表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風が名を呼ぶ日 ―沈黙の神凪と自由を失った風神―  作者: 宵待 桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/23

第二章 風は答えを返さない


風嶺国エル・サレインの神殿は高い位置に建てられている。


街の音が届かず、海の匂いも薄れ、ただ風だけが通り抜ける場所だった。


神凪リュシアは、祈りの時間よりも早く、祭壇の前に立っていた。


誰に呼ばれたわけでもない。

神官に命じられたわけでもない。


ただ、ここに来る必要がある気がした。


白い外套の裾が、微かに揺れる。

窓は閉じている。

火も焚かれていない。


それでも、空気が動いていた。


「……いますか」


呼びかけは祈りではなかった。

願いでも儀式の言葉でもない。


ただの問いだった。


返事はない。


代わりに祭壇に置かれた風鈴が、かすかに鳴った。


触れていないはずなのに、音だけが残る。


リュシアは息を整えた。


「返事をしなくていいんです。答えをもらいに来たわけじゃないので」


言葉は、宙に溶ける。

神殿は静かだった。


神凪は、神に語りかける存在だ。


それが役目であり、務めであり、誇りでもある。


けれどリュシアは、神凪としてではなく、人としてここに立っていた。


「……今日は、風が強いですね」


独り言のような声だった。


その瞬間、閉じたはずの窓の隙間から冷たい風が流れ込んだ。


一瞬。髪が揺れ、外套がはためく。


それだけだった。


「……そういう返し方なんですね」


リュシアは、小さく笑った。


神官に見られたら叱責されるだろう。


神に向かって、こんな話し方をする神凪はいない。


だが、不思議と怖くはなかった。


むしろ、距離があることが救いだった。


近づかない。踏み込まない。


それでも、確かに「いる」。


それが、今の彼女にはちょうどよかった。


「今日は、それだけです」


そう告げるとリュシアは深く頭を下げた。

祈りの作法ではない、ただの挨拶として。


背を向け、歩き出した瞬間。


風が、ほんの少しだけ、強く吹いた。


引き留めるほどではない。

呼び止めるほどでもない。


ただ、「行ったこと」を確かに知っている風だった。


リュシアは振り返らない。


振り返らなくても、そこに何かが在ることを、もう知っていたから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ