初期化
時間は少し遡る。クロムが頭部を撃ち抜かれて墜落する数時間前に。
とある次元の無人惑星に、その物体は存在した。その惑星は、全てが砂に覆われた砂漠の星。太陽のような恒星が三つ空に浮かぶこの星には草木の一本も生えて居ないし、一つの命すら存在しない。その惑星で、それは強固な結界に守られていた。全長は15メートル程の、1つの黒石版が宙に浮いている。その黒石版には、淡く虹色に光る文字らしき物が浮かび上がっていて、それは今この瞬間も増え続けている。そして、その目の前には、蝶々の描かれた真っ赤な着物を着た、美しい女性が立っていた。
「一つだけ、か・・・。あとの二つはこの次元にはないんだろうな。」
その女性は、右手を黒石版に向かって伸ばしたが、その手が触れる寸前でバチッと音がして何かに弾かれてしまった。舌打ちを一つして弾かれた手を痛そうに擦る女性。
「フン・・・幻想種ですら手出しが出来ない程の結界か・・・流石だなクロム。我々が全力を出しても、この惑星を発見するのに千年以上も掛かってしまった程に上手く隠蔽した上に、こんな結界まで用意しているとは。・・・だが、私には通用しないぞ?」
その女性は、左手を天に向けた。すると、彼女の周りの砂が徐々に彼女から離れていく。彼女から発せられる謎の力によって、彼女の周りには一種の力場のような物が出来上がっていたからだ。その力は、黒石版に掛けられている結界と干渉しあい、バチバチとスパークを起こす。その余波で、周囲数十キロの砂が吹き飛び、先程まで晴れ渡っていた空は曇って雷を落とし始めた。
「・・・予想よりも強度があるの。・・・・・・仕方ない。この星ごと吹き飛ばしたほうが早いか。」
そう言うと、彼女は更に力を高める。彼女が天に掲げていたその左手を振り下ろすと同時に急激に高まったその力によって・・・次の瞬間、その惑星は消滅してしまったのだ。
その惑星が無くなった事によって宇宙に与える悪影響を自身の力によって押さえ込みながら、宇宙空間に浮かぶ彼女は笑う。何故宇宙に放り出されて無事なのかは、そういう存在だからとしか言えないだろう。
「さて、これでもお前に対しては時間稼ぎでしかないのは分かっておる。お主を完全に殺す事は、現状我々の誰にも出来んからな。・・・しかし、お前が復活するまでの時間で出来る事は多い。これで、我々の勝利に一歩近づく。」
彼女は誰かに聞かせるように喋ると、その次元から消え去った。後には、無数の惑星の輝きがあるのみであった。
★★★
時間を現在に戻そう。頭部を撃ち抜かれて森に落ちたクロム達の話に。
翡翠は、彼女のスペックのほぼ全てを記憶操作などの補助魔法に特化している為に、墜落するクロムを支える事が出来なかった。他の『フェアリー』なら可能な個体もいるのだが、『韋駄天』はクロムにしか操作出来ない為、彼女が他の『フェアリー』を呼び出すことは不可能だったのである。
「マスター、マスター!」
クロムの服にしがみつきながら一緒に落ちる翡翠。彼と彼女は、共に深い森の中に落ちる。
そして、その途中で木々の枝などで更に傷が増えてしまうクロム。普段は魔力を体全体に纏っているのでこの程度ではかすり傷も付かないのだが、今は普通の人間の体と同じである。そして、地面に叩きつけられた衝撃で、全身の骨が折れるか、罅だらけになってしまう。内蔵も幾つか破裂していた。
「一体、誰がこんな事を・・・!」
翡翠は考える。クロムは、常に魔術や超能力、それに、彼の開発した機械群によって障壁を発生させている。物理、超常の能力のどちらにも対応したその防御を崩せる攻撃など、そう多くはないはずだ。・・・実際は、防御を貫かれた訳では無く、空間転移によるピンポイント狙撃なのだが、彼女は戦闘用の『フェアリー』では無いため、その可能性に気が付けない。
最初は取り乱していた彼女も、段々と落ち着いてきた。クロムは確かに強者だが、無敵と言うわけではない。傷つく事など日常茶飯事だし、この程度の事も少なくはないのだ。
彼の頭部が破壊されてから丁度一分後、異変は起きた。横たわる彼の胸の中心に、五センチ程の白い時計が浮かび上がったのだ。その時計の秒針が、カチカチという音と共に逆回転を始めた。そして、一回転して12の位置に戻ったと同時に、変化は始まった。
まず最初に体中に付いた傷が戻る。外側からは分からないが、砕け散っていた骨や、破裂していた内蔵も、まるで映像を逆回しにしているように治っていく。血液や土、埃などで汚れて所々破れていた服さえも元の状態に戻る。・・・そして、最後に頭部が復元されて、そこに居たのは、無傷の状態のクロムであった。
そこまでは見慣れた光景だった。しかし、彼女に予想出来なかった事が二つある。・・・それは、
「・・・っ!?・・・・・・え、此処は・・・何処だ・・・!?」
目を開けたクロムは、ガバッと体を起こしてキョロキョロと周りを見つめている。
「マスター、どうかしたのですか?」
「え・・・よ、妖精だと・・・!?」
翡翠を見た彼は、信じられない物を見たように目を見張っている。それに言いようのない危機感を覚えた翡翠。
「ま、マスター?」
「あ、あの・・・マスターって、僕の事?」
「ぼ、僕!?どうしたのですかマスター!?何時もの貴方らしくないですよ!?」
「・・・あの、君は、誰なんだい?」
彼女の誤算とは、目を覚ましたクロムが彼女を覚えて居なかった事と、
「そ、それと、後ろに居る巨大なトカゲは・・・敵なのかい?」
「え?」
「GurrrrrrrrrrGaaaaaa!!!」
この森の主である、強力な魔獣が、血の臭いに惹かれて迫っていたことである。




