表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

第1章 揺れる列島、走る世界

初投稿です、16章で完結する予定です。

閲覧いただきありがとうございます、感想等頂けますと励みになります。

1 突風の午後

春にしては肌寒い雨雲が垂れ込めた二〇二四年四月一九日、午後三時二十二分。

多摩川の堤防に腰を下ろした真柴蒼汰は、大学院の研究発表から逃げるようにスケッチブックを広げていた。


「気象制御の未来像──実測とシミュレーションの乖離」

そんなタイトルの修論下書きが、研究室のホワイトボードにまだ赤ペンで殴り書きのまま残っている。


吹き付ける川風は濁流の匂いを運び、背後の桜並木では最後の花びらが泥に溶けていた。

蒼汰は鉛筆を止め、灰色の雲間にぽっかり開いた青色を見上げた――まるで誰かが空に穴を穿ったかのような、完璧な円形の蒼。


次の瞬間、“瑠璃色の雫”が空から滴り落ち、彼のスケッチブックの真ん中で跳ねた。

卵より少し小さい球体。表面は濡れているように艶めき、芯から淡い光を放っている。


(ガラス玉……じゃない。何だ、これ)


球体は微弱な振動音を立てながら、蒼汰の鼓膜の奥で囁いた。


——「名を刻み、空を統べよ」


気がつけば、蒼汰は折りたての彫刻ナイフを握っていた。

誰かに操られているわけではない。好奇心と本能が、思考より速かった。


M・S・SOTA――

透き通る表面に刻んだ瞬間、風景の彩度が跳ね上がり、五感が飽和した。


大気が収縮し、頭上の雲がスパイラルを描き、雷鳴が川岸へ垂直に落ちる。

自分の鼓動と大気の脈動が同期する感覚――それは「支配」ではなく「合流」だった。


(これが……風?)


彼が左手を横に払うと、堤の上空に溜まった雨雲が真っ二つに裂け、

陽射しがスポットライトのように都市へ降り注いだ。


世界最初の〈自然魔術師〉が誕生した瞬間だった。


2 全人類への“宣告”

蒼汰の視界が眩い白でフラッシュアウトしたのと同時刻、

全地球79億の脳内に別々の言語で、だが同一の意味を持つ三行の文字列が滑り込んだ。


〈七つのオーブが世界に散在する〉

〈名を刻む者は、その自然を操る魔術師となる〉

〈最初のオーブは東京の青年が手にした〉


情報ではなかった。体験だった。

記憶の書庫に勝手に挿し込まれたページのように、誰もが「昔から知っていた」かのように理解した。


ロンドンの証券マンは電話を取り落とし、

ムンバイの路上市場では祈祷師が空を見上げて叫び、

ハバナの老画家はキャンバスを破った。


東京・渋谷スクランブル交差点。

大型ビジョンがフリーズし、砂嵐のなかに蒼汰の顔写真と名前が浮かび上がる。

誰が流した映像かは分からない。だが群衆は一斉にスマホを掲げ、

#StormArtist のハッシュタグが尻尾に雷をつけた獣のように世界を駆け回った。


3 失われた平穏

内閣情報調査室は十五分で非常招集。

「対象は無害の可能性もあるが、最悪“戦略級兵器”」

防衛省は即時に多摩川河川敷をヘリで捜索し、

警視庁は高解像度の衛星写真をAI解析に回した。


しかし蒼汰は、既に雲に溶けていた。

風を「感じ」れば、空気抵抗も質量も自分の一部になる。

無意識に体を前傾させただけで、気圧差が背中を押し、

彼は人間の限界Gを遥かに超える速度で上昇していく。


(逃げているわけじゃない。追い風に、ただ乗っているだけだ)


やがて成層圏に近い高度で、彼の網膜に青い数値がポップアップした。


ETHER : 83/100


そこに説明は無い。だが勘づく。

魔術を使えば使うほど数字は減る──そしてゼロになれば何かが起こる。


蒼汰は急降下した。雲を突き抜け、東京湾の夜景がシャンパンの泡のように揺れる。

着地したのは埠頭近くの倉庫街。

高架下の薄闇から、カメラを構えた一人の女性が姿を現した。


「――九重響子。フリーのジャーナリストよ。

逃げ回るより世界に真実を曝け出したほうが、生存率は高いわ」


響子の瞳は恐怖より先に好奇心で光っていた。

彼女はスマホを差し出した。録画はもう回っている。


蒼汰は深呼吸し、カメラの奥にいる“世界”へ向けて口を開いた。


「俺は兵器じゃない。これは――

この力は、空を愛するすべての人間のものだ。」


その言葉がネットに流れた時点で、

政府の拘束作戦は世論の矢面に立たされ、

“Storm Artist VS 世界各国” の構図が出来上がった。


4 旋風の逃亡者

翌未明。品川埠頭を包囲した特殊部隊のヘッドセットに、突如として突風の悲鳴が走った。

風速六十メートル超。倉庫のトタン屋根が剥がれ、ドローンが遠心力で吹き飛ぶ。

暗視ゴーグル越しに見えたのは、風圧を翼のように纏った蒼汰のシルエット。


「上空に逃走! 追跡ドローン展開――」


しかし大型ドローンは上昇三十秒で逆風に煽られ、

プロペラごと捻じ曲げられて炎上落下。まるで空気が“意思”を持っていた。


蒼汰は雲の裏側へ身を隠しながら、ETHER残量が再び減ったことを感じる。

67/100。

逃げるたびに、使うたびに、残りは削れていく。


(このままじゃ、いずれ墜ちる。俺は“風”じゃなく“人間”だ)


そして思い至る。

オーブは七つ。自分と同じ立場に立つ者が、世界のどこかで同時に生まれつつある。

もし彼らが“力”を争えば、このゲージがゼロを示すとき――

雲より上ではなく、人類が墜落する。


蒼汰は風を静め、雲海を漂うグライダーのように滑空して、新天地を探した。

彼に残された時間、そのカウントダウンを誰が刻んでいるのかを知らないまま。


5 世界の目覚め

その頃、太平洋を隔てたアメリカ合衆国。

ホワイトハウス地下の状況室では国家安全保障会議(NSC)が緊急招集され、

衛星偵察写真に映るハワイ・キラウエア火山の“赤い脈動”に目を凝らしていた。


「炎陽のオーブがあそこにある、確率87%」

「先に掘り出すのはどこだ? 我々か、それとも……中国か?」


同じ刻、国連総会ビルでは非常会合が開かれ、

「オーブは全人類の共有財産か、各国の主権対象か」で議論が割れる。

議場のスクリーンに表示された世界地図には、七つの仮想座標が真紅に光っていた。


だけど国際政治より速く、

人類の欲望が走り出す。


・数億ドルを投じる投資ファンドが、アマゾン奥地へ企業傭兵を派遣

・ロシアと中国の連合潜水艦隊が、マリアナ海溝を囲い込む

・暗号通貨コミュニティが、オーブ発見者にビットコイン100万枚の懸賞を宣言


世界規模のゴールドラッシュが、わずか数時間で立ち上がった。


6 疾風前夜

夜明け前。東京湾の上空二千メートル。

蒼汰は風の静寂を破らぬよう、雲海に指先で円を描く。

彼の背中には九重響子が装備したハーネスが繋がり、

二人分の息遣いが凍てついた空を白く染めた。


響子「いい? あなたの言葉はもう世界中に拡散したわ。

でも“力”は言葉より雄弁。あなた自身のストーリーを、

あなたのペースで語るの。」


蒼汰は頷き、胸の内でETHER残量を読む。

65/100――まだ、余裕はある。


そして東の空、うっすらと朱が滲む地平に目を凝らす。

七つのオーブが世界を巡り、やがて必ず交わるその未来を想像しながら。


(俺たちは嵐の中心で、

ただ風を鎮める“鍵”を探す旅人になる――)


雲の切れ間で、黎明の一条が彼の頬を照らした。

新しい章を告げる風が、まだ誰のものでもない地球を滑っていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ