ある短編。『蟲肉編』
"あの"蟲肉の謎、ついに解明!?
……そんな話です。
彼は『Laplace社』が抱える専属プログラマー。
その功績は数年前にリリースされた『Laplace社』の代表的なMMORPG、〈クロニクルオンライン〉の基盤を作り上げたうちの一人である。
もちろん、今回の『Laplace社』初のVRMMORPGの開発にも奥深い部分まで関わっている。
先日の謎の技術提供のおかげで美麗なグラフィック、膨大なデータ量の管理が可能になった〈エターナルオンライン〉に、熱狂的なまでに打ち込んでいた。
そんな中、社内であるイベントが開催された。
それは膨大なデータ量の管理が可能になった故の『モンスター・NPCの増量』についてのアイディア募集だった。
一人が応募する数に上限は無く、募集するのは名前や備考、その他にもイラストといったものだった。
彼は勿論、応募した。
プログラムが本業である彼は、今までそう言った部分に関与した事が無かった。
しかしそう言った部分への関わりはもはや夢のような出来事であり、アイディアは突然掘り当てた温泉の様にとめどなく溢れてきた。
彼はプログラム業の傍らで時間を見つけ、手短なA4用紙に手書きで書きこんでいった。PCで打ち込むよりも、その方が自分の思いが文字に現れるような気がしたからだ。
同僚からの「仕事しろよ」の視線は少なくなかったが、楽しげに顔を綻ばせながら書きとめていく彼の姿を見ていると、毒気を抜かれたように生暖かい視線を向けるようになった。
そして一週間後。
社長やデザイナーなど、その他数人で話し合った、採用の結果が出た。
その結果を見て、彼は愕然とした。
彼は三桁に迫るほどの候補を出していたはずだった。
しかし、採用されたのは僅か二つ。
その二つも『幼虫』と『成虫』という一括りにできる二つであったため、事実上一つであるといってもあまり差支えなかった。
彼は分からなかった。
彼はモンスターの所にしか応募していなかったが、その設定はそちらの専門も引きそうなくらいビッシリと書かれたものであり、全てが選ばれても納得できるだけのできだったはずだ。
しかし採用されたのはわずか一つ。
彼はもう考える事をやめたのだった。
――――彼は生涯気付く事は無いのだが、その理由は趣味のマニアックさ故だ。彼が出したアイディアの中で約九割を占めるのが、一般人はどれ一つとっても知りえないであろうマイナーすぎる『昆虫』をモデルにしたものであり、審査員たちは一瞥しただけでそれを落選の方へと仕分けたのだった。
残りの一割は辛うじて知りえる物があったのだが、それはもうすでに採用されているアイディアとして出てしまっており、採用できるのは全く無かった。
しかし彼がアイディアを書きとめて行く姿を見ていた者が僅かに一人、その場に居た。その事を他の審査員に話すと、満場一致で「一つくらいなら良いだろう」という事になり、例のモノがくじ引きで選ばれたのだった――――。
彼はそのあと、周りの同僚が一日に二桁を超えかねないほどに「お前、もう休め」と言われる位の仕事ぶりを見せつけた。
そして、程なくして完成。
ここに、〈エターナルオンライン〉という新たな世界が産声を上げたのだった。
そして彼は、一つ仕返しともとれる奇怪な行動を起こした。
採用された《デスポイズン・キャタピラァ》と《デスポイズン・ビィー》は低Lvフィールド、高Lvフィールドのどちらにも出現するモンスターだ。
そしてその低Lvフィールドの方に出現する《デスポイズン・キャタピラァ》と《デスポイズン・ビィー》は、《黒紫の虫肉》という見た目毒アイテムのネタ食料アイテムをドロップする。
彼は何故かこの《黒紫の虫肉》を高Lvフィールドにドロップする《黒紫の蟲肉》に変更した。――何故か食料アイテムの旨味値を最大限に引き上げたうえで。
この行為により、〈エターナルオンライン〉の世界からは《黒紫の虫肉》というアイテムは完全に消滅した。データの上書きにより、無くなってしまったのだ。
そして次に彼は、兼ねてから用意していた新たな【能力】を手元のメモリー経由で世界へとインストールさせ、産み落としたのだった。
これらが行われ、そして終了したのがオープンβテストの開始前の、僅か七分前。
気がついた者はおらず、もし仮に気が付いていたとしてもそれらを戻すことは不可能だっただろう。
そして世界は動きだした。
開発者の知識と理解を超えた、現実とは比べ物にならない速度で――――。
彼の行動を知る"人間"は誰一人いない。……彼を、除いて。
そして彼の行動の意味を知る"人間"は誰一人いない。……そう、彼を、除いて。