墜落
「遥か昔の話だ。・・・そう、ずっと、ずっと昔・・・もうどの位の年月が経つのかも分からない程に昔の話だ。」
現在、レジスタンス全員を『韋駄天・改』に収納したあと、彼は翡翠と共に空を飛行していた。本来、王都まで馬で3日はかかる距離だが、この速度ならあと数時間で辿り着くはずだ。『韋駄天・改』には生命凍結呪文がかけられている為、彼らは転送するまで眠り続けるだろう。そして、その最中に退屈に負けて翡翠が昔の話をして欲しいと頼んできたので、先程の一言を口にした。
「昔・・・俺は弱かった。何処までも弱かった。大切な者を何も守れない。王族に生まれついた癖に、守られてばかりの弱虫だったよ。」
「そ、想像出来ないです・・・。」
「今とは全然違ったしね。二流にもなれない三流の戦士だったよ。俺の兄妹は凄くてなぁ・・・剣のひと振りで何百もの魔物を倒したりしていて・・・格好よくて憧れたものさ。」
クロムの顔は、進行方向をずっと向いている。しかし、その瞳は過去以外何も写していないように翡翠には見えた。そして、そのことに小さくショックを受ける。しかし、それを口には出さず話を聴き続ける。
「ある日、俺は兵士達の会話を聞いたんだ。偶然通りかかった食堂で話していたんだよ。俺がいることに気が付かない彼らは、色んな事を言っていた。そして、俺はその事に衝撃を受けたよ。」
「衝撃・・・ですか?」
「そう、その兵士はな、”王子には戦闘の才能が無い。それは分かりきっている事だ。・・・だが、魔術師としての才能は、歴史上最高の物だと言えるだろう。だったら、それで戦闘の才能を補えないものかな”と言ったんだ。」
「・・・?どういうことですか?」
「俺たちの世界には、戦闘用の魔術は存在しなかった。あるのは生活補助用の魔術のみでね、だから、俺は魔術の才能が高かったが、戦闘に関しては全くの役たたずだったわけだが。」
とそこで一度言葉を切るクロム。
「無いなら作ればいい。魔術の才能に秀でているのなら、それを戦闘にも役立たせることが出来れば、俺は足で纏いでは無くなる。・・・そう考えたんだよ。」
と、そこまで言ってから、彼は自分の手を見つめた。その顔には、隠しきれない苦痛が見える。
「なのに・・・なのに、何で俺はあんなことを考えたんだろうなぁ・・・。初志を貫徹して、ただ戦闘用の魔術を作るだけで良かったんじゃないのか・・・?こんな、『ダウンロード』なんて規格外の魔術を完成させなければ、あの世界は今も、少しの悲劇と大きな幸福を抱えて存在出来たんじゃないのかな・・・?友を、こんな地獄に突き落とす事も、無かったんじゃないのか?・・・あんな、世界の秘密なんて、知らなければ良かったんだ。」
クロムの表情は後悔に満ちていた。それは、普段誰にも頼らず一人で全てを解決してしまう彼の、何十年ぶりかの弱音であった。
「マスター・・・。」
「・・・ははっどうにも俺らしくないことを言ったな。忘れてくれ。」
苦笑いをして話を終わらせようとするクロム。だが、翡翠はそれでは納得しない。
「そんなことないです!私は、私達はマスターがどれだけ悲しんでいるのか知っています!何百年も一人で生きてきて、どれだけ寂しかったのかを知っています!・・・だから、弱音や愚痴くらい何時でも言ってください。私たちは、マスターの子供なんですから。私達は、何時までもマスターの味方ですから!」
「翡翠・・・。」
「私は、その時にはまだ生まれていなかったから詳しいことは知りません。けど、貴方は全てを救おうとしたことは知っています。でも、全てを支配していた存在に邪魔されて失敗したことも知っています!だけど、それは貴方のせいじゃないです!悪いのは邪魔した存在じゃないですか!何時までも貴方が責任を感じる必要はないんですよ!」
「翡翠・・・お前・・・・・・。」
その言葉が最後まで紡がれる事は無かった。何故なら・・・
バチュッ・・・!
「・・・え・・・・・・?マスター・・・?」
クロムの頭部が、突然グチャグチャに吹き飛んだからである。
「ま、マスター!!!」
クロムと翡翠は、制御を無くし遥か下に広がる森へと落ちていった・・・。