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クロム  作者: 芳奈揚羽
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修行一日目

 タタン!タタタタタタン!


 軽い音が拠点の演習場で響き渡る。それはほぼ途切れることはなく響き続ける。


 修行を開始して一日目。この音の正体は、クロムが撃っている自動小銃の音だ。左手にこの自動小銃【恋華レンカ】、右手には、この森の主であった『グラード』を斬殺した短剣である【あおの仮面】を持ち、水晶を相手にして模擬戦を行なっていた。


 何故この武器の組み合わせなのか?それは、この二つの武器がクロムによって『最初期』に作成された代物であるからであった。つまり、今のクロムでも十分に扱えるスペックということである。


 【恋華れんか】を使うことは翡翠と水晶が相談して決めた事だが、【あおの仮面】は、翡翠に対して生前(?)のクロムが言い含めていたことである。「自分が初期化してしまい弱体化した時には、この武器を使わせろ」と。だからその指示に従い、『グラード』と戦った時に、彼女は迷いなくこの武器を選択したのだ。


 『回帰リバース』を手に入れて擬似的な不死になった彼にも、まだまだ弱かった時期というのが存在する。そもそも、【黒石版モノリス】を作るまでは下手に死ぬことは出来なかった。死ねば最初の状態に戻るのだから。

 ということは、今の彼の体のスペックでも十分に扱う事が可能で、尚且つ生き残る為に十分な威力と性能を持つ武器や防具、道具を作成する必要があった。自身のスペックが低いなら道具で補えば良いということである。

 『生き残る』というコンセプトで、安全性と信頼性の高い武器や防具を作成していたのが『最初期』。

 そこから数十年程経ち、自身のスペックも大分向上してきたのが分かってからは、『最初期』の作品よりも威力重視の作品を作っていた。これが『初期』である。


 旅を始めてから数百年経った辺りの所謂『中期』や、千年を越えた辺りからの所謂『後期』に作成した武器は、『最初期』・『初期』のそれらとは違い・・・『色物』や、性能は高いけど扱いにくい『じゃじゃ馬』と言うのに相応しい物ばかり作成していた為、手っ取り早く強くなる必要がある今のクロムには、『最初期』の武器から、翡翠たちが選んだ物を使用させているのだ。


 勿論、『時空間転移』の術式の修行も同時に行っている。今彼が行っているのがそれだ。


「・・・くそ、当たらない!」


 無制限に弾を吐き出す【恋華レンカ】を絶えず乱射しながら、水晶を近づけさせまいとするクロム。その額にはビッシリと汗をかき、呼吸は既に乱れている。


 対して水晶は、何ら気負った様子はなく、視認することすら敵わない不可視の弾幕の嵐の中を、時に空間を固定して盾とし、時に短距離転移を超連続で使用しながらクロムに近づいている。


 傍から見れば、見た目五歳児程度の美少女に大の大人がマシンガンと短剣を手に襲いかかっている鬼畜な場面なのだが、本人たちの立場は完全に逆であった。


「駄目だよ、いくら弾数制限が無くて不可視の弾丸だって言っても、銃口を見れば何処に照準を合わせているのかが丸分かりだ。だからこそ、その欠点を無くすためにその才能(・・・・)をダウンロードさせたんだから。『空間掌握』系統の中でも、特に【恋華(そのぶき)】と相性の良いその才能をね?」


 


 ――――【恋華レンカ】――――


 この武器の特徴は、『反動無し』・『弾数無限』・『不可視』の三点である。それは何故かといえば、ズバリ、この武器の弾丸が大気だからだ。


 グリップの部分の吸引口から周囲の大気を吸収・圧縮し、マシンガン以上の弾幕を形成する事が出来る銃。しかも、ある一定以上の実力者ならば銃弾など容易く目視して避ける事が出来るのだが、空気の弾は不可視な為に避ける事は不可能なのだ。・・・普通なら。


 だが、今の水晶がやっているように、注意深く銃口を見れば何処に撃とうとしているのかは分かってしまう。この銃だけでは、この世界の上級者程度にですら通用しない可能性がある。


 そもそもこの武器は対軍隊用として作成しており、一騎当千の猛者に使用することを目的とした武器ではないのだ。有象無象程度ならば、この武器による飽和攻撃でどうにでもなる。『雑魚の一掃』。それを目的とした武器なのだ。だが、翡翠と水晶は、暫くこの武器をメインとして使わせる気でいた。今のクロムには、複数の武器を使いこなす時間など存在しないからだ。


 だから、この武器が達人などと呼ばれる上級者にも通用するようにと水晶が『ダウンロード』させたのが、直列世界第680番サイトの力の才能であった。


 この世界の保有する力は《Cut》といい、『空間を切り取り、別の場所に繋げる力』だ。これだけ聞くと、唯の空間魔法のように聴こえるかもしれないが、この力の利点は、『切り取る空間の大きさと形に限界が存在しない』ということにある。


 使用者の精神力が続く限り大きい空間を切り取る事が出来るこの能力は、面制圧を得意とするこの武器と相性が良い。


 一発一発を個別に転移するのではなく、この能力で切り取った空間に向けて弾を撃つ。そうすると、撃てば撃つだけ指定した場所から出てくるというわけだ。一度座標軸などを設定すれば距離に関係なく繋げる事が出来るため、サイトでは、この能力を利用して、ほぼ全宇宙で流通が発達している。その為、限られた惑星だけではなく、ほぼ全ての知的生命体の生息する惑星がほぼ同レベルの技術を持つという珍しい世界である。





「僕なら転移魔法を使えば避けられるけど、そういう特技を持っていない者にとって、全方位からの面制圧は厄介なことこの上ないんだよ。その【恋華レンカ】は一発一発の威力は低いけど、タイムラグなしで無限に撃ち続ける事が出来るんだから、一対一タイマンでも絶対に役に立つ。《Cut》を使いこなせるようになればね。」


 前後左右上下からの面制圧攻撃など、避ける術を持たない者にとっては悪夢でしかない。【恋華レンカ】の攻撃は一発一発は、石に穴を開ける程度の威力しか持たないが、それが数十発、数百発と続けばどうか?あるいは、数千発、数万発なら?この武器は、『質より量』を体現した武器なのだ。


「ま、それは今後の課題にしておこうか。じゃぁそろそろ終わらせて休憩にするよ。」


「・・・っ!」


 この場合の休憩にするよというのは、水晶がクロムを戦闘不能にして訓練を終わらせるという意味だ。この一日で既に5回も気絶させられているので、彼も更に気を張り詰める。何が来ても対処出来るように、右手に持つ【あおの仮面】を強く握りなおす。


 その瞬間、彼の意識の切り替え時の隙を狙った水晶がフッ・・・と消えた。


「チッ・・・!」


 そのことに気が付いた時にはもう遅い。『空間属性』能力者は、消えた瞬間には既に別の場所にいるのだから。


 ゾクッ・・・!と殺気を感じたクロムが、【恋華レンカ】を放り捨てながらその場で回転する。そうしながら、空いた左手で【あおの仮面】の柄に填った宝石を撫でる。


 すると、『グラード』を倒した時のように、宝石から強い光が発せられる。


 カチリと、意識が切り替わった。今まで感じていた焦燥や恐怖を感じなくなり、思考がクリアになる。この状況を打破するための最高の道を最短で走り抜ける為に思考が加速する。


 キン!と甲高い音が響いた。クロムの【あおの仮面】と水晶の魔力で極限まで強化された手刀がぶつかり合った音だ。


 ギリギリギリと金属の擦れ合うような不快な音が響き渡る。


「・・・まさか、僕の攻撃を受け止めるなんて。」


「・・・・・・。」


 水晶の言葉にも、クロムは無言で更に力を込める。水晶の背丈は人間の五歳児ほどしか無いので、今のスペックでも、上から押さえつける形のクロムの方が若干有利である。水晶も身体強化に魔力を割り振るが、そもそも近距離戦闘型ではないので徐々に押されている。


「・・・くっ!」


「・・・・・・!」


 直ぐに転移して逃げればいいと思われるかもしれないが、転移系の術は座標の固定に一瞬意識を集中しなければならない。今の状態でそれをやると、その一瞬のうちに決着がつく可能性があった。


「・・・本当に困ったな。所詮は『最初期』の武器だと思って油断してた。まさかこれほどの性能を持ってたなんて。」


 水晶は『フェアリー』シリーズの三番目の娘である。生まれたのは今から約700年前。その時には既に彼女のマスターであるクロムは、ある程度の力を有していた。武器や防具も、既に『初期』までの安定性を重視した威力の低い物から、ある程度リスキーながらも威力の高い物や、特殊な効果を持った物に変わっていた。そのため、彼女はその前の作品をあまり知らない。何度か使用しているところを見たことがあるが、『中期』や『後期』の作品よりは見劣りする物ばかりだった。


 だからこそ扱いやすいだろうと思って『最初期』、『初期』の作品から選んだのだ。だが、『最初期』・『初期』の作品と一口に言っても、合わせれば数百、ヘタをすれば千に届くかもしれない程の数。その中から一つ一つ見ていては時間が足りない。今は、最低限度の力量を付けることを最優先としているのだから、修行の時間を削るわけにはいかないのだ。


 だから、軍隊相手でもある程度数を削れる【恋華レンカ】をメインウェポンとして選び、その補助及びこの世界からの脱出手段として《Cut》を『ダウンロード』させた。【あおの仮面】は、マスターがこういう状況になったら使わせてくれと言っていたらしいから使わせただけで、ここまでの性能があるとは全く予想していなかったのだった。





 ――――概念武装がいねんぶそうあおの仮面】――――


 クロムが『ダウンロード』を手に入れてから、一番最初に作った作品である。


 実はこの作品、『ダウンロード』を入手する前から作成を考えていた物で、元々は太古の昔から王家の宝物庫に死蔵されていた骨董品であった。そんな昔から存在するのにも関わらず、錆びていたり刃こぼれがあったりするわけでもなく、刀剣としては最高峰の代物だったのだが、なんの特殊能力もなく、リーチが短い短剣であったために誰も見向きもしなかったのだ。

 既に能力などの原案も出来ていて、設計図なども用意済みであり、後は必要な才能を『ダウンロード』で持ってくるのみとなっていたのだ。・・・ただ、今のこの武器はその原案よりも大分パワーアップ・・・というか、魔改造されており、それを知ったクロムを微妙な気分にさせたのだが。


 この短剣の能力は唯一つ。『この短剣を扱った事のある全ての人間の中で、一番その時の状況に適した人間の能力を複製し、擬似人格として上書きする』という物だ。

 

 数え切れないほど太古の昔から存在していたその短剣。それを一度でも扱った事のある人間の人格を概念として読み込み、自身の脳にインストールする。あくまでも擬似人格であり、主人格の意識はちゃんとある。『この人はこの状況ならこう行動するだろう』という予測と思い込みを元に体を動かす。その人物の知識と経験を真似して戦う。言ってしまえば、ゴッコ遊びを極限まで追求したような物だ。プロテクトなどもしっかりしているので、精神汚染などの弊害も起きないという代物である。

 

 つまり、まだ弱いクロムは自分では生き残れないだろうから、他人になりきって生き残れという、なんとも情けない消極的な武器であった。


 ただ、クロムの能力が、水晶の予想していたよりも遥かに高かったということが嬉しい誤算であった。


(昔の自分は弱かったなんて言ってたけど、十分なスペックを持ってるじゃん!足りなかったのは才能だけだったのかー)


 才能が無かったクロムは、自分の体の動かし方を完璧に理解していない。剣の振り方も何処かチグハグだ。戦場での判断力も、政治の動かし方も、人間の心の機微にすら疎い。


 だが、壮絶なほどの反復練習があったのだ。才能がないのなら努力で補うしかないと。一回で覚えられないなら十回やろう。それでも足りないなら百回やろう。まだ足りないなら出来るまでやればいい。

 それだけを考えて訓練していた。その成果は、確実に現れていたのだ。ただ、それを扱う才能が無かっただけ。・・・ならば、その才能を十全に扱う事が出来る人間に成れば・・・いい。


 それが、【あおの仮面】の能力。クロムが強くなるまで彼の身を守る武器。成長してしまえば用済みという、不遇な武器なのだった。



(この体勢だとコッチが押し負ける・・・なら!)


 水晶は、自身の腕の力を抜いた。拮抗している状態でそんな真似をすればどうなるか・・・クロムの大勢が乱れ、バランスを崩して水晶に倒れ込んでくる。


「・・・っ!」


 咄嗟に水晶を空いた左手で掴もうとするクロム。だが、そんなことを彼女がさせるわけがない。


「空間固定。」


 水晶のただ一言で、彼の伸ばした手は見えない壁に弾かれた。彼女は、自分の目の前に空間を固定した小さな盾を出現させていたのだ。


「空間跳躍。」


 又もや彼女の姿が消える。だが、今のクロムは過去の偉人が憑依した状態だ。普段のクロムならば兎も角、【あおの仮面】に、『この状況も最も適した人格』と評される人格がこの程度で終わる筈がない。


「はぁ!」


 今まで無言を貫いていた彼の口から大気を揺るがす程の叫びが飛び出ると共に、崩れた体勢のまま空中で体を捻り、【蒼の仮面】を振るう。


「・・・っ!」


 そこには、空中に出現した水晶が存在していた。クロムの無理な姿勢制御の御陰で攻撃が空振りした少女に、短剣が閃く。


「っ・・・!転移!」


 今度は倒れていくクロムの真横に出現する。短剣を振り終わった状態のクロムは、この攻撃を避ける事が出来ない


 ・・・筈だった。


「『チェンジ』。」


 その言葉が彼の口から出た瞬間、突如彼を突風が襲った。その突風は水晶との距離を離し、又もや彼女の攻撃は空振りに終わる。


「・・・マジ?」


 彼はその反動を利用して床を転がり、最後に側転をして勢いを殺して立ち上がった。そして、その凍えるような冷たい瞳が水晶を捉えた瞬間、彼女は・・・背後から切られた・・・・・・・・


「・・・嘘!?」


 彼女の服はクロムの特製品であり、動きを阻害しない程度に素材の分子の空間が停止している。どんな攻撃でも彼女の服を破る事は出来ないし、また殆どの衝撃も吸収してしまうのだ。更に彼女自身も常に空間属性の防御結界を展開しているために傷一つ負わなかったが、クロムは確かに目の前にいるのに背後から攻撃されたという事実が信じられなかった。


 ・・・いや、遠距離攻撃や特殊攻撃を持った敵と戦ったことなら数え切れない程にある。今の攻撃だって、おそらくは風を使ったカマイタチだろう。信じられないのは、クロムがそんな高度な攻撃をしてきた事だった。


 これだけ聞けば、主を馬鹿にしているように聞こえるかもしれないが、彼女はそういうつもりではない。クロムの生まれた世界である第889番グラムでは、攻撃魔法は存在しなかったハズなのだ。『ダウンロード』を手に入れた後のクロムが開発するのだから、今の彼が知っている筈が無かった。それなのに、何故彼は、風を自由自在に操れるのか?


(・・・成程、凄いな【蒼の仮面】。あの短剣が覚えている技まで模倣できるのか・・・)


 それが答え。クロムによって作り替えられてから千何百年。元々は何万年も生きてきたその短剣の中には、様々な人物と技が記憶されている。

 その人に真似をするなりきるのだから、その人物の技が使えない筈がないのだ。例えソレが、主人格クロムが知らない技であっても、発動可能なのならば行使出来る。それがこの【蒼の仮面】の最大の特徴でもあるのだから。


 先程の攻防は、最初に、水晶の空間転移に対応するために『空間認識能力が一番高い人間』を模倣した。空気の流れや気配などで、転移した彼女をまっ先に発見するためだ。

 次に、倒れながらでは彼女の攻撃を避ける事が不可能だと判断したので、『風の魔法を最も上手く行使出来る人間』を模倣した。それによって彼女の攻撃を避け、更には効いていなかったとはいえ攻撃まで当てたのだから大金星だろう。


(・・・いける。これならこの世界で戦うことも出来るかも!)


 そしてそれは、ある事実を示していた。


 それは、彼の武器を扱う事が可能だということ。


 クロムが作った武器を扱うことが最も得意なのは、言うまでもなくクロムである。そして、勿論彼の事も【蒼の仮面】は記憶している。・・・つまり、|未来のクロム(理想の自分)の真似をすれば、彼の作った強力な作品を使いこなす事が出来るということ。


「よし!ちょっと本気出すよ。僕の実力があの程度だなんて思わないでよね。」


 そういうが早いか、クロムに右手をかざすと同時に叫んだ。


「潰れろ!」


 グシャッ!と、地面に押し付けられたクロムには、既に意識は存在していなかった。彼女が手刀による昏倒ばかりを狙っていたのは、この類の攻撃は手加減が難しかったからなのだが・・・今のテンションの彼女は、そんなことも忘れてしまう程に浮かれていたのだった。


「じゃぁ、目覚めるまで休憩ねー。」


 そう言いながら鍛練場をあとにする水晶の後ろで、「マスター!?」と叫びながら必死にクロムの介抱をする翡翠の姿があったとか。


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