第十四章 声を失った者は何を選ぶ
神殿の奥、風の通らない部屋。
リュシアは、窓辺に立っていた。
外は晴れているはずなのに、ここには空の気配がない。
沈黙の儀に入ってから時間の感覚が曖昧になった。
朝と夜の違いは光の角度でしかわからない。
扉が、静かに開く。
入ってきたのは神官ではなく
城の使者だった。
「国王陛下より、お言葉を」
リュシアは、ゆっくりと振り返る。
声は出せない。だが、目で促した。
「神凪リュシアは、神殿単独の管理下には置かれない。今後は王権と神殿、双方の保護を受ける、とのことです」
一瞬、胸の奥が揺れた。
保護。
それは、守られるという意味でもあり
同時に、見られるという意味でもある。
使者は、少し言い淀んでから続けた。
「ご負担をおかけしますが、国として、あなたを“一人にしない”という決断です」
リュシアは、目を伏せた。
一人にしない。
それは、優しさなのか。
それとも――選択肢を減らすことなのか。
使者が去り、再び沈黙が戻る。
そのとき、風がわずかに動いた。
窓は閉じられている。
それでも、確かに。
「来てるんでしょう?」
声にならない言葉を、胸の中で紡ぐ。
答えるように、空気が揺れた。
姿を現したのは、風神ヴァル・シェアリスだった。
人の姿。けれど、どこか輪郭が定まらない。
「来てるよ」
静かな声。
「……ごめん」
彼は、開口一番そう言った。
リュシアは、首を振る。
謝られる理由が見当たらなかった。
「王の決定、聞いたかい?」
ヴァルは、彼女の隣に立つ。
距離は近いが、触れない。
「君は選ばれた。でも、選ばされたわけじゃない」
リュシアは、ゆっくりと彼を見る。
目で問う。
それは、本当か、と。
「沈黙の儀は神殿のためのものじゃない」
ヴァルは低く言った。
「君が、自分の声を“どう扱うか”を決めるための時間だ」
風が、彼の外套を揺らす。
「もし、耐えられないなら」
一拍。
「逃げてもいい」
その言葉に、リュシアの瞳が揺れた。
逃げる。
神凪が、神の前で選べる言葉ではない。
「……でもね」
ヴァルは、彼女の視線を受け止める。
「君は逃げない人だ」
その断定は重かった。
期待でも命令でもない。
ただ見抜かれたという感覚。
リュシアは胸に手を当てる。
そこにあるのは、恐れと、覚悟。
声を失うことが怖いのではない。
声を失ったまま、“誰かの道具”になることが怖い。
彼女はゆっくりと息を吸い
指先で床に文字を書く。
『私は』
一度、手が止まる。
『私の沈黙を、私のものにしたい』
ヴァルは、その文字を見つめ目を伏せた。
「……それは」
短く、息を吐く。
「神としてじゃなく、俺個人として言う」
顔を上げる。
「誇りに思う」
その言葉は風よりも確かだった。
リュシアは微かに笑った。
声はない。だが、意思はある。
沈黙は、奪われたものではない。
――選び取ったものだ。




