真実
森に濃密な血臭が漂う。それもそのはず、体長10メートル体重凡そ5t程もある魔獣が、バラバラにされたのだ。吹き出る血液には大量の魔素が含まれており、本来は魔素を栄養として摂取している筈の植物が枯れ始めている。栄養も過剰に摂取すれば毒となるのである。
クロムは手に持った短剣を凝視しながら全く動かない。本来ならば、こんな魔獣が多く住んでいる森で気を抜く事は自殺行為なのだが、魔獣も馬鹿ではない。この森の主であるグラードを瞬殺した人間へ襲撃をかけるような愚か者は居なかった。
「・・・何だ今のは・・・・・・。」
彼が呟く。その顔には驚愕が張り付いていた。
「何なんだよ今のは!」
しかし、次の瞬間には怒りの形相に変わっていた。・・・実際は、自分の理解の限界を超えたことにより混乱しているだけなのだが。そして、その矛先は、彼の肩に捕まっていた翡翠へと向いた。
「これは一体何だ!?僕の体を動かしていたのは誰だ!?何故、この武器にこんな能力が付いている!?」
「それについては、私からは教えられません。ご自身に教わったほうがいいです。」
そう言って、翡翠は飛び上がり、彼が持ったままだった短剣の宝石へと触れた。すると、宝石から光が漏れ、空中に映像を映し出した。
「・・・まさか、僕なのか・・・・・・?」
その光景に、彼はただただ驚くことしか出来なかった。そこに映っていたのは、間違いなく彼である。しかし、彼自身はこんな映像を撮った覚えはないし、映像の中の自分は、今の自分より大人びて見える。
『さて、コレを見ているってことは、どうやら奴らにバレたようだな。』
「!?」
突然、映像の中の自分が喋り出した。
『百年毎に更新しているこのメッセージも、今回で10回目だ。今まではバレずにやってきたが、今後もそうだという確証は無い。だから、この記録を残す。』
「百年ごと・・・?どういう・・・・・・。」
『まず、本題から入ろうか。・・・・・・お前は既に、王子ではない。』
「え・・・?」
どういうことか、意味が分からなかった。それはそうだろう、彼の認識では、先程までは『ダウンロード』の実験を自室で行なっていたのだから。それが気がついたら突然森の中に居て、巨大な魔獣と戦闘をしたり、映像の中の自分に王子ではなくなったなどと言われて、はいそうですかと納得出来る人間はいない。それでも、混乱する彼を放置して話は続いていく。
『お前が、たった今実験の失敗により手に入れた能力の名前は、『回帰』。”死ぬと同時に、この能力を手に入れた瞬間まで肉体の時を巻き戻す”という、どうしようもない『呪い』だよ。』
翡翠が、その言葉を聴いて悲しそうに目を伏せる。分かっているからだ、彼がこの能力のせいでどれだけ苦しんだのかを。
『この能力は、擬似的な不死を手に入れる能力・・・のように思えるが、トンデモナイ罠を持っている。』
「罠・・・?」
先程手に入れたこの能力は、それほどの能力なのかと戦慄していた彼に告げられた言葉は、想像を遥かに超える物だった。
『時を巻き戻すってことはな、それまで肉体に宿ったあらゆる『記憶』を失うって事だ。それも、ただ忘れる訳じゃない。初めから無かった事になる。』
”時を戻すことによって、彼がそれを経験したという事実そのものを無かったことにする”。これはそういう能力だった。
「・・・待て。待て待て待て待て!まさか・・・!!」
頭を振り、脳裏に浮かんだ最悪の考えを破棄しようとする。だがそれは不可能だった。これまでの話と照らし合わせると、その可能性が最も高いことを、彼自身が理解していたから。
「止めて・・・止めてくれ!もう聴きたく無いんだ!」
聴きたくない、それ以上喋るなと願う。耳を両手で塞いだが、映像の自分の言葉は、そんな防御をスルリと抜けて彼の耳に入ってくる。そして・・・最も聴きたくなかった言葉を口にした。
『・・・俺たちの世界は、もう千二百年以上も前に滅んだよ。』
その言葉と共に、彼の体から力が抜け・・・座り込んだ。
「マスター・・・す・・・た・・・・・・!!」
必死で叫んでいる、翡翠の声も何処か遠くへなっていき・・・彼は言いようのない喪失感に襲われていた。
ちょっと短いけど投降。
最近リアルが忙しくて執筆出来てないから、短くても時間を見つけてチマチマ更新していこうと思います。