新しい人生
『その組織は強大で狡猾だ。俺が、この千年を使って分かったことはほんの少ししかない。たった2つ。それだけの時間を使って、それしか分からない程の敵なんだ。』
「2つ・・・?それだけの力と能力を持って、たったの2つだって・・・?」
クロムは、映像の自分が喋った事が信じられなかった。何故なら、彼は万能だからだ。万能になったからだ。人類という種族が手に入れる事が出来る、『才能』という名の全ての可能性をその身に宿す事が可能な強大な魔法、『ダウンロード』を手に入れた。それほどの能力を持っているのに、千年という膨大な時間を掛けて2つしか分からない筈がない・・・と、彼は思った。
『世界は、無限に存在する。』
「あ・・・!」
しかし、次の言葉が彼の勘違いを解いた。
「そうか、無限に存在する世界の中から、敵を見つけることは難しい・・・!」
なにせ、可能性の数だけ世界が有り、その世界にも無数の惑星が存在する。そして、その中で消滅の危機に陥った世界も多数存在し、その全てにクロムが行けた訳がないのだ。
取捨選択。滅びを迎えようとしている世界の発するSOSの中から一つを選び、救う。・・・彼は世界という膨大な命を救った筈なのに、その数倍の生命を見殺しにしていたのだ。しかし、それは責められることではない。・・・彼は、神ではない。常識外の能力を持っていたとしても、あくまで人間なのだから。
そして、その滅びを迎えた世界の中で、その組織とやらのせいで消えた世界は幾つあるのだろう?クロムが千年という長い人生の中、その組織と鉢合わせて戦う場面は何度存在したのだろう?・・・そう考えれば、寧ろ2つという情報量は多いほうではないか?
『俺が分かったのは、その『ゼウム』という組織は20体の神や神獣、そして悪魔で構成されているということ。世界を破壊することによって、その世界が持っていた力を自分の物に出来る能力を持っていること。・・・たったこれだけだ。』
自嘲するように首を振り、溜息を吐く。一見、あまり堪えていないように見える態度だったが、クロムや翡翠には、彼が不甲斐ない自分に憤りを感じていたことを察した。
『・・・・・・ま、今すぐにこの3つの選択肢から選べっていうわけじゃ無い。お前には、無限の時間が存在するんだからな。後から別の選択肢を選んだって構わないんだ。好きにやれ、お前の人生だ。』
「・・・・・・。」
『でも、アドバイスはさせてもらうぞ。・・・先ず、今お前が滅びかけの世界にいるのなら、真っ先に『時空間転移』系の技能を習得しろ。最上級の才能を『ダウンロード』して、『フェアリー』シリーズの水晶に教えて貰えば、1週間程度でマスター出来る筈だ。もし、救う事が出来なくてその世界が滅んだ場合、お前は虚数空間に放り出されることになる。』
「虚数空間・・・?」
『そこは、大気も重力も時間の概念も、全てが存在しない死の世界。・・・もし、そこに放り出された場合、お前は死んで、『回帰』により生き返って、また死ぬというのを、永遠に繰り返す事になるぞ。・・・ま、時間の概念が無いんだから、永遠というのは正しくないが。』
「・・・っ!」
クロムは、それがどういうことなのかを想像し、そのあまりの恐ろしさに体が震えるのを感じた。永遠に死に続ける・・・それは、とても恐ろしい事だ。
『そして、落ち着いたら今度は『記録媒体』を作成しろ。』
「『記録媒体』・・・?」
映像の中のクロムは、右の手のひらを上に向けると、そこに映像が映し出された。
『これが、『記録媒体』。俺は黒石版と呼んでいる。これの役割は、俺の持つ全ての記憶、記録、技能を保存し、出力すること。』
「・・・・・・?」
『俺達の呪いである、『回帰』についてはもう説明したよな?あの呪いは、この能力を手に入れた後に入手した全ての記憶と引き換えに、手に入れた瞬間まで時を戻す能力だ。つまり、持っている記憶や技能までも初期化される。・・・だが、死ぬたびに初期化されるんじゃ、何時まで経っても強くはなれないだろ?だから、俺はこの黒石版を作成した。』
「成程・・・。」
ここまで来て、クロムにも黒石版の役割が分かってきた。
『この黒石版は、俺の記憶と同調している。俺が何らかの原因で死ぬと同時に、この黒石版から俺の記憶が送られてくることによって、『回帰』で失った記憶や技能を元の状態に戻す事が出来る。』
「つまり・・・デメリット無しで復活出来る・・・。」
そのあまりのチートっぷりに、流石のクロムも若干引いている。何だか、この能力を持っていると命が安く見えてしまいそうだ。
『だが、恐らく今現在、黒石版は破壊されている。・・・恐らく、組織に発見されてな。だから、お前は死んだ時に記憶を補填出来なかった。』
「あ・・・・・・!」
それが理由だったのだ。彼が昔の彼に戻ってしまった原因。先ず黒石版を破壊し、その後にクロム自身を殺害する。それが出来れば、彼は千年以上培ってきた記憶や知識、技能を失い、唯の無力な青年に戻る。それでも、いずれは強くなるだろう。数多の才能を入手出来る彼ならば、そこまで時間を掛けずにある程度までなら強くなれる。・・・しかし、千年の長きに渡って戦い続けてきた歴戦の勇者は存在しないのだ。組織にとって、少し強いだけの小物ならば簡単にあしらう事が出来る。クロムが組織と渡り合えるようになるまで、本当の強者になるための時間を稼ぐ事が出来る。それが狙いだったのだ。
『無限に世界が存在するとは言っても、アイツら相手に永遠に隠し通せる訳がないと思っていた。だから、この記録を残した。』
「・・・凄い。」
クロムは、素直に映像の中の自分が凄いと思った。そこまで先の事を考えて行動することが、今の彼に出来るだろうか?・・・無理だろうと思う。千年以上もの経験により、クロムという人間はここまで進化したのかと、感動した。
そして同時に、自分と彼とは別人だとも感じていた。彼は、今の自分とは全く違う時を生きてきた他人なのだと。どれだけ時間をかけても、映像の彼と全く同じになることは不可能なのだと確信した。
『まぁ、弱くなったといっても、『韋駄天』には今まで俺が作ってきた武器や道具が山ほど入っている。それがあれば、未熟なお前でもそこらの雑魚には負けないよ。・・・・・・あ、だけど、危険な物もあるから注意しろよ?惑星の一つや二つ簡単に破壊出来る物も存在するから。・・・詳しくは、『フェアリー』の誰かを召喚して聞くといい。・・・それじゃあ、新しい人生、楽しく生きろよ・・・俺。』
そして、映像は途切れた。残ったのは、光を失った宝石の付いた短剣のみ。あまりにも呆気ない終わりに、クロムと翡翠は暫く言葉を紡ぐ事が出来なかった。