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何故あなたばかり読まれるの?

作者: 生吹

 佐藤依月(いつき)は創作が趣味の平凡な大学生だ。伊月(いづき)サトというペンネームでオリジナルの小説を書き、投稿サイトで公開していた。彼女が書くジャンルは様々だ。ファンタジー、ホラー、ヒューマンドラマ、ミステリー、童話。基本的に何でも書けた。ただ問題なのは、それらがどれも需要がなく不人気で、殆ど読者が定着しないことだった。


 ――どうして? フォロワーの多いSNSで宣伝してるし、絶対うまく書けてるはずなのに。まだ足らないっていうの?


 小説を書き始めて早六年。予定ではもうとっくに人気作家になってファンからちやほやされ、書籍化の打診が来るはずだった。小学生の頃から作文や感想文をよく先生に褒められ、中学の文芸部では部長を務めた。自分なら絶対にやれると信じていた。しかし現実は厳しいもので、アクセス数は一向に増えず、コンテストに応募しても六年間でたった一度佳作を取っただけだった。


『どれも全然読まれない。ブクマも感想も片手に数えられるくらいしかない。才能ないってこと?』


 今日も依月はSNSに愚痴を書き込んでいた。やめた方が良いとはわかっていてもやめられない。読まれないストレスを吐き出さなくては頭がパンクしそうになるのだった。


『自分が書いてて楽しければいいとか、一人でも読者がいれば十分みたいな綺麗事が持ち上げられる風潮あるけどさ、絶対そんなことないでしょ? 楽しく書いてたくさんの人に読まれて書籍化して、ちゃんと売れるのがベストだよね? 皆そういうの目指さないの?』


 依月は自室のベッドに寝転がりながら、猛烈な速さで文章を打ち、勢いにまかせて投稿ボタンをタップした。数分後、少し言い過ぎただろうかと不安になり、削除ボタンを押そうとしたが、絶妙なタイミングで「いいね」が付き、その手を止めた。そのままぼんやりスマホ画面を眺めていると、いいねはニつ、三つと増えていき、削除をしようという気は段々と失せていった。


 ――やっぱり、同じこと思ってる人いるんじゃん。良かった。人気がなきゃ意味ないよね。


 ほっと一安心すると、増え続けるいいねをよそに、彼女はタイムラインをスクロールした。自作の宣伝やおすすめネット小説の紹介、今月読んだ本や映画の話、独自の解釈で展開される創作論、自信を喪失したアマチュア作家の嘆き……それらが濁流のように流れていく。とにかくフォロワーを増やさねばと、創作アカウントを片っ端からフォローした結果だった。そしてそんな「界隈の話題」の中に混ざって、思わずイラッとしてしまうような過激な投稿も混ざってくる。男女の対立を煽る投稿、ルッキズムを助長する投稿、行き過ぎた自虐、上から目線の説教、芸能人への誹謗中傷……


 ――何コイツ。こんな酷いこと言って許せない。引用で論破してやる!


 そんなことをやっている間にも時間はどんどん過ぎてゆく。依月はSNSの沼にどっぷり浸かっていた。こんなことをやっているくらいなら黙って執筆活動に専念するべきだと頭ではわかっているのだが、一度気になってしまうと無視することができない。そして自分の投稿にいいねが付くとどうにも気分が高揚してしまうのだった。


  ある時、依月は大学のゼミで仲良くなった沙耶に自身の趣味が創作であることを打ち明けた。沙耶は控えめで品のある優しい人間だった。正反対のふたりではあったが、意外にも意気投合し、気付けばほぼ毎日顔を合わせるようになっていた。


「すごいね。小説が書けるなんて憧れる! 依月ちゃん頭いいもんね」

「いやいや、全然そんなことないって。沙耶にもできるよ。っていうか書きたい気持ちがあれば誰にでもできるよ」


 カフェテリアの窓際でコーヒーを飲みながらふたりはそんなやり取りをした。これがすべての始まりだった。

 数日後、依月の小説を読んだ沙耶は目を輝かせてこう言った。


「依月ちゃんの小説読んだよ! 難しい言葉も使いこなしてて、文学〜って感じ。なんかプロみたい!」

「そんなに褒めても笑顔しか出ないよ〜」


 久々に褒められ、依月は気分が良かった。そんな彼女をよそに、沙耶は目を逸らしながら少し恥ずかしそうに言った。


「それでね……考えたんだけど、やっぱり私も小説書いてみようと思うんだ」


 依月は嬉しかった。ネット上には何人か創作仲間がいるが、リアルには一人もいなかったのだ。


「いいじゃん。応援するよ! 一緒に頑張ろう」

「ありがとう。依月ちゃんみたいなかっこいい文章が書けるように頑張るね」

「わからないことがあったら何でも聞いてね」


 こうして沙耶も創作を始めたのだが、予想以上に教えることが多かった。まず沙耶はインターネットそのものに関心が薄く、SNSのアカウントを持っていないばかりか、投稿サイトの使い方も何一つ知らなかったのだ。依月はアカウントの作り方や小説投稿の仕方、SNSの使い方などをひとつひとつ丁寧に教えていった。


「これで準備は整った。あとは何でも沙耶の好きなように書いてごらんよ。ここのサイトで人気なジャンルはファンタジーと恋愛ものだから、そのへんから始めてみると良いかも」


 依月は最後にそうアドバイスし、沙耶はひとり執筆活動を開始した。


「完結したら見せるからね! でも誰にも言わないでね。私が小説書いてるのは私と依月ちゃんだけの秘密ね」

 

 それから数週間後、沙耶はたちまち十万文字越えの長編小説を完成させた。ジャンルはファンタジーで、記憶喪失になった勇者の青年が、魔女の呪いを受けた少女を連れて治療の旅に出る物語だ。青年は旅の中で徐々に記憶を取り戻していき、最後は少女を襲った魔女と深い関わりがあることを知ることになる。


「凄いよ沙耶! こんなに早く書き上がるなんて」

「そ、そうかな。なんか恥ずかしいんだよね。こんなにいっぱい読まれるとは思わなくて……」

「どれくらい?」


 依月が尋ねると、沙耶は苦笑しながらスマホの画面を見せてきた。


「……え」


 思わず言葉を失った。沙耶の小説は総合ランキングの上位に食い込んでいたのだ。感想ページにはいくつもの感想が付き、ブックマークも軽く四千件を越えていた。


「沙耶、本当に小説を書くのはこれが初めて……?」

「初めてだよ」

「SNSでいっぱい宣伝した……?」

「あー、SNS……あれやめちゃったんだよね。なんか煩わしくて。あんまり興味も持てなかったし。あれを見てる時間があるなら執筆した方がいいかなと思って頑張ったの。もしくは本を読むとかさ」

「うっ……」


 依月は信じられなかった。SNSを一切使わずに、ここまでの知名度を得る初心者が目の前に存在することが。しかし沙耶の言っていることは最もだった。彼女は普段依月がSNSに費やしている時間をすべて自身の執筆のために使っていた。読まれないと愚痴をこぼしたりくだらない揉め事に首を突っ込んだりしている依月とは大違いだった。

 依月はしばらく言葉を失ったまま、石像のように固まっていた。


「どうしたの?」


 不安そうに沙耶が尋ねる。


「い、いや……たくさん読まれてて凄いな〜って思って。もう人気作家じゃん」


 友人の成功を素直に喜ぶべきだと依月は自分に言い聞かせた。

 

「そうなの? でも依月ちゃんの方が凄いよ」

「……なんで?」


 ――ろくに読まれもしないくせに何年も書き続けてるから? 底辺で藻掻き続けられるメンタルが?


 依月は喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。


 ――違う。沙耶はそんなこと思ってない!


「ごめん。今日ちょっと体調悪くてさ。ちょっと早退するわ……」


 依月はそう言って、沙耶の言葉から逃げるようにその場から退散した。


 ――なんで? なんで沙耶ばっかり読まれるの?


 その日の夜、依月は沙耶の小説を隅から隅まで読んだ。確かに内容は面白いと思った。王道の中にも斬新さがありキャラクターも魅力的だ。だが地の文がスカスカしていて物足りないと思った。言葉の使い方や読んだ時のリズム感が不自然な箇所も少なくない。スマホを握る手に自然と力がこもる。


「こんなのが、なんでよ……」


 そう呟くしかなかった。

 それからというもの、沙耶が書くものは次々にランキング入りし、サイト内のイベントやコンテストでも好成績を残した。一方依月はというと、相変わらず作品は不人気で読者は増えず、SNSにこぼす愚痴や自虐の数も増えていった。稀に感想を残してくれる馴染みの読者もいたのだが、彼女が愚痴や自虐ばかりこぼしたため嫌気が差したのか、次第に遠ざかっていった。


 そして時は流れ、ふたりは社会人になった。沙耶は東京の有名企業に見事就職し、いつまで経っても就職先が決まらなかった依月は地元の小さな会社でアルバイトをしていた。

 初めのうちは度々連絡を取り合い、お互いの小説を読み合ったり近状報告をしたりしていたのだが、やがて沙耶からの返信が遅くなるようになった。

 

『うち、ブラック企業かもしれない……やってもやっても全然仕事終わらないし、休みないし、上司は無茶ばかり言うし、帰ってきたらヘトヘトで全然小説が書けない。ネタ帳にネタはたくさん書いてあるんだけど、形にする気力がない。早く寝たいのに眠れない』


 彼女はそんなメッセージを残した後、音信不通になってしまった。何度メッセージを送っても電話を掛けても返事はなく、心配になった依月は片道3時間かけて沙耶の家を訪ねてみることにした。

 

 特別冷え込んだ冬のことだった。沙耶の住むアパートの前まで来ると、依月は大きく深呼吸し、チャイムを鳴らした。返事はなかった。もう一度鳴らす。やはり、静まり返ったままだ。ダメ元でドアノブを回してみると、鍵が開いていた。


「沙耶、入るからね?」


 恐る恐る中に入ると、沙耶はどこにも見当たらない。


「沙耶、いないの……?」


 依月はそう言って部屋の隅から隅まで探した。あと探していないのは浴室だけだった。直接確かめなくとも酷く嫌な予感がした。覚悟を決めて浴室の扉を開ける。


「うそ」

 

 沙耶は水の中で死んでいた。死んでから長い時間が経っているようだった。助けを呼ぼうとしたのか、浴槽の中で何か見ていたのか、スマートフォンも一緒に水の底に沈んでいた。

 依月は頭の中が真っ白になり、呆然とその場に立ち尽くした。しかしやがて我に返り、警察を呼んだ。

 待っている間、依月は真っ白になった頭を持て余したまま、部屋の中を徘徊した。すると、ふとあるものが目に止まった。


 それは机の棚に置かれた一冊のノートだった。中を見てみると、小説のネタがびっしりと書かれていた。そして最後のページには、投稿サイトのIDとパスワードが書かれていた。

 魔が差した……とでも言うのだろうか。依月はそのノートを衝動的に引っ掴むと、自分のバッグの中に入れてしまった。自分でもどうしてそんなことをしてしまったのかわからなかった。



 一年後、依月はスランプに陥っていた。素人なのにスランプという言葉を使うのはおかしなことかもしれないが、少なくとも依月はそう思っていた。物語が全く書けなくなってしまったのだ。何のアイデアも出てこず、煮詰まっていた。


 ――もう何ヶ月も何も書いてない。このままじゃ完全に忘れ去られる。相手にしてもらえない。もう無理かも。

 

 そんな時、ふと沙耶のノートの存在を思い出した。机の引き出しを開け、ノートを取り出す。中には面白そうなネタがたくさん書かれていた。投稿サイトの沙耶のアカウントにログインしてみると、たくさんの感想やダイレクトメッセージが届いていた。みんな突然活動をやめた沙耶のことを心配しており、物語の続きを読みたがっているのだ。


「沙耶、許して」


 依月は沙耶になり変わって小説を書くことにした。何食わぬ顔で沙耶を名乗り、沙耶のノートを使って物語を書いた。読者たちは嬉しそうに感想を残した。


『お久しぶりです沙耶先生!執筆の腕を磨かれましたか?地の文が濃厚というか、より文学的で読み応えあるものになりましたね♪』

『沙耶さんが戻ってきてくれて嬉しいです。続き楽しみにしています!文章うまいです!』

『書籍化はいつですか?』


 乾いた笑いが依月の口から漏れ出た。


 ――これが読まれる人間の気持ちか! これが人気者の日常か! 伊月サトとは大違いじゃん。私は私以外の人間にならないと駄目だったんだ。


 沙耶は依月がなりたい存在そのものだった。  

 それから一年近く、依月は沙耶として活動を続けた。伊月サトとしての活動はすっかりしなくなり、SNSからも遠ざかっていた。必要ないのだ。知名度のある沙耶が書く作品ともなれば、依月自身が考えたオリジナルの物語も自然と読まれ、承認欲求もある程度満たされた。

 もう孤独に藻掻き続ける「伊月サト」には戻れない。そう思っていた。いっそアカウントを削除してしまおうかと思い、依月は自身のアカウントにログインした。

 

 久しぶりにマイページを開いてみると、『感想が届きました!』という通知が表示されていた。


「うそ。こっちに感想が来てるなんて……」


 恐る恐る感想ページを開いてみると、そこにはこう書かれていた。


『伊月サト先生へ

 初めて感想を書きます。これまで伊月さんの作品はすべて読んでいましたが、私は文章もへたくそですし、失礼になってしまうのではないかと思って、恥ずかしくて、なかなか感想を書けませんでした。私は伊月さんの小説が好きです。この小説も主人公の女の子にすごく共感しました。最近全く投稿されていませんが、お元気にされているでしょうか?SNSでは自作が全く読まれないと悲観してらっしゃって、ちょっと寂しかったです。読んでいる人はここにちゃんといるのに……!って。正直心配です。もしお元気にされているのでしたら、また伊月さんの小説が読みたいです。あ、でも無理はしないでくださいね。それでは、これからも微力ながら応援しています!』


 依月はこれまでの伊月サトとしての自分を振り返ってみた。SNSでは「読まれない」「ブックマークが少ない」と嘆いてはいたが、全く読者がいないというわけではなかったのだ。SNS上でもネガティブな投稿をする依月を気にかけてくれている人もいるにはいた。しかし、依月はそれでは満足せず、たくさんの人たちに承認されなければ意味がないと思い、彼らをいないもの同然としてぞんざいに扱っていた。


 とんでもないことをしてしまった。最低なことをしてしまったのだと、ようやく気が付いた。自分は沙耶ではない。一生かかっても沙耶にはなれない。そもそもなる必要ない。彼女はもうどこにもいないのだ。


「沙耶……」


 沙耶が死んでしまった。濁流のような喪失感が、今になってようやく心の奥から押し寄せてきて、依月の目から大粒の涙がいくつも零れ落ちた。


 ――戻らなきゃ。だって私のいるべき場所は……


 滲む視界を何度も擦りながら、彼女はその感想に返信した。

 

『ご無沙汰しております。伊月です。ただいま戻りました。』

 





 

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どうして私の作品は読まれないの?って悩んでいる人って私たちが思っているよりもたくさんおられるみたいです。 私は恋愛やファンタジーの連載を書いたことがないので、ちょっと離れた位置から眺めていられる感じ…
2024/12/29 13:28 退会済み
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