決闘
「こいつが、今日から仲間になったクロムだ。不思議な奴だが、悪い人間じゃない。俺たちの命の恩人でもあるからな。仲良くしてやってくれ!」
クロムは、レジスタンスの本拠地で手厚い歓迎を受けていた。彼らの本拠地は、既に誰も住んでいない廃村で、そこに隠れて生活していた。
「隊長の命の恩人だと!?ってことは、隊長失敗したんですか!?」
集まった人間の一人が叫ぶ。
「いや、作戦は成功。だが、撤退するときに敵部隊と戦闘になってな。ヤバイと思ったときにクロムがやってきて、助けてくれたんだ。」
と酒を飲みながら上機嫌で話す真也。既に顔は赤く、一目で酔っている事がわかる。
(これは・・・面倒な事になるかもしれん)
その時、クロムは嫌な予感がして顔を顰めた。彼のこういう予感は良く当たるのだ。彼の第六感が、これ以上ここにいるのは不味いと訴えていた。
(逃げよう)
とクロムが寝床に行こうとすると、ポンと肩に手を乗っけてきた人間がいた。
(・・・!)
クロムは反射的に投げ飛ばそうとするのを、寸での所で止めた。そして、嫌々後ろを振り向くと、そこにはニヤニヤとした顔をする、筋肉質の男が立っていた。
「待てよクロム。何処に行くんだ?」
「・・・寝ようと思っているんだが?」
溜息を付きながら返答すると、男は更に手に力を込めて肩を握ってきた。クロムにとってこの程度の力は痛くも痒くも無いが、薄汚い男共に触られているのに腹が立つ。この程度で怒る程短気ではないが、この手の輩を彼は心底嫌っていた。
「先輩に対して礼儀がなっていないようだな?俺が礼儀ってものを教えてやろうか?」
男は肩を抑えていた手を離すと、クロムに向かって杖を突きつけた。
「決闘だ。お前のような死んだ目をしたガキは、大嫌いなんだよ!」
「俺は、お前らの数十倍は長く生きてるんだが。」
彼の言葉は冗談にしか聞こえず、男は馬鹿にされたと思い益々顔を引き攣らせた。一触即発の空気に周りで騒ぎ立てて居た人間が静かになり離れていく。<壊術>を使用した戦闘は、周囲に多大な影響を与えるのだ。何時の間にか、二人を中心にして、広い円が出来ていた。
「おい、待て吉井!悪いことは言わないから止めておけ!病院送りじゃ済まなくなるぞ!」
その円の中から出てきた真也が必死で仲裁に入ろうとするが、奈々と龍一に腕を掴まれて止められた。
「何するんだ二人とも!」
「いっそのことやらせればいい。」
「何!?」
「私も同じ考え。ここ最近の吉井の態度は悪すぎるよ。新人を虐めてるのよく見るし、しっかりお灸を据えて貰ったほうがいい。それに、ここでクロムの力を皆に示したほうが、後々面倒に巻き込まれないよ。」
(それに、私達もクロムの力を知っておきたいし)
ここで、この程度の不良にキレて大怪我や殺人をするようでは、大事な局面で使用することは出来ない。ちゃんと、自身の力を制御出来ているかが知りたいと二人は思っていた。逆に、この場面を上手く乗り切る事が出来るなら、戦力として大いに期待が持てる。
「・・・分かったよ。決闘を認めよう。」
(俺は認めていないんだがな・・・。双子に良いように使われたか)
クロムは双子の気持ちを看破していた。その上で何をすべきか考える。
(しょうがない、戦うか。ここの兵士の力を見るいい機会だし)
「分かった、やろうか。それで、ルールは?」
「何でもアリの殺し合いだ。相手が気絶、または死亡するまで続ける。」
「ちょ・・・それは!」
「分かった。」
流石に真也が止めようとするが、その言葉を遮るようにしてクロムが返事をする。
『おおおおおおおおおおお!』
娯楽が少ない廃村暮らしでは、こういうのが何よりの楽しみなのだろう。早速あちこちで賭けが始まっていた。既に決闘場の制作に取り掛かっている人間までいる。
「おい、クロム!吉井はかなりの使い手だぞ!いくらお前が強いと言っても・・・」
(あの時に見せた白銀の長剣ならば、もしかしたら勝てるかもしれない・・・。でも、手加減は出来るのか?もし吉井の命を奪ったら、俺はお前を追放しなければいけなくなる。)
強すぎる力は、制御するのが極めて困難だ。クロムは、ゴーレムの攻撃を受け止める程の力を有している。しかし、いくら合意の上だと言っても、長く一緒に戦ってきた吉井が死ねば、レジスタンスにクロムの居場所は無くなる。それが真也には怖かった。会ってまだ数時間しか経っていないのに、真也はまるで昔からの親友のような感情をクロムに抱いていた。
両者が決闘を決めた以上、部外者が口を挟むことは出来ない。それがこの世界の掟である。しかし、それが分かっていながら、真也はクロムに考え直せと言いたかった。しかし・・・
「まあ見てろ。餓鬼に殺されるほど弱くない。」
クロムは何ら気負った雰囲気ではなく、寧ろ少し楽しそうに即席の決闘場に立った。これは、他の人間が<想術>で作成したもので、フィールドはかなり広めに作られており、周りには観客席まで存在している。
「さて坊主、死ぬ覚悟は出来たか?」
「そんな覚悟が出来ている訳ないだろう。・・・そもそも、何で俺に勝負を仕掛けた?」
それがクロムには分からなかった。どう考えても初対面の筈であり、命を狙われるようなことはしていないのだが。
「そんなの、ムカツクからに決まってんだろうが!」
その言葉と共に、吉井は杖をクロムに向けた。その杖の先から光が目にも止まらぬ速度で飛び出る。
「そんな理由かよ・・・。駄目だお前。救えねえわ。」
それを、盛大に溜息を付きながら一歩右にズレて回避するクロム。目標から外れた光は背後の壁にぶつかり、鉄で出来たその壁を一瞬にして消滅させた。
「オラオラオラ!」
吉井は、何発も何発も光を射出する。しかし、それらは尽く回避された。
「おいマジかよ・・・。」
「あのクロムってやつ、マジで凄いぞ。」
観客席からザワザワと声がする。それもそうだろう。クロムは、今のところ攻撃を避けるばかりで反撃を行なっていない。しかし、攻撃を避け続けること自体が凄い事なのだ。流石に銃弾よりも遅いが、それなりの速度を持った光弾である。それを数十発、かすりもしないで避け続ける事がどれだけ困難かを、此処にいる人間は皆分かっていた。
そして、それは攻撃を行なっている吉井も同じだった。いや、彼が一番思い知らされていた。
(何だコイツは・・・。戦い慣れているってレベルじゃねえぞ!俺が撃つ前に、何処に攻撃が来るか分かって避けてやがる!未来予知か・・・!?)
「くそ、ならこれはどうだ!?」
いくら撃っても当たらないと判断した吉井は、ここで切り札を使用する。彼のポケットから小瓶を取り出すと、蓋を外し中に入っていた銀色の粉を空中にばら蒔いた。
「あれは!」
「あいつアレまで使うのかよ!?」
「クロム本当に死ぬぞ!」
(何だ?妙な力のうねりを感じる)
吉井の姿が、変化していく。脚、腕、胴へと順番に鎧のような物が装着されていく。全員が呆然と見守る中、最後に頭へ左右に二本の角を付けた兜が装着された。
(・・・・・・変身ヒーローかよ)
異世界の知識があるクロムはそれを複雑な気持ちで眺めていたのだが、変化が終了すると、そこには銀色の騎士が立っていた。更に、先程まで持っていた黒い杖が、これまた銀色のロングソードへと変化している。
「まさか、<ロイヤルナイツ>の機密術式まで出してくるなんて・・・。」
(成程・・・。あれが国王直属の<ロイヤルナイツ>の戦闘術式か)
<ロイヤルナイツ>には、<壊術>と<想術>を複合した特殊な術式がある。ミスリルを粉末にした物を空気中に撒き、それを大気のチリや地面の土と混合させて鎧を創るのである。
これによって創られた鎧には、装備者の運動能力を大幅に上昇させる効果が付属しており、更に、<壊術>や<想術>に対して高い防御能力を持つ。欠点は、鎧として動かせる効果時間が短い所か。時間を過ぎると唯のミスリルの粉になってしまうため、其の度に鎧を作り直す必要がある。
時間制限があるため、彼らは国王の親衛隊になっており、滅多なことでは戦場に出てこないのだ。能力的には最強でも、軍隊として見れば最弱という何とも中途半端な部隊である。
(あいつ、<ロイヤルナイツ>の一員だったのか)
吉井は、クロムの様子を伺っている。いつ突撃するかを見極めているのだろう。
(何時来てもいいんだけどな・・・)
面倒臭くなってきた為、早く終わらせたいクロムである。正直、敵としては真剣にやっているのだからもう少しちゃんと相手してやるのが礼儀だろうが、クロムは守護者であり、戦う前から勝敗は見えている為、どうしても気が乗らないのだ。
「おおおおおおおおおおおおお!」
クロムの気が抜けた瞬間を狙い、吉井は一直線に走ってきた。鎧によるブーストが働いている為、スピードではこの世界でもかなり上位に入るだろう。そう、この世界では。
「死ねええええ!」
敵が放ってきた突き攻撃を、クロムは右手の甲で剣の腹を殴る事で逸らした。
「なっ・・・!」
「踏み込みが甘い!」
体勢を崩した敵の手を取り、足払いをかけ、合気術の要領で投げ飛ばした。
「グホッ・・・!」
仰向けに倒れた敵を上から見下ろし、固く拳を握りしめるクロム。
「が・・・止め・・・!」
「『鎧崩し』。」
トンと軽く鎧に触れると、その途端敵の銀色の鎧には全身に罅が入り・・・パリンという音を残して砕けた。
「な・・・何だと・・・。」
吉井は呆然としていた。自分の常識を粉々にされ、言葉が出なかった。
最強だと信じていた術式。自分の肉体も、それに見合う程に鍛えていたつもりだった。戦闘経験も、此処にいる誰よりも積んでいる筈だった。それなのに、惨敗したこの現実が信じられなかった。
『・・・・・・。』
周囲も同様だった。
「・・・で、まだ続ける?」
吉井の首の動脈に手を添えて、クロムが微笑みながら尋ねる。
吉井が降参したのは、そのすぐ後だった・・・。