なあ、母さん、仁美・・・)


 彼は何時も首に下げているロケットに入った写真を眺めながら自分を責めていた。


 彼は、数年前まで<ロイヤルナイツ>の一員だった。銀色の甲冑に身を包み、国王の身辺警護の任務に就いていた。真面目に仕事に取り組み、自分がこの国を守っているんだという自信と誇りを持っていた。結婚もしており、自分の母と3人で仲良く幸せに暮らしていたのだ。


 だが、その幸せは長くは続かなかった。妻である仁美が、国王の目に留まったのだ。抵抗したものの、妻は妾として連れ去られ、更にその抵抗が国家反逆罪に問われ母が殺された。


 更には、何時までも自分に心を開かない仁美に痺れを切らした国王により、彼女は処刑されたのだ。彼は世界を呪った。国王を憎んだ。そして、この国を壊してやると心に誓ったのだ。彼も牢獄に囚われていたが、危険を冒してまで彼を助けてくれたのがリーダーである真也達である。世界を壊す術式の話は聞いたが、それが無くてもレジスタンスに入っただろう。それ以来、復讐の為に戦い続けている彼だが、どんなに辛い戦いでも、<ロイヤルナイツ>の術式だけは使用しなかった。国王に与えられた物など、自分の中にあるというだけで吐き気がするほどだったのだ。


(でも、何故か捨てられなかったんだよな・・・)


 どんなに憎んでいても、何度捨てようと思っても捨てられない。この術式も、ミスリルの粉も、まるで自分の一部のような錯覚を覚えるのだ。


(何故俺はあいつに決闘を仕掛けた?)


 それが彼には分からなかった。辞めて数年にもなるが、彼は騎士道精神を忘れたわけではない。酔っていたとはいえ、リーダー達を救ってくれた恩人に自分から喧嘩を仕掛けるなど、考えられない事だった。確かにレジスタンスに入ってから荒れていたことは認めよう。数え切れない程喧嘩もしている。しかし、今日のように自分から仕掛けるということは今まで無かった筈だったのだ。


(俺は何がしたかった?あいつに何を望んでいた?)


 彼に決闘の理由を尋ねられた時、理由が自分でも分からず咄嗟にむかついたと言ってしまったが、本当はそうじゃないことは自分が一番知っている。自分は彼に何かを望んだのだ。


(結局、あの術式も使ってしまったし・・・。それを使っても完敗だもんな・・・)


 何故あんなに忌避していた術式を使用したのか?


(何で、負けたのに気分がいいんだろうな・・・)


 先程までの陰鬱とした考えが何時の間にか消え去った彼は、昇ってくる朝日を眺めながら、一人で考えていた。




「隣いいか?」


 そんな吉井の後ろから声を掛けて返事を待たずに座ったのは、姿が見えなくなっていたクロムだった。彼は明確な理由があって姿を晦ました訳ではなく、質問攻めを回避するために逃げていた。


 その彼が崖の淵に腰掛け考え事をしている吉井を見つけ、声を掛けたのである。


(彼の戦いには迷いがあったように見える)


 クロムは、銀甲冑を装備した際の吉井の動きが、多少鈍っていたことを見抜いていた。


「お前・・・何で俺に決闘を仕掛けた?」


 クロムが隣に座ってからソワソワと落ち着かない吉井の気を紛らわす為、クロムは尋ねた。


「・・・言っただろう。お前がむかついたからだと。」


 その言葉を聞いた瞬間、吉井はクロムから目を逸らし、小さく呟いた。


「いいや、それは嘘だろ?」


「・・・!」


 吉井が驚いた顔でクロムを見つめる。「何故分かった?」とでも言いたそうな顔だ。


「勘だよ。」


 クロムの第六感は、最早異能の域にまで達している。彼が直感的に思ったことはほぼ正しい。これは、本来彼に備わっていた能力では無いが、裏技の使用と、長い年月がそれを可能にしていた。


「お前は、無意味に決闘何てやる人間じゃないって俺の勘が言ってるんだ。俺の勘は絶対に外れないからな。じゃあ、お前はどうして喧嘩を仕掛けてきたのかが気になってな。」


 何でもないように唯の勘だと言ったクロムを見ていると、吉井は何だか自分が馬鹿のように思えてきて、可笑しくなってきた。


「ククク・・・アハハハハ・・・。」


 それから彼は、実に数年ぶりに大声で笑った。家族を奪われてから凍てついていた彼の心がゆっくりと溶けていくような気がする。


「ああ・・・。お前面白いな・・・!」


(何が面白いのか分からないが・・・。まあ、楽しそうだからいいか・・・)


 自分の存在が誰かの助けになるのならそれで構わない。彼は、そのためだけに存在するのだから。


 その後、四谷兄妹に発見され説教されるまでの間に、彼らは仲を深めた。吉井の過去の話も聞いた。その際、死なすには惜しい男だとクロムはある細工をするのだが、それが直ぐに必要になるとは、このとき誰も思っていなかった。


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