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クロム  作者: 芳奈揚羽
28/29

【不滅の魔女】

 漆黒。混沌。


 それ以外に表現出来ない空間だ。もし、その空間に生身で出ても無事な生命体が存在するのなら、薄い膜のようなものが円形にこの空間を覆って、何処までも伸びているのが見えただろう。それはまるで、トンネルのような空間だった。


 黒以外の色は存在を許さないとでも言っているようなその空間は、まるで永遠に続いているかのように思える。・・・しかし、距離の概念が存在するのかも不明なその空間に、それは巨大な純白の建造物が存在していた。


 漆黒の空間を否定するかのようなその純白の建造物は、そのトンネルのような空間を遮るかのように、ほぼ同じ大きさの円形だ。直径数十キロmの、自動車のタイヤを思い浮かべてもらえるとわかり易いだろうか?


 それは、壁であり蓋でもあった。この空間を無断で通り抜ける事が出来ないように。人だろうと神獣だろうと神だろうと、誰もこの関所を通らない限り、反対側に抜けることが出来ないように。その世界に、無用な混乱をもたらさないように。『守護者』、『抑止力』の邪魔を誰も出来ないように。


 此処は『狭間空間』。この建物は、ここを通過する生物を管理する為に創られた関所だった。


 その建造物の壁面には、様々な世界の様々な言語で、こう書かれていた。


―――時空警察第1380番世界~1381番世界間支部 ラクレス―――・・・と。



☆☆☆



「艦長、転移門に反応有り!何者かが転送してきています!」


「何・・・?今この区域一帯は渡航禁止命令が出ているはずだが?転移門自体も機能を停止していたはずなのだが・・・ハッキングで転移門の機能を無理やり起動したのか?一体何者だ!?」


 そのラクレスの司令室には、様々な生命体が存在していた。亜人なども含めた人類種、スライムやアメーバなどの生命体が進化して知性を持つにまで至った種族、果ては、下位世界の上級神まで存在していた。


 正直言って、戦力過剰である。この司令室にいる人数だけで、下位世界の惑星一つくらいならば楽に侵略出来る位の戦力であった。基本的に、世界の番号が100違えば、その力量差は数十倍にもなる。その中でも実力者と呼ばれる者ならば、更に数十倍もの力を持っているだろう。それほどまでに、生まれた世界の壁というのは大きい。


 そして、全世界の中で、『最上位世界群』と呼ばれる第一から第百までの人員で構成されているこの組織の力が、どれ程強力かが分かってもらえるだろうか?勿論、使用されている技術も、現在発見されている世界の中でも最高の物を惜しげもなく使用した特別性である。・・・その時空警察の施設の攻勢防壁を、いとも簡単に破って見せ、この過剰戦力の中に躊躇せず飛び込んで来るイカレた精神の持ち主は、一体どんな奴なのだろうか?


 全員の緊張が高まる。


「完全に転移完了しました!数は1!警備隊配備完了しています!時空振動が止まり次第、突入して確保します!」


 時空振動とは、転移してくる際に必ず生じる時空の揺らぎだ。この揺らぎが収まらない内にヘタな行動をすると、最悪の場合は時空の歪みが発生して周囲一帯を巻き込んで消滅してしまう。


 この揺らぎは、転移してくる者の『存在の力』、つまり、魂の持っているパワーの大小によって、大きく変化する。持っている『存在の力』が小さければ揺らぎも僅かで少ない時間で収まるし、逆に大きければ揺らぎも大きくなり、揺らぎが収まる時間も長くなってしまう。


 更に、揺らぎが大きい程、些細な行動で時空の歪みが生じてしまうので、注意が必要なのだ。


 そのため、転移門のある区域は、完全に隔離されている。時空振動が収まってからでないと、ロックが解除されないようになっているのだ。・・・この施設の防壁を抜いてハッキングしてきた人物でも、時空の歪みに巻き込まれたい訳がないだろう。少なくとも、時空振動が収まるまでは大人しくするはずだ(自爆テロという可能性もあるが)。




☆☆☆



 一般警備員ラルスは緊張していた。


 彼は、第四十七世界クレアイトの出身者である。『最上位世界群』の中でも中堅の世界出身で、『超圧縮』という非常に強力な能力を持っている。大抵の世界なら、その力だけで無双出来るだろう。・・・だが、彼は戦闘訓練を受けただけの一般警備員だ。自身の能力も、完全に御しきれていない。


 この時空警察に所属している戦闘人員は、大抵がこのパターンだ。つまり、持っている能力は強力なのに、それを磨くことを怠った為に弱い。普通の敵とは互角以上に戦う事が出来るだろうが、強者との戦いでは簡単に負けてしまう。


 恐らく、中位世界出身の『守護者』にすら大敗するだろう。『守護者』とは、自身の持っている異能と技能を、極限まで研ぎ澄ました者たちしかなれないのだから。


 自分の生まれに胡座をかいた者の末路であった。





(どうしてこんな時期にここに来る!?)


 世界からのSOS。出来る限り他人の手を借りずに、自分たちの力で危機を回避しようとする世界が『守護者』に助けを求めたということは、事態はそれだけ逼迫しているということだ。『守護者』も万能ではない。駆けつけた時には既に手遅れという自体も少なくなく、ヘタをすれば、今この瞬間にもこの世界は消滅するかもしれないのだ。


 その情報は、広域ネットに繋いで流しているし、第一世界ゼウムから、各世界に向けて渡航禁止命令を公布しているはずだ。それぞれの世界の行政府が、この世界への転移を禁止しているハズなのだ。時空転移をしてくるということは、異世界の存在を知っているということ。そんな存在が、この情報を知らない筈がない。


 しかも、わざわざハッキングまでして、閉じていた転移門を開いているのだ。犯人は一体何を考えているのだろうか?自殺志願者でもない限り、普通はこんなことしない。


(俺だって、今すぐここから逃げ出したいってのに!)


 世界が崩壊すれば、当然『狭間空間』もただでは済まない。溢れかえった膨大なエネルギーが、この空間を蹂躙するだろう。


 この施設は機動要塞なので、もしもの場合でも逃げ出す事は出来るが・・・逃げ出す事に万が一失敗すれば、その瞬間彼らの命は消え去るのだ。恐怖しないはずがない。


 しかし、危険だからといって、今すぐこの空間を逃げ出す訳にもいかないのだ。一度この要塞を移動させてしまえば、例えこの世界が救われたとしても、再度この施設を設置するにはとてつもなく長い時間が掛かる。それこそ、数十年、数百年という長い長い時間が。それでは、その世界に貴重な戦力である『守護者』を置き去りにしてしまう事になるのだ。


 何故、この施設が無くなると『守護者』を置き去りにすることになるのか?それは、そもそもこの施設は、異世界に滞在する人を管理するための施設であると同時に、転移の中継地点の役目を持っているからである。


 高位世界の上級神クラスの実力を持つ生命体ならば、自分の力だけで異世界に飛ぶことが出来るだろう。・・・だが、普通の人たちはそんなこと出来ないのだ。力が足りずに、『狭間空間』を通り抜ける事が出来ない。その為、中間ポイントにこの施設を置くことによって、無理やり距離を伸ばしている。


 よって、逃げ出したくても逃げ出せない状況にあるのだ。


「・・・よし、カウント3で突入だ。」


 隊長が集まった部下たちに指示する。時空振動は、かなり長い時間をかけて今ようやく収まった。つまり、それだけの力量の持ち主ということだ。


「・・・3。」


 緊張で震えそうになる心を落ち着けて、ラルスは、一辺が三cm程の正方形をした純白の箱を握りしめる。これは、時空警察の警備部隊に配布されている捕縛用武装だ。名を、【ショック・イーター】という。


 実はこれ、クロムの作品の一つである。当時、新武装の研究をしていた彼が、実験の副産物として完成したコレを時空警察に売ったのだ。捕縛するのにはこれ以上ないほどうってつけの武装だったため、当時の時空警察はとても喜んでいた。


 その後、バージョンアップを続けて現在に至るまで使われ続けている、人気商品である。


 その能力は、『あらゆる力の吸収』だ。コレを対象者に向かって投げつけると、その瞬間その対象者を包む檻となる。勿論、ただの檻ではない。時空から切り離し、時間さえも停止させ、この檻に対するあらゆる力の干渉を防ぐという、かなりのチート性能である。・・・ただし、これは悪用されるとかなりマズイので、能力にリミッターが付けられている。普通に使用すると、僅か五分ほどで解除されてしまうし、吸収出来る量にも限界がある。これを解除するには、部隊長の承認が必要だ。


 だが、リミッターを外せば、『最上位世界群』の攻撃でも一度だけは間違いなく防ぐ事が可能なのだ。流石に一度受け止めれば壊れてしまうだろうが、売れない筈がない。


「・・・2。」


 ゴクリと唾を飲み込む音が周りから聴こえた。そもそも、こんな警備が厳重な場所に攻め込もうなどという輩は普通存在しない。せいぜいが、酔っ払った馬鹿共の喧嘩を仲裁するくらいしかしたことのない彼らにとって、初めての実戦となるかもしれないのだ。


「・・・1。」


(くそ、やってやる!)


「突入ー!」


『おおおおお!』


 周りに遅れないように走り出した。ロックの解除された自動ドアを通り抜けると、そこは巨大な転送門フロア。空港のロビーのような場所だ。


 そこに―――


「手を上げろ!お前は完全に包囲されている!」


 真紅のローブを羽織い―――


「あら?やっと来たんだ?待ちくたびれたわよ。さぁ、さっさと司令室に案内しなさい。【不滅の魔女】の登場よ?」


 サラサラとした黒髪を腰まで伸ばした耳の長い美女が―――


『・・・へ?』


 悠然と立っていた。


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