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死に戻るたびにスキルを一つだけ選べるので、剣も魔法もやめて【正直】にしました――婚約者と聖女が、大広間で全部しゃべってくれます

掲載日:2026/10/23

「ノーラ・エルベン。お前との婚約を破棄する。そして、聖女ルシンダの首飾りを盗んだ罪で、お前を訴える」


王宮の舞踏会のまん中で、婚約者のヘンリク様がそう言った。

次の朝、私は処刑された。


これが一回目の話だ。


この国では、十五歳の祝福の日に、誰にでも守護霊がつく。守護霊からは、スキルを一つもらえる。

聖女ルシンダ様の守護霊は初代聖女様で、スキルは【癒やし】だという。

私の守護霊は、下町の洗濯場で働いていたハンナばあさんだった。スキルは【しみ抜き】。

男爵家の娘に、洗濯女の霊がついた。社交界ではずいぶん笑われた。


私は、本を書いている。本当にあったことだけを書く本だ。

下町には、字の読めない人がたくさんいる。私はその人たちに話を聞いて、本にする。書き上げたら、洗濯場で読んで聞かせる。ハンナばあさんも、生きていたころは一番前で聞いてくれた。


三年前、公爵家から縁談が来たとき、父はとても喜んだ。公爵家がお金に困っていると聞いて、持参金もたくさん用意した。婚約が決まった日に、そのお金は全部、公爵家へ渡してある。


「字も読めない連中のための本など、公爵家の恥だ」


ヘンリク様は、いつもそう言っていた。その夜も、同じことを言った。それから衛兵が私の鞄を開けると、聖女様の首飾りが出てきた。


「私は盗んでいません」


声が震えた。大広間の人たちが、ひそひそと私を見ている。少し離れたところで、父が青い顔のまま動けずにいた。

国王陛下は、首を横に振った。


「王国法の第一条だ。言い分が食い違うときは、身分の高い者の言葉を正しいとする。公爵家と聖女の言葉と、男爵家の娘の言葉。どちらが正しいかは、法が決めている。法は法だ」


聖女様の物を盗むのは、神殿への罪になる。罰は、死だった。

正しいかどうかではなく、誰が言ったかで決まる。この国は、そういう国だった。

その夜、冷たい牢の中で、私はずっと考えていた。本当のことを言っても、誰にも届かない。私が本に書いてきた下町の人たちも、きっとこんな気持ちで生きてきたのだ。



処刑台の上は、思っていたより寒かった。最後に見えたのは、泣いている父の顔だった。

目を閉じて、次に目を開けると、ハンナばあさんが立っていた。

腰の曲がった体に、洗いざらしの前かけ。生きていたころと同じ顔だった。

ばあさんは、五十年洗濯場で働いて、字は一つも読めなかった。その五十年の話を、私は一冊の本にした。

ばあさんが洗うと、どんなにひどいしみも、きれいに落ちた。十五の祝福の日に、神殿の水晶がまっ白に光ったのに、洗濯場の娘が何の用だと追い返された話もあった。ばあさんは、それを笑い話にしていた。

読んで聞かせたとき、あたしの話が本になるなんてねえ、と、ばあさんは前かけで目をふいていた。

そのばあさんが、あきれた顔で言った。


「あんた、死んだよ」

「……知ってます」

「戻してやるよ。舞踏会の日の朝にね。死んだあとなら、あたしにもちょっとした融通がきくのさ。【しみ抜き】は、あたしがあんたにあげたもんだ。そのまま持っておゆき。ほかに持っていけるスキルは、一つだけだよ。死ぬたびに戻してやるし、そのたびに選び直していい」


ばあさんは、指を三本立てた。


「剣の達人。大魔法。それから、正直。正直ってのは、触った相手が、しばらく本当のことしか言えなくなるスキルだよ」


私は迷わなかった。


「剣の達人で」


大魔法で王宮を吹き飛ばしたら、それこそ本物の罪人だ。剣なら、自分の身だけ守れる。そう思った。



二回目の舞踏会でも、ヘンリク様は同じことを言った。衛兵が来た。私は衛兵の剣を奪い、五人を床に転がして、庭へ走った。体が勝手に動いた。ドレスのすそを切り落として、生け垣を飛び越えた。

生け垣の陰に隠れていると、テラスから笑い声が聞こえた。ヘンリク様と、聖女様だった。


「首飾りは、従者がうまく鞄に入れてくれた」

「エルベン家の持参金、もう使っちゃったものね。あの子が死んでくれたら、返さなくていいわ」

「君を聖女にしてもらうのにも、ずいぶん金がかかったからな」


私は、生け垣の陰で歯を食いしばった。今すぐ出ていって、二人に剣を向けたかった。でも、ここで二人を斬ったら、私は本当の罪人になる。

それから門の前で、百人の衛兵に囲まれた。剣の達人でも、百人は無理だった。


「逃げたのが何よりの証拠だ。法は法だ」


陛下はそう言って、私はまた処刑台に上った。

剣で衛兵には勝てた。でも、法には勝てなかった。本当のことを知っていても、男爵家の娘がそれを叫んだところで、誰も聞いてはくれない。



「で、今度はどうする」

「剣じゃ、だめでした」


ばあさんは、また指を三本立てた。

今度は、少し考えた。

本当のことは、もう知っている。足りないのは、それを言ってくれる口だ。この国では、言葉の重さは身分で決まる。男爵家の娘の口は軽い。重いのは、公爵家の跡継ぎと、聖女の口だ。

だったら、その重い口で、本当のことを言ってもらえばいい。


「正直で」


ばあさんは、歯のない口で笑った。


「やっと分かったね。あんたの仕事は、本当のことを書くことだろう」



三回目の朝、父と二人で朝ごはんを食べた。

今夜はヘンリク様のそばを離れるなよ、と父は言った。二回とも、処刑台の下でいちばん泣いていたのは父だった。その顔を、もう見たくなかった。

私は、鞄をのぞかなかった。

首飾りが入るのは、舞踏会が始まってからだ。それを止めても、あの二人はまた別の罪を作るだろう。だから、止めないことにした。


三回目の舞踏会が始まってしばらくすると、壁ぎわに置いた私の鞄のそばから、ヘンリク様の従者がそっと離れていくのが見えた。今、入れたのだ。

そしてヘンリク様は、やはり同じことを言った。


「ノーラ・エルベン。お前との婚約を破棄する。字も読めない連中の話を本にする女など、公爵家にふさわしくない。そして、聖女ルシンダの首飾りを盗んだ罪で、お前を訴える」


衛兵が鞄を開ける。首飾りが出てくる。大広間がざわつく。聖女様が、目に涙をためてヘンリク様の腕にすがる。

三回目なので、誰がどこで息をのむかまで、全部覚えていた。


「分かりました。罪は、陛下にお任せします」


私は、ヘンリク様の前に進み出た。


「最後に、お別れの握手をさせていただけますか。三年間、婚約者でしたから」


ヘンリク様は鼻で笑って、手を出した。勝った人の顔だった。

私はその手を、両手でしっかり握った。

本当に効くのだろうか。一瞬、そう思った。けれど背中のあたりが、ふっと温かくなった。ばあさんが、そこにいる気がした。


「ヘンリク様。首飾りは、誰が私の鞄に入れたのですか」

「おれが従者に入れさせた」


大広間が、しんと静まった。

ヘンリク様が、自分の口を押さえた。顔がみるみる白くなっていく。壁ぎわで、ヘンリク様の従者がふらふらと後ずさるのが見えた。


「どうして、そんなことを」

「エルベン家の持参金を、ルシンダへの贈り物に使ってしまった。返す金がない。お前が罪人になって死ねば、返さなくて済む」

「ち、ち……」


違う、と言おうとしているのに、その先が出てこない。ヘンリク様は手を振りほどこうとした。私は放さなかった。子どものころから洗濯場に通って、おかみさんたちと重いたらいを運んできた手だ。公爵令息の細い手くらい、どうということはない。


ヘンリク様は、でたらめだ、と叫ぼうとしたらしい。口から出たのは、別の言葉だった。


「本当だ!」


誰かが、ぷっと吹き出した。


「ヘンリク様、何をおっしゃってるの!」


聖女様が駆け寄ってきた。私はヘンリク様の手を放して、その手首をそっとつかんだ。


「聖女様。あなたの守護霊は、初代聖女様ですか」

「そんなの、見えたこともないわよ! スキルだって【癒やし】じゃなくて【嘘泣き】よ! 神殿の司祭長にお金を払って、聖女にしてもらったの! 神殿は、ずっと昔からそうしてるんだから!」


聖女様は、自分の言葉に目を丸くした。

大広間のあちこちで、扇が落ちる音がした。


私は聖女様の手首を放して、陛下のほうを向き、ひざをついた。


「陛下。守護霊のハンナばあさんが、私にもう一つスキルをくれました。【正直】です。本当のことしか言えなくなるだけで、嘘を言わせることはできません。そして、この国では、身分の高い方のお言葉が正しいのでしたね。公爵家のヘンリク様と、聖女様が、ご自分でおっしゃいました」


陛下は、長いあいだ黙っていた。

それから、苦いものを飲みこむような顔で言った。


「……法は法だ」


一回目と二回目に、私を処刑台へ送った言葉だった。


「ヘンリクは公爵家の跡継ぎから外し、北の鉱山へ送る。公爵家は、エルベン家の持参金を全部返せ。ルシンダは聖女の名を取り上げ、神殿から追い出す。司祭長と従者も捕らえよ」


ヘンリク様はひざから崩れ落ちた。聖女様は泣き出したけれど、さっきの涙とは、ずいぶん違う泣き方だった。逃げようとした従者は、二回目に私を囲んだのと同じ衛兵たちに、あっという間に押さえこまれた。

父が、大きく息を吐くのが聞こえた。

床に座りこんだまま、ヘンリク様が私を見上げた。


「ノーラ、助けてくれ。三年も婚約者だったじゃないか」

「ええ。さきほど、ヘンリク様が破棄なさるまでは」


ヘンリク様は口を開けたまま、何も言えなかった。【正直】のスキルはまだ効いていたけれど、言える本当のことが、もう一つも残っていなかったのだろう。


陛下は、私を見た。


「エルベン家の娘。望みはあるか」

「一つだけございます」


私は顔を上げた。


「身分で言葉の重さを決める法を、変えていただけませんか。今日は、たまたま本当のことが言われただけです。明日、また誰かが嘘をつけば、この法はまた正しくない人の味方をします」


陛下は、しばらく私の顔を見ていた。


「法が人を守らぬのなら、法のほうを直すしかないな。考えよう。いや、直そう」



持参金は、ひと月で全部エルベン家に戻ってきた。公爵様が、屋敷を一つ売って用意したそうだ。父は、お金より、私が生きて帰ってきたことのほうを何度も喜んだ。


捕まった司祭長を調べるうちに、神殿の奥から古い帳面が出てきた。聖女の座を、お金で売ってきた記録だった。

いちばん古いページは、五十年以上も前のものだった。祝福の日に、水晶をまっ白に光らせた娘がいた。本当なら、聖女になるはずだった娘だ。けれど貧しい洗濯場の娘だったので追い返され、お金を払った貴族の娘が聖女になった。

追い返された娘の名前は、ハンナといった。

ばあさんの笑い話は、本当にあったことだったのだ。どんなしみも落ちたのは、聖女の力だった。死んだあとのちょっとした融通も、本物の聖女の霊なら、本当にちょっとしたことだったのかもしれない。

私は、ばあさんの本に、最後のページを書き足した。


次の休みの日、私は洗濯場で新しい本を読んだ。

婚約破棄の夜の話だ。本当にあったことだけを書いた。

でたらめだ、と叫ぼうとした公爵令息の口から、本当だ、が出てくるところで、洗濯場は笑い声でいっぱいになった。

おかみさんたちは、たらいを叩いて笑った。魚屋のじいさんは、もう一回そこを読んでくれと言った。字の読めない人たちのあいだで、この話はきっと、王都じゅうに広まるだろう。

最後に、ばあさんの本に書き足したページも読んだ。今度は、誰も笑わなかった。ハンナさんの洗った物は、いつもまっ白だったねえ、と、いちばん年寄りのおかみさんがつぶやいた。

読み終わると、私は【しみ抜き】で、おかみさんたちの前かけのしみを順番に抜いて回った。洗濯女の霊だと笑われた私の守護霊は、本物の聖女だった。そのばあさんが持たせてくれたスキルは、洗濯場ではいちばん喜ばれる。

一番前の空いた場所に、腰の曲がった影が座っている気がした。


「いいのを選んだね」


耳もとで、ばあさんの声がした。

剣より、魔法より、本当のことのほうが強かった。

それを知るのに、二回も死んでしまったけれど。

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