改良
4つの月に照らされる、レジスタンスの本拠地である廃村。その村の一軒で、クロムは椅子に座ってテーブルで何やらカチャカチャと作業をしていた。
「マスター、何をしているのですか?」
「『韋駄天』に新しい術式をインストールしようと思ってな。」
クロムの左肩に座りながら、自身にステルス障壁を展開し、彼に尋ねる翡翠。このステルス障壁は、昔クロムが行ったとある世界の特殊技能を、彼が科学的に使用可能にしたものだ。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感のみに留まらず、魔力操作や超能力などの、所謂第六感にすら探知されない、ステルス技術の完成系。クロムが持つ専用デバイス以外では、彼女を認識することは出来ない。
翡翠が何故それを展開しているかと言えば、他人に見られないようにするためだ。だが、もしこの光景を見られたら、クロムが何も無い空間に話しかけているようにしか見えないのだが、彼らはそれを分かっていなかった。
ただ、時刻は既に午前三時を回っているため、見張りの人員しか起きてはいないのがせめてもの救いだろうか。本日は、王都攻略作戦の決行日なので、全員休息を取っている筈だ。
「正直な話、この戦力だけで勝てるとは思っていないよ。確かに、<ロイヤルナイツ>は強いだろう。この世界ではトップクラスの力を持っている。昨日の戦いで、山を包囲していた複数の軍隊も仲間になった。レジスタンスの力は、今までで最高の物になっているだろうさ。」
でも・・・と彼は続ける。
「所詮、寄せ集めの軍隊なのさ。練度が低い。それに、指揮系統がハッキリしていない。これじゃ、作戦も立てられない。・・・そして、まだまだ国軍のほうが、数が多いんだよ。」
例え、数の差をひっくり返すような素晴らしい作戦を立案しても、それをキチンと実行出来なければ意味が無い。本来ならば時間を掛けて訓練をし、軍の練度を高めるのだが、今回はそんな時間がない。何故なら、今回、国を裏切ってレジスタンス側に入った人間は、全て人質を取られていた人間だからだ。王都の攻略に時間を掛ければ掛けるほど、彼らの大事な人が死んで行き、軍の士気が下がる。時間を掛ける訳にはいかないのだった。
「今回の作戦は、要するに『真っ直ぐ行ってぶん殴る』ってことだ。<ロイヤルナイツ>を先頭にして、一気に城まで突入し、王の首を取る。上手くいけば、その過程で一般市民が仲間になるかも知れないっていう、作戦とも言えない作戦なんだよ。・・・せめて、俺の力が使えるのならこの作戦でも十分なんだがな。俺が全て蹴散らせばいいんだから。・・・でも、今回俺は裏方で、主役は真也だからな。」
翡翠に説明しながらも、彼の手は休まることは無い。彼の腕に付いている黒い腕輪型の機械から宙に投影されたキーボードから、『韋駄天』へ直接プログラムを打ち込んでいく。その速度は、魔力で身体能力を強化しているので凄まじい。残像が見えるほどの速度で、新たな魔法術式を打ち込んでいく。
これが、彼の力の真髄だ。普通ならば、触媒などを用意し、時間を掛けて術式を組み込んでいく。だが、彼はその工程を無視して、プログラムを打ち込むだけで新たな術式を加える事が出来る。
例えば、科学世界ならば、理系と文系という言葉が存在する。数学や物理等が得意な人は文章などに弱く、その逆もある。まあ、稀にその両方を得意とするものもいるが。
ならば、例えば彼の『ダウンロード』によって、『機械工学』と『空間魔法理論学』、『時間魔法理論学』等の才能を手に入れたらどうなるだろうか?本来ならば、全く畑が違う分野である。何人ものその筋の専門家が集まっても、その人間達に、相手が言っている事が完全に理解出来るとは限らない。恐らく、ほぼ確実に何らかの不具合が出るだろう。しかし、彼はそれらを全て一人で完全に理解することが出来る。普通なら有り得ない、『科学技術』と、『各種魔法理論』の完全なる融合が実現するのだ。
彼は、自分の力に慢心しない。常に上を目指し続ける。自分の力だけで足りないのならば、届かないのならば、様々な世界の知識と技術を結集して届かせる。
「あの作戦じゃあ、王都に着くまでにどれ位の犠牲が出るか分からん。ここから王都までは普通に歩いて2日程度。その間に要塞もあるから戦闘は避けられないだろう。それに、大群になれば成程、行軍速度も遅くなるし、食料等も必要になる。・・・でも、今のレジスタンスにはそんな余裕はないだろう?」
と、彼の指が強くエンターキーを押し込んだ。その瞬間、『韋駄天』の表面に光で文字が浮かび上がった。
『確認終了。不具合は何処にも見られません。生命凍結術式、インストール完了しました。』
それを見た翡翠の顔が青くなる。彼女は、彼の左肩から彼の目の前に飛んだ。
「ま、マスター!どうしたんですか!?皆殺しなんてマスターらしくないですよ!」
「・・・は?」
だが、彼女の訴えを聞いた彼は、不思議そうな顔をしている。何を言っているのかよく分からないという顔だ。
「だ、だから、生命凍結ってことは、人の魂を凍らせるんですよね?つまり、マスターは、敵の魂を全て凍らせて戦いを終わらせるつもり・・・じゃないんですか・・・・・・?」
彼の不思議そうな顔を見て、彼女も自分が勘違いをしていたことに気が付いたらしい。途中から声が小さくなって、最後には俯いてしまった。
一方、それを見て慌てたのはクロムである。彼は、自分の娘とも云える、この少女たちの悲しむ姿が特に苦手なのだった。
「いやいや、俺は今回裏方だって。だから、戦闘では殆ど何もしないつもりだよ?その代わり、技術面でサポートすれば作戦の成功率も上がるだろう?」
彼はテーブルに転がったままだた『韋駄天』を摘み、彼女の近くに持っていく。
「これはあくまで転送魔道具であって、戦闘用の武装じゃない。これで誰かを傷付けることなんて、出来ないんだよ。」
そして、彼は左手の人差し指で彼女の小さな顎を軽く持ち上げた。よく見ると彼女の顔は赤くなっているのが分かっただろう。しかし、目立たないように小さなランプ一つで照らしている部屋の中では、彼女の顔の色まで見ることは出来なかった。
しかし、彼女の顔が赤くなっているのは、大好きなマスターを疑ってしまった罪悪感からか、それとも、優しく顎を持ち上げられた羞恥からか・・・。それは、彼女しか分からない。
彼女が納得してくれたと判断した彼は指を顎から離したが、その時に聞こえてきた「ん・・・。」という声は、安堵感か惜しむ気持ちか、どちらだったのだろうか?
「じゃ、じゃあ、その術式は何に使うんです?」
赤くなった顔を隠すように横を向きながら尋ねる彼女に、微笑みながら答えるクロム。
「今まで『韋駄天』で転送することが出来たのは、無機物のみだった。・・・いや、正確には、時間の乱れに体が崩壊しないものだった。」
転送魔道具『韋駄天』には、空間魔法と時間魔法が使用されている。無限に物が入り、入れた物は腐らない。壊れた剣や機械などを入れれば、時間を巻き戻すことで完全に修復することが出来るという、トンデモない代物だったのだ。
しかし、それ故に問題も存在した。それは、生物を入れると、その生物の時間が戻ってしまうというものだった。草木を入れれば、種の状態まで戻る。動物を入れれば、赤ん坊になる以前の状態まで戻ってしまうのだ。
ちなみに、翡翠達『フェアリー』シリーズは、最初からこの時間の流れに耐えられるように作られている。だから、本物の生命体である彼女たちは、『韋駄天』の中で生活出来ているのだ。
「で、俺は普通の生物をこの中に入れられないかとずっと研究してた。その答えがこれだ。・・・・・・っていうか、何でこんな簡単な事に今まで気がつかなかったのか不思議な位だな。」
そこで一度言葉を切る。
「つまり、入れた生命に時間魔法を掛けて、保護すればいい。」
体の時間が戻らないように時間を止めればいいのだ。冷凍睡眠のような状態になれば、『韋駄天』で運ぶ事が出来るようになる。
「俺は、これを使って軍を王都に直接転移させる。」
それが、クロムの思いついた裏方の仕事だった。




