騙し騙される人生だった
没落ギルドの仕事斡旋人 第一四話 レン=アウベルの罪について―――
―――――遅れて届く罪、というものがある。
「そんなに悪いことしてるわけじゃないさ。」
何度そう思ったかわからない。
そもそも、普通に働いたって何が得られる?
整えられた成功談も、着飾った未来像も。
そういうものは、賢く繋ぎ、するり抜けるものによって作られるんだよ。
俺はそんな世界を思い知り、演じることに熟れていった。
愛想よく、都合のいい言葉。
そして、相手の願望を見抜いて飾り付ける。
「それじゃ、このプランでよろしく頼むよ。」
俺はニヤニヤ笑いながら、契約書をスーツに滑らせた。
契約と言っても、所詮は偽物。
これを信じて、相手が同意すれば、その場で金を払わせる。
俺たちの仕事は、そんな「描いた夢を壊す前に、金を吸い上げる」ことだ。
しゃらくさを抜けば、バカのやることじゃないとわかっている。
しかし、それでも、実際に「使い道」を変えれば、世界は笑いかけてくるものだ。
その笑いを、俺はむしろ愉悦に変えてしまっていた。
***
「これで、二カ月分の税金もカバーできますよ。」
今回のターゲットは、すこし大きめのカバンを背負った男だった。
自由そうで、いかにも第一歩を踏み出そうとしているような顔をしている。
その顔を見て、俺はすぐに決めた。
―――こいつなら、簡単に落とせる。
そして、俺は笑顔でその男に言った。
「さあ、一緒に夢を語りましょう。」
俺は笑顔で言い、カバンを持つ男の背を揺さぶるように仕掛けた。
パンフレットの表紙を出し、成功者のストーリーを揚々と読み上げる。
「どうです?この方、日の給料が三倍になったそうです。」
一緒に見ているんだ。
”成功する俺”という未来を。
気恥ずかしそうに笑った男に、俺はゆっくり返す。
「急ぐことはありません。、このプランは”あなただけ”の特別ですから。」
すると男はゆっくりと顔を下ろし、描くように筆を付けた。
「これで、お願いします。」
俺は笑顔を残したまま、その手から金を受け取る。
「大丈夫。すぐに経験を経て、あなたも変われますよ。」
男のどことなく嬉しそうな表情を見て、わずかに胸が痛んだ。
―――俺には関係ない。
***
「こんなこと、さらっとやれば結構簡単なんだよ。」
俺はそう思ってた。
魅せる言葉、割り切った笑顔、適当な意識高い話を答える技術。
どれも簡単に、やすやすと使いこなせる。
むしろ、こんな簡単なことをやれないやつの方がばかなんじゃねえかって。
そんな自分に酔いしれていた。
しかし、その”美味しい時期”というのは、長く続きはしなかった。
事の発端は、グループの上位者に誘われたことだった。
「俺たちだけの、さらに簡単なルートがある」って。
うまい話に思えた。
「この計画に参加するだけで、お前も、もっとデカいもんを貰える」
と言われ、俺はその言葉に身をゆだねた。
上位者が持ってきた、何がどういいのかわからないスクリプト。
それにサインしろ、と言われ、俺は何も疑わずにサインした。
結果、その場で払ったその”システム利用料”とやらは、そのまま幕引きの意味を持っていたようだ。
俺は、何も手にすることなく、ただ金だけ失い、切り捨てられた。
「お前みたいなペーペー、いつまでも保護できるわけねえだろ」
最後に吐き捨てられた言葉は、俺が築いてきたプライドを一瞬で踏み潰した。
それは”自分の価値”を一言で切り捨てられた瞬間だった。
なんのことはねえ。
結局、俺も、騙された一人だったってわけだ。
それだけのことだと、その時は思ってた。
***
「やれやれ。」
辛いけど、これも世界のルールだ。”騙し”より”騙され”た側が悪い。
俺はそう思って、しらばっくれた。
歩きながら見る景色も、どこか淀んで見えた。
みすぼらしい街角。麻痺した心には、碌なものは何一つ映らなかった。
そんなときだった。
街の片隅に、見覚えのある顔があった。
ボロボロになった服。
空っぽのカバン。
ぼさついた髪を、無理やり整えたような額。
それでも、彼は、一生懸命「何か」を探していた。
俺が、一緒に夢を語った男。
俺が、金を奪い取った男。
不思議と彼は、まだ何かを信じようとしていた。
金も、期待も、絵に描いた未来も、すっからかんにされても。
一言で言い表すなら、それは「素顔」だった。
俺の歩みが止まった。
何もせずに通りすぎようと思った。
しかし、足が動かなかった。
はじめて、腐りきっていた気持ちが、堰を切ったようにあふれ出した。
俺が奴から奪ったものが、どれほど大きかったか。
笑ってやりすごす彼を見て、俺はただただ自分の今までを思い返した。
―――お前、今のままでいいんじゃねえの。
あるいは、そうやって逃げることもできただろう。
でも、俺は、
「自分だけは、自分から逃げられねえ。」
やっと、自分で作った不安定な虚像を、捨てることができた気がした。
まだ、手が振るえている。
俺は一人で歩き出した。
薄く積もった雪を踏みしめ、風を切りながら、気持ちは、何も感じられなかった。
「やり直したい」
その一言だけが胸の中で、何度も何度も繰り返された。
***
「やり直したい」
その言葉だけを、胸の中で何度も繰り返していた。
歩きながら、ずぶ濡れで街を抜け、俺はとある小さな交番の扉を叩いた。
「すみません、自首したいんです。」
笑顔にも見えるし、逆に、泣きそうにも見えた。
実際、俺自身でもわからない表情をしていたと思う。
「な、なんのこと?」
応対した警察官は戸惑った顔をしていたと思う。
当然だ。 なんの前触れもなしに、大の大人が自首にやってきたんだ。
それでも、俺は続けて口を開いた。
「俺は、偽の儲け話で人を騙し、金を奪った。」 「グループでの犯行です。」
想像していたよりも、静かな口調で、心も穏やかだった。
この先、どんなことになるかわからない。
しかし、俺はただ一歩を踏み出すことだけを決めていた。
「やり直したいんです。」
ただ、それだけを、胸の中で何度も何度も繰り返した。