守る対象が、私だっただけ
夜の回廊は静まり返っていた。
灯りは最小限に抑えられ、石の床に落ちる月光だけが道を示している。
私は、いつものように欄干に手を置いた。
風が冷たい。遠くで城門が閉まる音がした。
彼は、そこにいる。
振り返らなくても分かる。
足音を立てない護衛は、いつも同じ距離に立つ。
近すぎず、遠すぎず。
命令された位置から、一歩も外れない。
最初は、怖かった。
無表情で、何を考えているのか分からない人だったから。
けれど、いつからか気づいてしまった。
私が眠れずに夜を歩くときも、
誰にも知られずに泣いた夜も、
必ず彼はそこにいた。
声をかけることはない。
慰めることもしない。
ただ、何かが近づけば、必ず先に動く。
――守られている。
そう思った瞬間、
胸の奥が、少しだけ苦しくなった。
「……ねえ」
声を出すと、彼はわずかに視線を向けた。
それだけで、返事はない。
それでも、私は言葉を続けた。
「あなたは、何も言わずに、いつも私を見守っていてくれるわね」
彼の表情は変わらない。
でも、視線は外さなかった。
「あなたに気持ちがなくても」
一度、言葉を区切る。
これ以上踏み込めば、何かが変わると分かっていた。
それでも。
「こうして、側にいてくれるのが……嬉しいの」
夜風が、間を通り抜ける。
長い沈黙のあと、彼は低く言った。
「勘違いするな」
声は冷たい。
でも、拒絶ではなかった。
「守る対象が、貴様だっただけだ」
それだけ言って、彼は視線を戻す。
まるで、それ以上の言葉は不要だと言うように。
胸の奥で、何かがほどけた。
「……わかってる」
私は、小さく息を吐いた。
「それでいい」
それ以上、何も言わなかった。
言えば、壊れる。
聞けば、線を越えてしまう。
彼は、私の護衛で。
私は、守られる姫で。
それ以上でも、それ以下でもない。
けれど、その関係が続いている限り、
私は独りではない。
夜が明ける頃、彼は変わらずそこに立っていた。
昨日と同じ距離で、同じ姿勢で。
何も変わらない日常。
それが、なぜか救いだった。
私は歩き出す。
振り返らずに。
彼がいることを、
疑う必要はなかったから。




