第21話:光の差し込む場所
次に、
さくらが目を覚ました時…
最初に感じたのは、消毒液の匂いと、自分の手に伝わる温かい感触だった。
(…あったかい)
ぼんやりとする頭で、ゆっくりと瞼を開ける。
見慣れない白い天井。
そして、視線を横に移すと、そこにいたのは、
ずっと会いたかった優しい顔だった。
「…しずか、せんせい…?」
ベッドの脇の椅子に座り、さくらの手を両手でぎゅっと握りしめていたのは、
セラピストの日向しずか先生だった。
先生の目には、みるみるうちに涙がたまり、
大きな雫となって頬を伝った。
「よかった…。本当によかった…!」
先生は、何度も何度もそう繰り返しながら、
声にならない声で泣いた。
その涙は、さくらがセラピールームで流した涙とは違い、
心の底からの安堵と喜びに満ちていた。
「さくらちゃん、もう大丈夫。もう、何も心配いらないからね」
先生の温かい涙が、握られたさくらの手にぽつりと落ちる。
その温かさが、ポテトの声がくれた温もりと重なった。
「あのね、さくらちゃん」
しずか先生は涙を拭い、さくらに優しく語りかけた。
「これからは、おばあちゃんと一緒に暮らせるからね」
「児童相談所の人たちと、おばあちゃんと、先生とで、ちゃんとお話したの。
さくらちゃんが、安心して暮らせるようにって」
おばあちゃんの、優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
「それから…しばらくの間、お母さんとは会わなくても大丈夫よ。
お母さんもね、少し心がお休みする必要があるの」
「だから、さくらちゃんは何も気にしなくていい。
これからは、先生もずっと、さくらちゃんのそばにいるから」
--お母さんに会わなくていい。
--おばあちゃんと暮らせる。
--先生も、そばにいてくれる。
その言葉の一つ一つが、さくらの心に深く染み渡っていく。
もう、あの家に帰らなくていい。
もう、たった一人で戦わなくてもいい。
「ほんと…?」
さくらの瞳から、今度は嬉し涙がぽろぽろと溢れ出した。
「本当よ」
しずか先生は力強く頷くと、さくらに向かって、
そっと両腕を広げた。
さくらは、迷うことなくその胸に飛び込んだ。
先生は、さくらの小さな体を
そっとやさしく、ぎゅっと抱きしめた。
「頑張ったね。本当によく我慢したね。
偉いよ、さくらちゃん」
「うわぁぁぁん…!」
やっとたどり着けた、本当のゴール。
--恐怖も…
--【悍ましい声】も…
--歪んだ世界も…
この腕の中には存在しない。
さくらは、抱きしめられたまま、泣き声をあげ続けた。
それは、傷ついた心がようやく見つけた、
抱擁の中で芽吹く命の叫びだった。
しずか先生は、しゃくりあげるさくらの背中を、
何度も何度も、優しく撫で続けた。
固く閉ざされていたドアが、ようやく開かれたのだ。
光の差す、未来へと続くドアが。




