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散るぞ悲しき、なれども気高く

https://nezu3344.com/blog-entry-5914.html訣別電報の翻訳文はこちらより引用いたしました。


 戦局はついに最後の瀬戸際となりました。

 敵がやってくるとわかって以来、

 指揮下にある将兵の敢闘は、

 まことに鬼神さえも哭かしむるものでした。


 想像を越えた物量的優勢で行われる陸海空の攻撃に対し、

 あたかも徒手空拳同様の装備でありながら

 よくここまで健闘を続けたことは、

 私のいささかのよろこびとするところです。


 しかし、あくなき敵の猛攻に味方は相次いで倒れ、ご期待に反してこの要地を敵手に委ねる状況になったことは慚愧に堪えません。

 いくえにもお詫びを申し上げます。


 いまや、矢弾尽き、水涸れました。

 これから残った全員で最後の反撃を行ないます。

 いま、あらためて皇恩を思い、骨を粉にし、身を砕きます。

 ここに一切の悔いはありません。 


 硫黄島は、これを奪還しない限り、皇土は永遠に危険にさらされるとこを思い、この先は、魂魄となっても誓って、

 皇軍の捲土重来の魁となります。


 ここに最後のときにあたり、重ねて真心を披歴するとともに、ひたすら皇国の必勝と安泰とを祈念いたしつつ、永久の国へのお別れを申し上げます。


 なお、父島・母島等については、同地にある麾下の将兵らはいかなる敵の攻撃であっても、これを断固粉砕することを確信しますので、なにとぞよろしくお願い申し上げます。


 最後になりますが歌を詠みました。

 ご笑覧いただき、なにとぞご添削いただければと思います。


 国のため 重きつとめを果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき

 仇討たで 野辺には朽ちじ吾はまた 七度生れて矛を執らむそ

 醜草の 島に蔓たづるその時の 皇国の行手一途に思ふ

 

 1945年3月17日、本土防衛の要である硫黄島の戦いの行く末は決した。

 2月に上陸を開始したアメリカ海兵隊は大日本帝国陸軍の将軍である栗林忠道くりばやしただみち率いる小笠原兵団による地下壕からの奇襲や地の利を生かした日本兵の奮戦によって甚大な被害を受けた。

 この損害は兵士の親からアメリカ軍部に批判の投書が来るほどであり、まさに地獄の様相を呈していた。

 更に神風特攻隊による十死零生の攻撃により布陣していた艦隊も空母を中心に損害を受け、護衛空母であるビスマーク・シーに至っては沈没。

 当初の目論見をはるかに上回る死傷者にアメリカ軍の戦意は削がれていった。

 一方で水資源の乏しい硫黄島において小笠原兵団は雨水を貯めて飲料水を確保し、それが減っていけば一日に一人当たり茶碗一杯の水を飲んで凌ぎ、それが尽きれば倒れた仲間の亡骸から水筒を探し当てようとするも既に中身のあるものはなく、将兵ともに渇きに苦しんだ。

 しかし艱難辛苦(かんなんしんく)の奮闘むなしく圧倒的物量を持つ米軍にはついに勝てず、硫黄島は北端まで米軍に占領されるに至った。

 開戦時に二万を超えていた守備隊の兵力は激戦の末に既に千名を切っており、さらに水や食料、弾薬もすでに枯渇しかけていた。


「報告、米軍が北の端に到達。島は…完全に落ちました!」

 硫黄島の地下壕。

 火山島特有の熱気とカンテラの明かりに照らされた司令室にやせこけた兵士の悲痛な報告が響き渡る。

「そうか、ご苦労だった」

 部下の報告にそう答える。

 中将でありながらも部下と同じ粗食を続けた彼の体はすっかり瘦せており、しかしながらその眼差しにはいまだ戦意が滾っていた。

「大本営より報告、此度の戦いによる戦果を認め、栗林中将を本日付で大将に任ずるとのこと」

「そうか、では大将としての命令を下すとしよう」

 そう言って姿勢を正すと各部隊へ大将として最初で最後の指令を送る。


 戦局は最後の局面となった。

 兵団は本日夜、総攻撃を決行し、敵を撃砕せんとする。

 各部隊は、本日24時をもって各方面の敵を攻撃せよ。最後の一兵となってもあくまで決死敢闘すべし。

 予は常に君たちの先頭にある。

 

 最期の時を前にしてもなお、栗林以下将兵たちは祖国を守らんと、燃え尽きる前の蠟燭の煌めきのごとく闘志に満ち溢れていた。

 しかしこの日は出撃の機会に恵まれず、栗林率いる部隊は夜に紛れて歩兵145連隊指揮所へと移動、市丸少将以下海軍残存戦力との合流を果たす。

 明くる18日、米軍はこの日以降の島への艦砲射撃や空爆を中止。

 海兵隊員を安全な後方へと下げた上で兵力を一個連隊程度に削減。

 米兵たちの間から徐々に緊張感が薄れていった。

 そして3月25日、ついに総攻撃の開始が決定される。

 栗林は残ったすべての食料と水を全員に配ると軍服の襟章や軍刀の帯、所持品などから階級がわかるものを全て外し、白襷を巻いた。

 

―――3月26日午前2時。

 

 寒風が吹きつける深夜。

 栗林を先頭に決死隊は地下壕を出る。

 空には十三夜月が優しく輝き、彼らの逝く道を慈悲深く照らしている。

「・・・・・・・・」

「どうされましたか?」

 不意に立ち止まった栗林に士官が問いかける。

「今は、3月の26日だったな」

「はい、ここまでよく持ちこたえられたと思います。これもひとえに閣下の優れた采配が故です」

「ありがとう。ところで、今年の桜は咲くだろうか?」

「そういえば、そろそろ桜の咲く時期でしたね」

 月を見上げ、故郷に思いを馳せる。

 途端、在りし日の記憶が彼らの脳裏を駆け巡る。

 決して戻ることはない、平和だった故郷の追憶。

 1944年の夏にマリアナ諸島が陥落して以降、日本本土への空襲は本格化。

 日本国民の戦意低下と軍需工場の破壊を目論んで行われたこの攻撃は既に全土で甚大な死傷者を生み出しており、直近の3月10日に至っては無数の焼夷弾によって帝都である東京が焼き払われた。

 後世において東京大空襲と呼ばれるこの攻撃はB29より投下された38万1300発の焼夷弾によって一夜にして10万人の生命が紅蓮の炎の中に消え、2万5千を超える家屋が破壊された。

 戦争の行く末がどうであれ、このまま本土決戦が始まれば年内に国土は灰燼と化すことになるだろう。

「きっと咲きますよ。今年も、そしてこれから先も、ずっと!この戦いがどのような結末になったとしても、それでも、それでも桜は咲き誇ります!」

 士官の放ったその言葉には何一つ根拠がない。

 しかし、それでも力強く発せられた言葉に栗林は満足そうに微笑む。

「・・・・行くぞ」

「はい…!」

 再び歩を進める決死隊。

 誰一人として無駄話をするものはなく、ザッザッザッという彼らの足音だけが宵闇の火山島に静かに響く。

 

―――午前5時15分。

 ついにアメリカ軍の野営地を見つけた決死隊は最後の総攻撃を開始。

 完全に油断して就寝していた米軍パイロットを中心に襲撃、視界のままならぬ未明の攻撃に両軍は暗闇の中で大混戦となる。

 三時間後、攻撃隊は撃退されるも100名を超える戦闘機パイロットが死傷するに至った。

 その後、硫黄島の戦いにおける日本軍の組織的な抵抗が終結するが、栗林忠道をはじめとする一部の将兵の亡骸が見つかることは遂に無かった…



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