妖精達の庭
・・・真っ黒の空間に、延々と倉庫が並んでいる。何処までも暗く、果てが見えない世界。上下左右どこを見ても、光に照らされた倉庫群しか見えず、まるで星星の輝きのようでもあり、どこか幻想的な風景を作り出している。一つ一つの倉庫もまた巨大で、その中には整頓された武装や防具、様々な道具などが保管されていた。
此処は、『韋駄天』内部の亜空間。広さの限界など存在しない世界。『韋駄天』が7つ存在するのは、単に種類別に分けることで目的の物を取り出す事を容易にするためという、ただそれだけの理由である。・・・要するに、たった一つしかない引き出しを開けて、中に入っている物を時間を掛けて探すのか、それとも種類別に幾つかの引き出しに分けて入れて、探す事を容易にするのかという事だ。
さて、そんな空間の中で、特に特別な場所がある。凍結術式などを使用して特別な防護を施さない限り、命持つモノは存在出来ない筈のこの世界で、特別な資格を持つ者のみが入ることの出来る空間だ。豪奢な銀色の扉。ここを通り抜ける事で、彼らの空間に入る事が出来る。
―――【妖精達の庭】―――
クロムが、自分たちの子供である『フェアリー』シリーズたちの為に用意した空間であり、妖精たちしか入ることの出来ない空間である。・・・勿論、主人であるクロムは入る事が出来るが、記憶を無くした今のクロムはこの空間のことすら知らないので、暫くは妖精達しかいないだろう。
さて、扉を抜けた先に見えるのは、これまた広大な草原。所々に木々がポツンと生え、少し先の方には小さな丘が存在する。そして、そこを抜けると・・・そこに存在したのは一面の花畑であった。
「・・・はい、紅茶よ。」
「済まないな。」
「はいはい、ちょっと待っててね。」
此処に現在、2人の妖精が存在した。本来であれば、クロムの世界では妖精を数える単位は『人』ではなく『匹』なのだが、クロムは彼らを本当の家族のように思っていたため、『人』で数えることにしていた。・・・別に妖精たちは数える単位がなんだろうと気にしなかったのだが、家族というものに飢えていた当時のクロムにとっては重要な問題だったのだろう。
「・・・うん、美味い。」
「ふふ、ありがと。」
今、紅茶を淹れているのが、この【妖精達の庭】の主である『リトリ』である。ある世界では『異界』・『隔離』を意味する言葉であり、その名前の通り、『結界創造』に特化した『フェアリー』であった。
彼女の身長は165センチ程。腰まで伸びる長いサラサラとした金髪と、全てを見透かすような深い蒼色の瞳が特徴的だ。『フェアリー』シリーズではかなりの高身長であり、プロプーションもそれなりで性格も穏やかなために、五女でありながらも皆から頼られるお姉さんキャラとして人気が高い。
『フェアリー』を除いて生命が存在出来ない筈のこの空間だが、【妖精達の庭】にのみ草木が生え、蒼い空が見えている。
これは、彼女の力によってこの空間では『韋駄天』の時間操作の力が無効化されているからである。通常、『韋駄天』内部は時間の流れが逆行しており、中に入れた物は常に最初の状態に保たれる。
折れた剣を入れれば傷一つなく修復され、魔力を使い切った魔道具を入れれば満タンの状態に戻る。
その為、生命を宿す存在を入れてしまうと原初の状態まで戻されてしまうという悪影響がある。それを防ぐために数日前クロムがインストールしたのが『生命凍結術式』なのだが、これにも弱点が存在する。
それは、意識がなくなることである。
生命自体を凍結されるのだから当然なのだが、家族である『フェアリー』に対してそんなことをするのは当時のクロムは嫌だった―――・・・そもそもその時は『生命凍結術式』など考えついてもいなかったのだが―――。
だが、『フェアリー』を全員常に連れ歩く事は不可能だ。何故なら、基本的に『妖精』というのはどの世界でも珍しい存在であり、中には伝説上の存在だったり御伽噺のような存在だったりする世界もあるからだ。
そんな世界で『フェアリー』たちを外に出して連れ歩いていたら、新種の生物だと思われて解剖するために連れ去られるかもしれない・・・というか、実際に一度連れ去られそうになった。
だからこそ、安全に彼女たちが過ごすことの出来る場所を確保する必要があったのだ。
そこで必要になったのが『リトリ』の『結界創造』の能力。彼女が創った結界によって、時間操作の能力を排除しているのが、この【妖精達の庭】であった。・・・この空間を維持するための代償として、彼女はこの空間を出ることが出来ないのだが、今のところは不満にも思っていないようである。
さて、残りの『フェアリー』を簡単に紹介しよう。
『リトリ』に淹れてもらった紅茶を優雅に飲んでいる長身の男。身長はおよそ180cmはあるだろう。サラリとした肩まで伸びる黒髪で、瞳の色も黒。鍛え上げられた筋肉によりゴツゴツとした体をしており、これまた真っ黒なインナーとズボンを着ている。腰のベルトには小さなハンマーのストラップが付いており、それが本人の厳しそうな雰囲気と相殺しあって微妙な空気を醸し出している。
彼は『黒鉄』。『闇』と『ハンマー技術』に特化した妖精である。
「・・・さて、俺は、今すぐにマスターに会う必要は無いと思っている。」
「・・・・・・そう。」
紅茶を楽しんで一息入れた彼らは、それまでの空気を一変させた。黒鉄が発した言葉に、リトリは悲しげにする。
「・・・マスターは、ある意味で救われたんだと俺は思っている。」
「やっぱり、気付いていたのね。」
「当たり前だ。最近のマスターは・・・恐らく狂っていたのだろう。」
「そうね、三百年前【炎帝】と【氷帝】が眠りに就いてから、段々と精神が安定しなくなっていたわ。・・・やはり、親友たちと離れるのが辛かったんでしょうね。」
―――【炎帝】【氷帝】―――
クロムの『ダウンロード』の最初の実験の際、見学として近くに居た彼の親友二人である。
【炎帝】が『ユース・コンダー』という男性。
【氷帝】は『マール・シーケンス』という名の女性だった。
この二人はどちらもクロムの幼馴染であり、恋人同士であり、そしてライバル同士でもあった。
元々【炎】の扱いに多大な才能を持っていたユースと、【氷】の扱いに多大な才能を持っていたマール。
この二人はクロムの実験の暴走に巻き込まれた際、どうやら平行世界の様々な自分から才能を根刮ぎ吸収したようで、それぞれ独自術式【炎帝】と【氷帝】を創り上げてしまったのだ。
半精霊化し人間の枠から外れた二人は歳を取ることも死ぬ事もなく、故郷の世界がある出来事により崩壊した後はクロムと行動を共にしていたのだが、何百年もの長い旅路の果てに世界に絶望し、不老不死のために死ぬことも出来なかった彼らは、二人である世界の無人惑星に自身を永久封印してしまったのだった。
この時、勿論二人はクロムも誘ったのだが・・・彼はある目的の為に拒否した。
だが、二人が眠ってから少し経つと精神に安定がなくなり始める。やはり、長い時を一緒に過ごしてきた友と永遠に会えない事の寂しさは、彼の心に大きなダメージを与えていたようだった。妖精たちも父親であるクロムを必死に元気付けようとしたのだが、やはり一歩及ばなかったようだ。
最近では、攻撃に対して防御行動が遅れるということもあり、力に制限を掛けているような印象を受けた。危険な行動もするようになり、自分の命を軽く扱っていたようで、無意識に『死にたい』と思っていたのではないかと黒鉄は考えていた。
「ある意味で、マスターは幸せだったのだろう。ようやく『死ねた』のだから。・・・だが、我々がどれ程心配していたのかも気づきもしなかったのだ。・・・少しくらい困らせたとしても、問題ないだろう?」
「・・・八つ当たりじゃないですか。」
ようは、心配していたのに勝手に死んだクロムに対し、苛立ちを覚えているために、今は顔も見たくないということらしい。変なところで子供っぽい黒鉄であった。




