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第3話:ポテトとの出会い

次のセラピーの日。

しずか先生の隣には、小さな水槽が置かれていた。


中にいたのは、赤いじゃがいものように丸っこい、一匹のフグ。


きょとんとした顔で、小さなヒレをぱたぱたと揺らしている。


「可愛い!」


思わず声を上げると、先生は優しく微笑んだ。


「ペットセラピー用の、特別な機能を持ったフグなの。

 ミウルスっていうアフリカの淡水フグがモデルなんだって」


つぶらな瞳が、じっとこちらを見つめ返す。


その姿が、なんだか可笑しくて、愛おしい。


「それにね。さくらちゃん用にカスタマイズもされているんだよ」


「なんだか…ころころしてて、じゃがいもみたい」


さくらは水槽に、そっと指先を触れた。


本来、このフグには人と会話ができる特殊機能があったが、

先生はあえて、設定を切っていた。


今のさくらには、言葉よりも「そばにいてくれる存在」が必要だと考えたからだ。


「この子の名前は…ポテトがいいな」


そう言うと、フグは首を振り、照れるように砂へ潜った。


その日から、ポテトはさくらの「言葉を話さない同居人」になった。


学校から帰ると、真っ先に水槽の前へ座り込む。


楽しかったことも、嫌だったことも、全部ポテトに話して聞かせた。


お母さんにひどく叱られた夜も。


学校で友達に悪く言われた日も。


ポテトはただ、まんまるな瞳で見つめ、静かにヒレを揺らしていた。


変わらないその姿が、何よりの慰めだった。


それでも――ふと思ってしまう。


(もし、ポテトとお話できたらなぁ…)


水槽に映る、自分の寂しげな顔を見ながら、そっとガラスを撫でた。



ある朝。

「さくらちゃん、さくらちゃん」

と、誰かが呼ぶ声が聞こえた。


その声がポテトだと、さくらはすぐにわかった。


「ボクだよ、ポテトだよ」


「えええ!?ポテトって、しゃべれるの!?」


目をまんまるくするさくらに、ポテトは続ける。


「宇宙人に改造されたのか、異次元とつながったのかはわからない。

 でも、しゃべれるようになったんだ」


普通なら驚くはずの状況なのに、

さくらは自然に受け入れた。


「じゃあ、これから毎日お話できるね!」


階下から、母親の鋭い声が響く。


「さくら、なにしてるの?

 学校に遅れるわよ!」


「はーい、今行くー!」


「そのピンクのパジャマ、可愛いね」


ポテトに褒められ、さくらは笑顔になる。


「嬉しい。これ、お気に入りなの♪」


パジャマをベッドに放り投げ、

制服に着替え始めた。


ポテトは、

丸い目をぎょろりと動かし、

ぷくっと膨らんだ。


「さ、さくらちゃん!僕の前で着替えるなんて、ダメだよ!」


「え?いつも見てたじゃない?」


「でも、でも…」


笑いながらスカートを手に取った、そのとき。


ポテトの視線が、さくらの太ももに釘付けになる。


白い肌に、不自然に浮かぶ痛々しい痕。


まるで何かで叩かれたような、不規則な青あざ。


紫がかった縁と、中心が黄緑に変色した、古いあざだった。


ポテトのヒレが止まり、体が小さく震える。


「さくらちゃん…そのあざ、どうしたの?」


声は低く、慎重だった。


さくらは動きを止め、スカートで慌てて隠す。


一瞬、遠くを見るような目をしたが、

すぐに笑顔に戻った。


だが、その笑顔はどこかぎこちない。


「ん? これ?

 転んだだけだよ。ポテトは心配しすぎ!」


明るく振る舞う声は、かすかに震えている。


ポテトは膨らんだまま、体を震わせた。

聞いてはいけないことだったのかもしれない。


それでも――あの痕は、ただ転んでできたようには見えなかった。


「さくらちゃん、誰かに意地悪されたら、ポテトにぜったい言ってね!

 僕はいつも、さくらちゃんの味方だよ!」


その言葉に、さくらは一瞬、言葉を失った。


そのとき、頭の中に悍ましい声が響く。


《フグは嘘つきだ。絶対に信用するな》


視界がぐにゃりと歪み、水槽が大きく膨らむ。

まるで吸い込まれそうな感覚。


「さくらちゃん、大丈夫!?」


ポテトの声が錨のように、彼女を現実へ引き戻した。


「あれ…戻った?」


呟くさくらを見て、ポテトは言った。


「制服姿も可愛いね。これから、何して遊ぶ?」


「何言ってるの。今から、学校だよ」


「遊ばないんだ…残念」


「じゃあね、ポテト。帰ったらいっぱい話そうね」


さくらはそう言って、部屋を後にした。

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