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第1話:不思議の部屋
お母さんは、私をベッドに強く押しつけ、怒鳴り続けた。
やがてその声はしぼみ、泣きじゃくりながら
私を乱暴に抱きしめる。
「お母さんが、悪かったわ。ごめんね……」
声が、遠い。
まるで分厚いガラスか水の中から聞こえるみたい
その向こうでは水が満ちていて、言葉も形もゆっくりと歪む。
抱きしめられているはずなのに、ちっともあたたかくない。
私の心は風船になり、ゆっくりと上昇する。
まるで「不思議の部屋」。
そこは、すべてが遠くに、そして小さく見える、
静かで安全な場所。
ベッドの上で泣いているお母さんと、
抱きしめられている小さな私。
つねられた太ももの熱い痛みが、
じんと私を現実に引き戻す。
閉ざされていた耳に、
お母さんの泣き声が生々しく流れ込んでくる。
小さくぼやけていた顔が、
ぐっと迫ってきて視界いっぱいに広がる。
「さくら、本当にごめんね…」
うん。知ってる。
お母さんが私を好きなことも、
ときどき壊れちゃうことも。
怖くて、哀しくて、どうしようもないとき、
私はいつでもこの部屋に逃げ込める。
私だけの秘密。