修行開始・・・の前に
「それじゃあ先ずは、現状の確認からしようか。」
水晶が放った言葉にクロムは首を傾げる。
「確認?」
「そうだよ。・・・まず、何故マスターは殺されたのか?」
「・・・!」
いきなり核心に迫る言葉に、クロムと翡翠は身を固くした。
クロムは、そもそも『回帰』によって時が戻ってしまっているために、自分がどうやって死んだのかを知るはずもない。そして翡翠は戦闘用ではないために、あの時一体何があったのかを分析することが出来なかった。だが、翡翠と記憶を共有していた彼女には分かったようだ。
「結論からいうと、これは空間術式だね。それも、高速で飛行していたマスターの頭部だけを正確に狙い撃ち出来るほどに制御能力に長けた力。・・・正直、これほどの正確さを持つ術式は見たことが無いから、かなりの上位世界の力じゃないかな。使い手もかなり優秀だよ。何しろ、マスターと翡翠お姉ちゃんの索敵範囲に引っかからない場所から攻撃しているんだもん。」
「空間術式・・・油断していました。この世界には空間を破壊する術はあっても、空間を飛び越える術は無いと思っていましたから。・・・【万象散らす奇跡の盾】を切っていたのは失敗でしたね。」
翡翠が悔やみながら呟いたその言葉に、クロムは疑問を返した。
「どういうことだい?」
「マスターには、【万象散らす奇跡の盾】という名の最強の防御術式が存在しました。様々な世界の力と知識、素材を融合して創造された、貴方以外に使い手は存在しない全く新しい術式です。
この術式は、指定された範囲内に攻撃を感知した場合、自動的に防御するというもので、時間・空間系統の攻撃にも対応出来る全世界で見ても最高レベルの防御術なんですが・・・・・・。」
「なんですが?」
そこで言葉を切った翡翠に続きを促すクロム。
「・・・そんな凄い性能の上に常時発動型なんで、物凄く燃費が悪いんですよ。この世界に超長距離攻撃は存在しない筈だったので、節約の為に切っていたんです。」
「・・・嘘。」
頭を抱えるクロム。まさか、そんな下らない理由で前の自分は死んだのかと思うと、頭を抱えたくなるのも頷ける。【万象散らす奇跡の盾】の発動コストをケチった結果が、自分の死亡及び初期化などという最悪の形で返ってきたのだ。更に、守護者として救う為に来たはずのこの世界を危険に晒してしまっている。
「でも、仕方ないと思うよ?【万象散らす奇跡の盾】の発動コストは本当に重いんだよ。常時発動型だから常に魔力を持っていくんだけど、一日分の維持コストが・・・大体今のマスターの総魔力の三倍くらいかな。
正直、この世界の攻撃レベルなら、他に常時発動している術式や機械だけで十分だし。千何百年生きていたとしても、魔力量が爆発的に増える訳じゃないから、節約するに越したことはないしね。
マスターの最大魔力は、今のマスターの5倍程度・・・つまり、上位世界の一流魔術師程度しか無かった訳だし。」
クロムの生まれた世界である、直列世界第889番グラム。この世界では、保有魔力は生まれた瞬間にある程度決まってしまう。修行などにより多少増減はするが、そこまで劇的に変化するという訳ではないのだ。それこそ、一生を掛けて修行しても、一割増えるか増えないか。それくらいのものだった。千年以上という長い年月を掛けて、やっと今のクロムの5倍程度。その数値も、かなりの裏技を使ってのことである。
これが、魔術に特化した世界ならば、修行方法によっては魔力が増大したりするし、逆に、魔力という概念が存在しない世界ならば、『ダウンロード』によって、魔術に特化した世界の才能を取り込むことによって魔力を増やすことも可能だったのだが・・・最初から魔力の概念が存在し、魔力が増える量も設定されている世界グラムの生まれだった為に、そういう裏技を使用出来なかったのだ。
彼は、全てが一流ではあるが超一流では無い。突き抜けて得意な事が存在しない代わりに、苦手な事も存在しない。敵に合わせて戦闘方法を変更し、どんな敵とのどんな戦いでも有利に進めることが出来るというのが彼の持つアドバンテージだった。それゆえに、魔力が上位世界の一流程度しかなくても困るということは少なかったのである。確かに【万象散らす奇跡の盾】は優秀だが、敵の攻撃を防御する方法がこれしかないというわけではないのだから、魔力は他に使い道があるだろうと思い節約していたのだ。
「マスターは新しい世界に来たとき、まず最初にその世界に対して『ダウンロード』を使用するんだ。この時に取り込むのは才能ではなく、その世界の『アカシックレコード』。過去現在の全ての情報が詰まっているこれを読み取る事で、自分が一体何に注意すればいいのかを調べるんだよ。
それによって、【万象散らす奇跡の盾】のように、強力だけど発動コストが重い術式とかを発動したままにするか、それとも切ってエネルギーを節約するかを決めるのさ。」
「・・・確かに、理屈は通っているかもしれないが・・・、今回のように他の直列世界の住人からの攻撃があったりしたらどうするんだよ?」
その世界に彼の防御を抜く攻撃がなくても、他の世界から来た敵にはあるのだろう。だからこそ、彼も殺されてしまったのだから。
「いいえ、普通そんなことは起こりません。今回が異常だっただけです。」
しかし、そんなクロムの言葉に反論したのは翡翠であった。
「異常?」
「世界と世界の間には、『狭間空間』と呼ばれる場所が存在します。そうですね・・・世界と世界を繋ぐ、トンネルのような物だと考えてください。」
魔力光により空気中に図解しながら話す翡翠。世界と世界の間に、細い線を描き、そこに、狭間空間と書かれている。
「世界間を移動するには、絶対にこの場所を通らなければいけません。そして、此処には、この場所を管理する施設があるんです。」
「管理施設・・・?そんなもの、一体誰がやっているのさ?」
「直列世界第1番ゼウムから、第100番ライトニングまでの、所謂『最上位世界群』の人たちで構成された警察機構・・・『時空警察』と呼ばれるその機関によって、この空間は管理されています。」
「世界と世界を渡航するには、基本的には絶対にこの空間を通らなければいけないんだよ。それでね、『守護者』がやってきている世界・・・つまり、滅びかけの世界には、滞在することは禁止されているんだ。危険だし、『守護者』達の邪魔をされても困るしね。それぞれの世界にいる異世界人は完璧に管理されているはずだから、今回みたいな違法滞在者は普通いるはずがないんだ。」
水晶の言葉に首を傾げるクロム。
「でも、今回は居たじゃないか?」
すると、翡翠が疲れたような声を出し答える。
「えぇ。ですから私たちも困っているんです。今まで、『時空警察』の監視網を掻い潜って世界に侵入した人の話なんて聞いたことないですし・・・この世界を救うことに成功しても、この事を『時空警察』に説明して調査してもらわなきゃいけないんですけど・・・そうすると、大会でも上位の成績を持つ『守護者クロム』が弱体化したというのが知れ渡ってしまいますし。
結構な数のファンがいましたから、『守護者連盟』や市場はかなり混乱するでしょうね。」
翡翠が大きく溜息を吐いた。このあとに起きる混乱をどう収めるかで頭が一杯なのだろう。
「『守護者連盟』?ファン?市場?」
知らない単語が大量に出てきて更に混乱するクロム。だが、説明するのが面倒になってきた水晶の言葉によって、この場は締めくくられた。
「はいはい、どっちにしろまずは時空転移魔法を取得しなきゃ始まらないんだから。その後の心配を今からしても無駄でしょ?今は時間を無駄にしている余裕はないんだから、さっさと修行を開始するよ!
マスターも、知らないことが沢山あると思うけど、この問題が片付いたら教えてあげるから、今は修行に集中してね!」
こう言われては、流石に無視する訳にもいかず、修行を開始するクロムであった。