死に戻るたびにスキルを一つだけ選べるので、剣も魔法もやめて【正直】にしました――婚約者と聖女が、大広間で全部しゃべってくれます
「ノーラ・エルベン。お前との婚約を破棄する。そして、聖女ルシンダの首飾りを盗んだ罪で、お前を訴える」
王宮の舞踏会のまん中で、婚約者のヘンリク様がそう言った。
次の朝、私は処刑された。
これが一回目の話だ。
この国では、十五歳の祝福の日に、誰にでも守護霊がつく。守護霊からは、スキルを一つもらえる。
聖女ルシンダ様の守護霊は初代聖女様で、スキルは【癒やし】だという。
私の守護霊は、下町の洗濯場で働いていたハンナばあさんだった。スキルは【しみ抜き】。
男爵家の娘に、洗濯女の霊がついた。社交界ではずいぶん笑われた。
私は、本を書いている。本当にあったことだけを書く本だ。
下町には、字の読めない人がたくさんいる。私はその人たちに話を聞いて、本にする。書き上げたら、洗濯場で読んで聞かせる。ハンナばあさんも、生きていたころは一番前で聞いてくれた。
三年前、公爵家から縁談が来たとき、父はとても喜んだ。公爵家がお金に困っていると聞いて、持参金もたくさん用意した。婚約が決まった日に、そのお金は全部、公爵家へ渡してある。
「字も読めない連中のための本など、公爵家の恥だ」
ヘンリク様は、いつもそう言っていた。その夜も、同じことを言った。それから衛兵が私の鞄を開けると、聖女様の首飾りが出てきた。
「私は盗んでいません」
声が震えた。大広間の人たちが、ひそひそと私を見ている。少し離れたところで、父が青い顔のまま動けずにいた。
国王陛下は、首を横に振った。
「王国法の第一条だ。言い分が食い違うときは、身分の高い者の言葉を正しいとする。公爵家と聖女の言葉と、男爵家の娘の言葉。どちらが正しいかは、法が決めている。法は法だ」
聖女様の物を盗むのは、神殿への罪になる。罰は、死だった。
正しいかどうかではなく、誰が言ったかで決まる。この国は、そういう国だった。
その夜、冷たい牢の中で、私はずっと考えていた。本当のことを言っても、誰にも届かない。私が本に書いてきた下町の人たちも、きっとこんな気持ちで生きてきたのだ。
処刑台の上は、思っていたより寒かった。最後に見えたのは、泣いている父の顔だった。
目を閉じて、次に目を開けると、ハンナばあさんが立っていた。
腰の曲がった体に、洗いざらしの前かけ。生きていたころと同じ顔だった。
ばあさんは、五十年洗濯場で働いて、字は一つも読めなかった。その五十年の話を、私は一冊の本にした。
ばあさんが洗うと、どんなにひどいしみも、きれいに落ちた。十五の祝福の日に、神殿の水晶がまっ白に光ったのに、洗濯場の娘が何の用だと追い返された話もあった。ばあさんは、それを笑い話にしていた。
読んで聞かせたとき、あたしの話が本になるなんてねえ、と、ばあさんは前かけで目をふいていた。
そのばあさんが、あきれた顔で言った。
「あんた、死んだよ」
「……知ってます」
「戻してやるよ。舞踏会の日の朝にね。死んだあとなら、あたしにもちょっとした融通がきくのさ。【しみ抜き】は、あたしがあんたにあげたもんだ。そのまま持っておゆき。ほかに持っていけるスキルは、一つだけだよ。死ぬたびに戻してやるし、そのたびに選び直していい」
ばあさんは、指を三本立てた。
「剣の達人。大魔法。それから、正直。正直ってのは、触った相手が、しばらく本当のことしか言えなくなるスキルだよ」
私は迷わなかった。
「剣の達人で」
大魔法で王宮を吹き飛ばしたら、それこそ本物の罪人だ。剣なら、自分の身だけ守れる。そう思った。
二回目の舞踏会でも、ヘンリク様は同じことを言った。衛兵が来た。私は衛兵の剣を奪い、五人を床に転がして、庭へ走った。体が勝手に動いた。ドレスのすそを切り落として、生け垣を飛び越えた。
生け垣の陰に隠れていると、テラスから笑い声が聞こえた。ヘンリク様と、聖女様だった。
「首飾りは、従者がうまく鞄に入れてくれた」
「エルベン家の持参金、もう使っちゃったものね。あの子が死んでくれたら、返さなくていいわ」
「君を聖女にしてもらうのにも、ずいぶん金がかかったからな」
私は、生け垣の陰で歯を食いしばった。今すぐ出ていって、二人に剣を向けたかった。でも、ここで二人を斬ったら、私は本当の罪人になる。
それから門の前で、百人の衛兵に囲まれた。剣の達人でも、百人は無理だった。
「逃げたのが何よりの証拠だ。法は法だ」
陛下はそう言って、私はまた処刑台に上った。
剣で衛兵には勝てた。でも、法には勝てなかった。本当のことを知っていても、男爵家の娘がそれを叫んだところで、誰も聞いてはくれない。
「で、今度はどうする」
「剣じゃ、だめでした」
ばあさんは、また指を三本立てた。
今度は、少し考えた。
本当のことは、もう知っている。足りないのは、それを言ってくれる口だ。この国では、言葉の重さは身分で決まる。男爵家の娘の口は軽い。重いのは、公爵家の跡継ぎと、聖女の口だ。
だったら、その重い口で、本当のことを言ってもらえばいい。
「正直で」
ばあさんは、歯のない口で笑った。
「やっと分かったね。あんたの仕事は、本当のことを書くことだろう」
三回目の朝、父と二人で朝ごはんを食べた。
今夜はヘンリク様のそばを離れるなよ、と父は言った。二回とも、処刑台の下でいちばん泣いていたのは父だった。その顔を、もう見たくなかった。
私は、鞄をのぞかなかった。
首飾りが入るのは、舞踏会が始まってからだ。それを止めても、あの二人はまた別の罪を作るだろう。だから、止めないことにした。
三回目の舞踏会が始まってしばらくすると、壁ぎわに置いた私の鞄のそばから、ヘンリク様の従者がそっと離れていくのが見えた。今、入れたのだ。
そしてヘンリク様は、やはり同じことを言った。
「ノーラ・エルベン。お前との婚約を破棄する。字も読めない連中の話を本にする女など、公爵家にふさわしくない。そして、聖女ルシンダの首飾りを盗んだ罪で、お前を訴える」
衛兵が鞄を開ける。首飾りが出てくる。大広間がざわつく。聖女様が、目に涙をためてヘンリク様の腕にすがる。
三回目なので、誰がどこで息をのむかまで、全部覚えていた。
「分かりました。罪は、陛下にお任せします」
私は、ヘンリク様の前に進み出た。
「最後に、お別れの握手をさせていただけますか。三年間、婚約者でしたから」
ヘンリク様は鼻で笑って、手を出した。勝った人の顔だった。
私はその手を、両手でしっかり握った。
本当に効くのだろうか。一瞬、そう思った。けれど背中のあたりが、ふっと温かくなった。ばあさんが、そこにいる気がした。
「ヘンリク様。首飾りは、誰が私の鞄に入れたのですか」
「おれが従者に入れさせた」
大広間が、しんと静まった。
ヘンリク様が、自分の口を押さえた。顔がみるみる白くなっていく。壁ぎわで、ヘンリク様の従者がふらふらと後ずさるのが見えた。
「どうして、そんなことを」
「エルベン家の持参金を、ルシンダへの贈り物に使ってしまった。返す金がない。お前が罪人になって死ねば、返さなくて済む」
「ち、ち……」
違う、と言おうとしているのに、その先が出てこない。ヘンリク様は手を振りほどこうとした。私は放さなかった。子どものころから洗濯場に通って、おかみさんたちと重いたらいを運んできた手だ。公爵令息の細い手くらい、どうということはない。
ヘンリク様は、でたらめだ、と叫ぼうとしたらしい。口から出たのは、別の言葉だった。
「本当だ!」
誰かが、ぷっと吹き出した。
「ヘンリク様、何をおっしゃってるの!」
聖女様が駆け寄ってきた。私はヘンリク様の手を放して、その手首をそっとつかんだ。
「聖女様。あなたの守護霊は、初代聖女様ですか」
「そんなの、見えたこともないわよ! スキルだって【癒やし】じゃなくて【嘘泣き】よ! 神殿の司祭長にお金を払って、聖女にしてもらったの! 神殿は、ずっと昔からそうしてるんだから!」
聖女様は、自分の言葉に目を丸くした。
大広間のあちこちで、扇が落ちる音がした。
私は聖女様の手首を放して、陛下のほうを向き、ひざをついた。
「陛下。守護霊のハンナばあさんが、私にもう一つスキルをくれました。【正直】です。本当のことしか言えなくなるだけで、嘘を言わせることはできません。そして、この国では、身分の高い方のお言葉が正しいのでしたね。公爵家のヘンリク様と、聖女様が、ご自分でおっしゃいました」
陛下は、長いあいだ黙っていた。
それから、苦いものを飲みこむような顔で言った。
「……法は法だ」
一回目と二回目に、私を処刑台へ送った言葉だった。
「ヘンリクは公爵家の跡継ぎから外し、北の鉱山へ送る。公爵家は、エルベン家の持参金を全部返せ。ルシンダは聖女の名を取り上げ、神殿から追い出す。司祭長と従者も捕らえよ」
ヘンリク様はひざから崩れ落ちた。聖女様は泣き出したけれど、さっきの涙とは、ずいぶん違う泣き方だった。逃げようとした従者は、二回目に私を囲んだのと同じ衛兵たちに、あっという間に押さえこまれた。
父が、大きく息を吐くのが聞こえた。
床に座りこんだまま、ヘンリク様が私を見上げた。
「ノーラ、助けてくれ。三年も婚約者だったじゃないか」
「ええ。さきほど、ヘンリク様が破棄なさるまでは」
ヘンリク様は口を開けたまま、何も言えなかった。【正直】のスキルはまだ効いていたけれど、言える本当のことが、もう一つも残っていなかったのだろう。
陛下は、私を見た。
「エルベン家の娘。望みはあるか」
「一つだけございます」
私は顔を上げた。
「身分で言葉の重さを決める法を、変えていただけませんか。今日は、たまたま本当のことが言われただけです。明日、また誰かが嘘をつけば、この法はまた正しくない人の味方をします」
陛下は、しばらく私の顔を見ていた。
「法が人を守らぬのなら、法のほうを直すしかないな。考えよう。いや、直そう」
持参金は、ひと月で全部エルベン家に戻ってきた。公爵様が、屋敷を一つ売って用意したそうだ。父は、お金より、私が生きて帰ってきたことのほうを何度も喜んだ。
捕まった司祭長を調べるうちに、神殿の奥から古い帳面が出てきた。聖女の座を、お金で売ってきた記録だった。
いちばん古いページは、五十年以上も前のものだった。祝福の日に、水晶をまっ白に光らせた娘がいた。本当なら、聖女になるはずだった娘だ。けれど貧しい洗濯場の娘だったので追い返され、お金を払った貴族の娘が聖女になった。
追い返された娘の名前は、ハンナといった。
ばあさんの笑い話は、本当にあったことだったのだ。どんなしみも落ちたのは、聖女の力だった。死んだあとのちょっとした融通も、本物の聖女の霊なら、本当にちょっとしたことだったのかもしれない。
私は、ばあさんの本に、最後のページを書き足した。
次の休みの日、私は洗濯場で新しい本を読んだ。
婚約破棄の夜の話だ。本当にあったことだけを書いた。
でたらめだ、と叫ぼうとした公爵令息の口から、本当だ、が出てくるところで、洗濯場は笑い声でいっぱいになった。
おかみさんたちは、たらいを叩いて笑った。魚屋のじいさんは、もう一回そこを読んでくれと言った。字の読めない人たちのあいだで、この話はきっと、王都じゅうに広まるだろう。
最後に、ばあさんの本に書き足したページも読んだ。今度は、誰も笑わなかった。ハンナさんの洗った物は、いつもまっ白だったねえ、と、いちばん年寄りのおかみさんがつぶやいた。
読み終わると、私は【しみ抜き】で、おかみさんたちの前かけのしみを順番に抜いて回った。洗濯女の霊だと笑われた私の守護霊は、本物の聖女だった。そのばあさんが持たせてくれたスキルは、洗濯場ではいちばん喜ばれる。
一番前の空いた場所に、腰の曲がった影が座っている気がした。
「いいのを選んだね」
耳もとで、ばあさんの声がした。
剣より、魔法より、本当のことのほうが強かった。
それを知るのに、二回も死んでしまったけれど。




