ティターニア
バシュ!
殆どの人間が寝静まっている時間、その光は山奥に落ちた。その光は一瞬で消え去り気づく人間は存在しなかったようだ。
「・・・・・・ふう。ここが直列世界第1380番ティターニアか。」
光が消え去った場所には、一人の青年が立っていた。
黒いロングコートに、黒い指出し手袋、更には靴までも全て黒で統一している。髪の色も瞳の色も黒く、夜の山の空気に混じり、ほぼ完全な迷彩と化していた。
歳は20程に見えるその青年は、木々の間から見える空を見つめていた。
「この世界の月は4つか・・・。夜だっていうのに、ほかの世界よりも幾分明るいじゃないか。」
その言葉通り、満天の夜空には、合わせて4つの月が浮かんでいた。それぞれ大きさや明るさには違いがあるものの、この世界を優しく包み込んでいる。
「さて・・・じゃあそろそろ始めるか。あまり時間も無いし。」
彼は夜空を眺めるのを止め、地面を眺めた。
「術式展開。ティターニアへ接続開始。」
彼のその言葉と同時に、地面に青白い光が現れた。最初小さな点だったその光は、数秒すると地面の上を滑るように動いていく。その点は線になり、青年を中心に、直径2メートル程の円が誕生した。
それを確認した彼が、左手の人差し指を突き出しまるで指揮者のように動かすと、今度はその円の中にもう一つの円が描かれ始めた。
「我は一なり。我は世界なり。我は全ての世界の守護者、抑止力なり。」
二つの円に、数え切れないほどの数字や文字が浮かび上がる。それは瞬く間に一つの魔方陣となり、青白かった魔法陣は青年の言葉が進むにつれて金色へと変化する。
「・・・貴方の依頼、確かに受け取りましたよ。―――――『ダウンロード』。」
その言葉を発すると共に、魔方陣はそれまで以上に明るく光り輝き・・・
パキン
という軽い音と共に砕け散った。
青年の周りには、魔方陣を制作するのに使用した膨大な魔力が光の粉となって煌めいている。
「・・・いつ見ても綺麗だな。コレだけで街一つ位は破壊できる程の力が宿っているというのに・・・。」
彼の呟きは、誰にも聞かれる事なく夜の闇に溶けた・・・。
「成程ね・・・。今はこういう状態か・・・。」
彼は先程得た情報を頭の中で整理していた。先程の魔方陣は、世界そのものにアクセスしてその世界全ての情報をコピーする魔法である。到底、人間に出来る所業ではなかった。世界全ての情報を、人間の小さな脳味噌へ詰め込める筈はないのだ。精々、何兆分の、いや、何京分の一も覚えられればいい方ではないか。いや、そもそも数字で表すことなど出来ないかもしれない。しかし、青年は何気ない顔をしてその作業をしているのだ。幾らか裏技を使用してはいるのだが、普通の人間なら発狂し死ぬ程の情報量を頭に叩き込まれても無事な人間など、それはもはや人間とは呼べないかもしれない。
だが、彼が人間かどうかなど、今は重要ではない。問題は、そのような魔法を使用してまで何をするつもりなのかだ。
「ここからここまでの情報はいらないから破棄して・・・ここの情報はハードディスクに移しておくか。・・・この世界ではこういう力があるのか。なら、アレを使えば誤魔化せるかな・・・?」
――――キャー・・・!
「人の声?・・・・・・成程、やっと会えたか。」
その時、彼の耳に、叫び声が聴こえた。そして、微かに爆発音や金属の擦れ合う音も聴こえる。
「方角は・・・こっちだな。」
そう呟いた瞬間、彼は足に力を込め、疾走を始めた。
ドン!
彼が立っていた場所が大きく抉れ、小さなクレーターが出来る。彼は目にも止まらぬスピードで山を駆けた。
「武器倉庫解除。ハの13番を転送。」
疾走しながら呟いた彼のズボンのベルトから、バシュ!という音と共に一筋の光が放出されると、右手に収まった。よくよく見れば、彼のベルトには直径1cm程の卵形をした白い物体が7つ付いているのがわかる。それにはこの世界以外の文字で、『転送』という意味の魔方陣が描かれていた。
彼の手に収まったのは白銀の長剣だった。長さは2m程の細身の剣だ。しかし、持ち手には銃の引き金ようなものが付いており、更に刀身には中心部分に一本の線を引くようにビッシリと文字が刻まれている。
その異質な白銀の剣は、4つの月明かりを受け、キラキラと輝いていた。
「さて、近いな。じゃあ、この物語の主人公に会いに行きますかね。」
彼は更に速度を上げる。
そして、そのままの速度を維持しつつたどり着いた先では、予想通り戦闘が行われていた。彼は音も立てずに一回のジャンプで近くの木の枝に飛び乗り、状況を観察する。
ギン!ガキン!ガガガ!ドン!
片方は白い戦闘服を着た20人ほどの集団で、もう片方は3人のグループ。彼らは杖のようなものを振り回している。ひと振りするたびに光の球が飛び、爆発する。3人グループのほうが個人の力量としては上のようだが、数が違いすぎる。
(制圧されるのも時間の問題だな・・・)
観察していた青年は、3人のグループの中に見知った顔を見つけた。と言っても彼が一方的に知っているだけなのだが。
「アレが銀城真也か。なら、あっちに加勢するかね。」
そう呟いた彼は、持っていた武器の切っ先をを白い戦闘服の集団に向ける。剣に刻み込まれた文字が淡く光り始め・・・
「『重力制御』。」
そして、この長剣にインストールされている唯一の攻撃が発動した。
グシャッ!
という音を立てて、敵の約半分が潰された。彼らは超重力をかけられて、山の地面に体が埋まってしまっている。ミシミシという嫌な音が辺りに響きわたり、戦闘服の装甲にも罅が入り始めた。それを確認してから木から飛び降りて真也達の前に立つ。
「な・・・何だお前は!?」
真也の仲間の一人(声から判断するに、恐らく女)が、持っていた金属製らしき黒い杖を彼に向けてくる。敵の一人と勘違いしたのだろう。無理も無い話だ。だが、彼はその女を一瞥もせずに、敵に向かって立ちはだかる。
敵は、突然仲間が倒されたことに対してかなり動揺しているようだ。
(今なら余計な犠牲も出さないで解決出来るか・・・?)
そう考えた彼は、取り敢えず降伏勧告をしてみることにした。
「どうだ?まだ戦うか?逃げ出すっていうなら見逃してやるぜ?」
その言葉に、敵は勿論、真也達も衝撃を受けているようだ。突然現れて、理解不能な攻撃を受けた挙句降伏勧告までしているのだから、これも当然といえるだろうが。
「な、何言ってるのよ!?逃がすわけには・・・。」
「待つんだ奈々。彼の言うとおりだ。無用な犠牲を出すわけにはいかない。ここは彼の言うことに従おう。」
(へえ・・・。流石主人公、敵にまで情けをかけるとは)
実のところ、彼が降伏勧告をしているのは、戦うのが面倒臭いからであり、被害とかは一切考えていなかった。
(俺を殺せる奴なんていないしな・・・)
そうしている内に、敵の司令官であろう人間が前に出てきた。
「・・・本当に逃がして貰えるのだろうか・・・?」
逃げるために背を向けた瞬間後ろから切られる可能性も考えているのだろう。
「ああいいぜ。お前らに恨みが有るわけじゃ無いしな。・・・そこで潰れてる連中も、気絶しているだけだから連れて行け。」
「分かった。感謝する・・・。お前たち、撤退するぞ。」
「そんな、隊長、信じるんですか!?」
その言葉に敵部隊から悲鳴のような声が上がる。
「くそ、やっとここまで追い詰めたのに納得出来るかよ!食らいやがれ!」
敵の一人が隊長の命令を無視して攻撃を仕掛けてきた。彼が地面に叩きつけた白い金属製の杖から光が飛び出し、そのまま地面に吸い込まれた。その途端、青年の立っていた地面が盛り上がり、3m程もある巨大な土の巨人が現れた。
「ゴーレム作成だと・・・!?ヤバイ、お前、逃げるんだ!勝ち目は無いぞ!」
青年の後ろで真也が叫ぶが、彼は意に介さない。
「ハハハ、潰れろ!」
敵の司令により、ゴーレムは走り出した。その見た目とは裏腹に、驚くほど素早い。
「はぁ・・・。」
しかし、ゴーレムに迫られているにも関わらず、彼は一歩も動かない。まるで、そんな必要はないとでもいうように。
「何で逃げないんだよ・・・!」
真也が逃げない彼を見て助けに入ろうとするが間に合わない。
「糞っ・・・!」
誰もが、この後の光景を幻視した。グシャグシャになって潰れる青年を。
しかし・・・
ドン!
「ば、馬鹿な・・・。」
それは誰の言葉だったのだろうか。その場にいた全員の心の声だったのかもしれない。
「・・・軽いな、この程度か。」
彼は、左手だけでゴーレムのパンチを止めていた。厚さ10cmの鉄の塊も軽々貫通する威力の攻撃をである。
「土に還れ。」
彼がそう呟いた途端、ゴーレムの体に幾筋もの線が入り・・・崩れさった。
「・・・・・・切ったのか?何時の間に・・・・・・・・・?」
真也が呆然とその光景を見ている。彼は自分の力に自信を持っていた。その自分が見切れない程の剣筋を見せつけられて、心此処にあらずといった感じだ。
「『重力制御』。」
彼がもう一度呟きながら引き金を引くと、ゴーレムを作り出した男も地面に突っ伏した。
『・・・・・・。』
誰も声が出せなくなっている。この場の空気は、青年によって完全に支配されていた。
「で、どうするんだ?引くのか、引かないのか?」
もう一度青年は尋ねた。
「・・・引かせて貰おう。皆、撤退だ。」
「懸命な判断だな。」
そうして、彼らは驚くほど俊敏に撤退準備を済ませ、彼らを警戒しながらも夜の闇に消えていった。
「・・・助けてくれて有難う。俺は銀城真也。レジスタンスのリーダーだ。この二人は、仲間の四谷奈々と、四谷龍一。」
いち早く自分を取り戻した真也は、先ず自己紹介をしてきた。
紹介された2人は、まだ青年を警戒しているようで、軽くお辞儀をしてきた。髪と瞳の色は二人とも赤。顔の作りが何となく似ている為、恐らく双子だろうと彼は判断した。
(そして・・・今回の主人公は・・・)
銀城真也の髪と瞳の色は銀色。中性的な顔立ちをしていて、体は引き締まっている。そして、その瞳には、優しさと強さが備わっているように見える。
(成程、英雄に相応しい人間だな。ティターニアに選ばれたってことは性格も良さそうだし、今回は当たりか)
彼がそう考えていると、奈々と呼ばれた女が怒り出した。
「ちょっと、こっちは自己紹介したのよ?そっちもしなさいよ!」
(少し思考に時間をかけすぎたか)
「すまん。考え事をしていた。俺の名前は・・・・・・。」
そこで、一旦言葉を切る。毎回、自己紹介する度に胸を刺す痛み。どこも怪我などしていないし、する筈もないのだが、毎度感じる幻痛を意志の力でねじ伏せて、残りの言葉を紡ぐ。
「クロム。家名は捨てた。だからクロムとだけ呼んでくれ。」
彼の孤独な旅路は、まだまだ終わらないのだから。
感想待ってますよー^^