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クロム  作者: 芳奈揚羽
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豹変

 その魔獣は、巨大であった。木々をなぎ倒して二人に迫るその体長は、軽く10mは超えるであろう。トカゲを大きくしたようなその魔獣は、『グラード』という名前の魔獣であり、この森の主であった。


 魔獣が、その巨体に似合わない俊敏な動きで迫る。


「・・・っ!」


 その呻きは果たしてどちらの声だったのか、翡翠は全速力で空に逃れ、クロムは咄嗟に横に跳んで突進を回避した。


「え!?」


 その動きに、翡翠は驚愕する。確かに、あの魔獣はこの世界の中では強力な部類に入るだろう。魔力保有量はとてつもなく多いものの、戦闘用の魔法や武器を有していない翡翠では相手にすらならない。・・・しかし、それでもクロムにとって見れば雑魚同然である筈であった。本来であれば、今の一瞬であの魔獣を殺すことが可能な筈だった。


 その彼が、避けた。しかも、苦しげな声まで上げて。


「マスター、どうしたんですか!?そんな敵、簡単に倒せるでしょう!?」


 翡翠の叫びに、今も必死になって突進を避け続けているクロムは叫び返す。


「馬鹿な事を言わないでくれ!こんな魔獣を武器もなしに倒せる訳がないだろう!?」


「そんな・・・!?」


 と、一瞬彼の意識が翡翠に向かった隙を、『グラード』は見逃さなかった。


「!?マスター!」


「・・・っ!?」


「GaaaArrrrrrrrrrrrrr!!!」


 今までの突進よりも明らかに早い突進がクロムに放たれる。木々を紙のように引きちぎり、地面に小さなクレーターを作る程の威力を持つその突進に、遂に彼は捉えられてしまった。


「グフッ・・・!!」


 その巨体に押しつぶされた彼は、木々に当たってもそれをなぎ倒して吹き飛んだ。そして、百メートル程飛ばされた後に、地面へと激突し、ゴロゴロと転がってやっと停止したのだ。


「ま、マスター!!」


 翡翠は、自らの危険も顧みずにクロムの元へと飛んでいった。先程まで空中に逃げていたのは、足で纏いな自分が近くに居てはクロムの邪魔になると思ったからだ。しかし、現在の彼は、何かが変だ。この程度の魔獣の攻撃を喰らうなど、普段の彼からは想像も出来ない失態である。


「しっかりしてくださいマスター!」


「が・・・はっ・・・・・・!」


 どうやら、激突の瞬間に、彼が常時起動している緊急防壁装置が作動したようだ。それが幾らか威力を和らげたようで、彼は痛みに呻きながらも立ち上がろうとしている。


「く、そ・・・。せめて武器が有れば・・・もうちょっと時間を稼げるんだけど。・・・・・・ゴメンね、今の僕では君が逃げる時間も稼ぐ事が出来ないかもしれない。」


「マ、スター・・・?」


「本当に・・・力が欲しいな・・・・・・。兄上や姉上は、どうしてあんなに強いのか・・・。羨ましい、な。」


 勝利を確信しているらしい『グラード』は、その巨大な口から涎を垂れ流しながらゆっくりと迫ってくる。


 ここまでで、漸く翡翠は理解した。


回帰リバースが・・・失敗している・・・・・・)


 それは、彼だけに与えられた力であり、呪いであった。何故このような力が発現したのかは誰にも分からない。初めて『ダウンロード』を使用した際、術式が暴走した結果、近くに居た彼の友人二人を巻き込んで発現した異能中の異能であった。もしかするとそれは、人間でありながら、無限の才能と可能性をその手に収めたクロムに対する、天の裁きだったのかも知れない。彼は、ある意味では人間を超えた存在となったのだから。


 彼が、自身の世界が滅んだ後、今まで千年以上の長いときを生きてきた理由であり、元凶である。


回帰リバースが失敗した原因を考えている時間は無い・・・。今はこのピンチを何とかしないと!)


 そう決心した翡翠は、フラつきながらも立ち上がる事に成功したクロムの肩に乗った。それに驚いたのはクロムである。


「何してるんだ!?早く逃げろ!」


「それは出来ません!今のマスターを置いていくなんて無理です!」


「・・・っ!」


 翡翠の剣幕に押され、言葉に詰まる。


「今は何も考えずに私の言葉を復唱してください!武器が手に入ります!」


 その真剣な声に、何も言わずに頷いた。どうやら、もう議論している余裕は無いと判断したらしい。


「Gururururuuuuuuu」


 もう、敵がすぐそこまで迫っていたからである。両者の距離は五十メートルも無い。『グラード』の速度ならば、数秒も無しに攻撃を仕掛けられる距離であった。


「復唱してください。『武器倉庫ウェポンストレージ解除アンロック。ハの1番を転送』!」


「『武器倉庫ウェポンストレージ解除アンロック。ハの1番を転送』!!」


 彼の言葉に反応して、『韋駄天』が光を発する。『グラード』はその光を警戒しその場に立ち止まり、クロムは突然の発光に驚いて目を瞑る。


「・・・・・・っ!これは・・・!」


 恐る恐る目を開いた彼の手に収まっていたのは、全身が深い蒼に染まった短剣であった。刃の長さは20センチ程で、柄の部分には真っ白な宝石が填っている。


「・・・まさか・・・有り得ない。僕はまだコレを・・・・・作っていない・・・・・・筈だ。」


 それを見たクロムは、酷く狼狽している。彼の現実が、今にも崩れさろうとしている。


 頭に何かが流れ込む。それは、洪水のように押し寄せてくる。・・・しかし、彼にはそれが何かが分からない。理解出来ない。理解したくない。


 頭が割るように痛くなり、空いている手で押さえつける。しかし痛みはドンドン酷くなり、思わず座り込んでしまう。しかし、彼の肩に乗る精霊が、それを許さない。


「今は敵だけを見てください!・・・死にたいんですか!?」


 カチッと、スイッチが入ったような感覚がした。その途端に視界がクリアになる。今まで出来なかった行動も、出来ると・・・・確信する・・・・


「・・・・・・・・・。」


 ユラリと立ち上がったクロムの雰囲気は、先程までとは豹変していた。


 短剣を右手で逆手に持ち、左手は軽く前方へ突き出して前傾姿勢で構える。そこには、数秒前まで体中に怪我をして満身創痍だった人間は居なかった。彼の傷は全て塞がり、体中に力が満ち溢れていた。そして、風が、彼を中心にして渦を巻く。短剣の宝石が、強い光を発している。


 自信に満ち溢れている。今の自分が、こんな雑魚に負けるはず無いと分かっている。


「さぁ・・・来いよ。決着を付けよう。」


 明らかに、先程までとは全く違う。


「Gurururu・・・・・・。」


 別人のようになった彼を警戒していた『グラード』は、このままでは埒が明かないと見たのか、これまでで一番のスピードで突進してきた。


 それは、圧倒的な光景であった。10メートルを軽く超える魔獣が、木々を薙ぎ倒し迫ってくるのだ。それも、先程までのように、獲物を嬲って遊んでいるという訳では無い。正真正銘、自身の全力を出し切って襲ってきている。


 先程までのクロムならば、この突進を避けれる訳が無かった。どう足掻こうが、塵芥のように潰されて終わりだっただろう。・・・先程までならば。


「もう当たらない。」


 衝突すると思われたその瞬間、クロムの体はそこから消え去っていた。と、同時に、『グラード』の右前足が吹き飛ぶ。そのことを彼が認識するよりも前に、今度は左後ろ足が、次に尻尾が、その次に左前足が・・・そして最後に、頭部が切り飛ばされた。全て、一瞬の出来事であり、『グラード』自身、何時自分が死んだのか分からなかった。


 いくつものパーツに分解された『グラード』は、ドスンと音を立てながら地面に落ちる。


 そして、その後方には、短剣を持って立ち尽くすクロムの姿が有った。


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