第5話:ふわふわの魔法
学校から帰ってきたさくらは、重い足取りで自分の部屋に入ると、ランドセルをベッドに放り投げた。
どんよりとした表情のまま、ポテトのいる水槽に近づき、力なく声をかける。
「ポテト、ただいまー。帰ってきたよ」
水槽の岩陰からひょっこり顔を出したポテトが、心配そうにさくらを見つめた。
「さくらちゃん、おかえり。
…あのね、そのあざ…やっぱり、転んだだけじゃないよね?」
ポテトは気遣うように、優しく尋ねた。
その問いに、さくらはびくりと肩を揺らし、視線を落とす。
スカートの裾をぎゅっと握りしめ、
震える声で、ぽつりと真実をこぼし始めた。
「…ママが怒ったときに、思いっきりつねったの。
でも言わないでね。怖いから」
さくらは俯いたまま、小さな声で告白した。
「ポテトは、絶対に秘密にするよ。
でも、さくらちゃんが辛いときは、いつでも話してね」
さくらはこくりと頷き、ポテトの変わらない優しさに、少しだけ安堵する。
「うん、わかった。約束ね」
少し間を置いて、水槽に映る自分の顔を見つめながら、不安そうに訴える。
「あのね…ポテト。私、悪い声の人、嫌いなんだ」
「悪い声の人?」
ポテトが、不思議そうに聞き返す。
「いつも、変なことばかり言ってくるの。
どうしよう…」
さくらは唇を噛み、視線を落とした。
するとポテトは、小さなヒレをぱたぱたと力強く動かし、
元気づけるように明るい声を出す。
「大丈夫!頭の中で変な声がしゃべっても、
ポテトの魔法でスッキリできるよ!」
「どこでもできる、簡単な魔法。
教えてあげるね!」
ポテトは、得意げに体を揺らした。
――【ふわふわの魔法】――
「目をぎゅーってつぶって、あたまの中で、ふわふわのフグを思い浮かべてね。
そいつがぷくーっとふくらんで、へんな声をパクっと吸い込むの」
「そしたら、心の中で言うの。
『ふくらんで、とんでけー!』って。
そうしたらね、ゆっくり目をあけてみて。へんな声、いなくなるから!」
さくらの瞳に、不安と期待が同時に揺れる。
「…ほんとに?」
「ホントだよ。僕を信じて、さくらちゃん」
ポテトは水槽の中でくるりと一回転し、励ますように言った。
「この魔法なら、どこにいてもすぐできるよね。
悪い声の人、やっつけちゃえ」
「…わかった!」