#99【#電ファンde年越し2029】公式年越し番組なのにわちゃわちゃするだけでいいんですか!?【電脳ファンタジア】
〔ノンデリ上:大晦日だけどさ、集まれる人は話しながら電ファン見て年越さない?〕
〔うえすぎ:よしきた〕
〔saki:やるー!〕
そんな提案が飛んできたのは、クラスの中でもV沼が集まるLieneグループでのことだった。……美崎、それ気に入ったんだ。紛うことなき蔑称だと思うんだけど。
双葉は当然のこと、私も下手に否定して後から変なボロが出たりしないように電ファン好きは公言していたから入っていた。ただ、こうしてリアルタイムで話そうと言われたときは大変なのがデメリットだ。この間なんか、配信中の手が空いたタイミングで短く相槌だけ打ったりしたし。……そこまでやることないかな?
とはいえ、それができたのも一人の配信だったからだ。さすがに大人数のときに下手なことをして迷惑になったりするわけにはいかない。
〔りつ:ごめん、先約アリ〕
〔ノンデリ上:ありゃ、なら仕方ない〕
〔うたがわふたば:私もむりそー〕
まさか皆も、ここに二人も出演者がいるとは夢にも思うまい。それを知っている橙乃はこのグループにはいないから、この「先約」がまさに電ファンの年越し番組であることを知るのは双葉とことりだけだ。
まあ急な話だったこともあって、私たち以外全員集合、みたいなことにもなっていない。年の越し方は特に人それぞれだし、気にすることはないだろう。
「えー、ご存知の方も多いとは思いますが、今年の年越しは何をしてほしいかをアンケートで募集していました」
「なんでですか? なんで『とにかく大人数でわちゃわちゃしてほしい』が一番多いんですか? コンテンツ性とかそういうのいいんですか?」
〈いいんです!〉
〈むしろ自分たちの素のコンテンツ性を自覚して〉
〈電ファンが十人以上で騒ぐだけとか絶対面白いから〉
〈こんなの見られる機会なかなかないし〉
〈いいから仲良しオーラ出しまくって〉
……大晦日当日。私たちに待っていたのは、エンタメも何もあったものではないフリートークの向こう側だけだった。バラエティ企画の案が拮抗したから試しにアンケートに回してみたら、選択肢の一番下に悪ノリで用意された「多人数で無秩序わちゃわちゃ」がまさかのダントツだったのだ。
だんだん不安になってきた。私たち、ファンファンになんだと思われているんだろう。珍獣扱いとかされているのかな。
「とりあえず今後はリビングでただカメラとマイクをつけておくだけの配信とかしてもいいかもね」
「それはそれとして、ほんとにいいの? ただ適当に遊ぶためだけにハウスまで来たことになったライバーが何人も……」
「あはは……さすがにこっちまで来て『何もしなくても大丈夫です』は初めてだなぁ」
いやまあ、ファンファンの皆がいいならいいんだけどさ。私としては、二ヶ月前から身構えていた地獄のMCを肩透かしされた感覚だ。
まさに理想的な進展ではあるんだけど、いよいよ自分たちそのものがコンテンツ化されてきたと思うと「来るところまで来たな」という感覚になるね。推しは自然体でいてくれるだけで嬉しいし楽しい、という思いには確かに覚えがあるけど、それが自分に向けられるのはなんだか不思議な気分になる。
「というわけで、ここからは無秩序です。カメラはいくつか用意されて複数のチャンネルから配信されるので、よければ複窓でどうぞ」
「フロルちゃんは何するの?」
「決まってるのは、年越しそばかな」
「結局作るんだ」
「全区間フリータイムになったらさすがにね。ルフェ先輩が文字通り泣きついてきたし」
「先輩の威厳とか……」
「あると思う?」
ちなみにない。こんなこと言っておいてだけど、たぶん私も保てないと思う。電ファンが先輩呼びを意識されがちなの、そうでないとどっちが先輩かわからなくなるからなんだよね。
あちこちで違うことをするだろうから複窓前提にはなるだろうけど、チャンネルの運用は割と適当だ。公式チャンネルは全体をスタッフ判断で巡回して、各々は誰かしらが自分のチャンネルで流すような形になる。箱推し率が高い電ファンだからこそのやり方だ。
今日は絡みたい相手が何人かいるから、とりあえずそれを回っていこうかな。どうやら最初は公式枠は私についてくるようだ。
〈今日はママと姫はいないんですか?〉
「電ファンの番組で最初に気にするのその二人で大丈夫ですか?」
「もう実質ファミリーみたいなものじゃない?」
「人のママと私抜きでコラボした人の言うことは違うな……」
これ公式枠だよね? 実は私の個人チャンネルで流されてます、とかないよね?
ちなみにsperママ、なぜか私の知らないうちにハヤテ先輩とサシで配信していた。最近は単独配信もしていたりと絵師にありがちな個人勢への道を進みつつあるからおかしなことはないんだけど、なんだか裏切られた気分にはなる。ハヤテ先輩のオリ曲でイラストを担当した縁とはいえね。
「そんなママは今日もず先輩に連行されてイラストレーター系Vtuberの大型コラボに出てます」
「じゃあもうVtuberじゃん」
「立ち絵は動かしてないけどね。なんかみんなでゲームやるらしいんだけど……大丈夫かな」
「何が?」
「ママ、けっこう強くて。もず先輩くらいが基準だと勝ちすぎるかも」
〈絵師の趣味Vよくあるもんな〉
〈まあ立ち絵すら置いてないから……〉
〈Vtuberの中に普通の配信者混ぜただけみたいになってる〉
〈連れてったの不如帰だから平気平気〉
〈フロルがけっこう強いって言い出すのだいぶでは……?〉
〈まあフロルの相手にはなれてなかったっぽいし大丈夫だろ……大丈夫だよね?〉
コラボ相手はけっこう大物揃いだからある程度知っているけど、たぶん大丈夫じゃないと思う。
調子に乗って私がコーチングしちゃったのがいけなかったのか、テトレスやメリカの腕前は上位3%クラスだ。
「それってどのくらい?」
「ハヤテ先輩が本気出しても怒られないくらい」
「大丈夫じゃないね……」
「しかも万能型でね、どのゲームやらせてもいい感じに強いの。みゃーこには安定して勝ち越してた」
〈バケモンじゃねーか〉
〈ハヤテと勝負になるレベル……?〉
〈みゃーこより強いのをあんな面子に放り込んだら無双するだろ〉
〈それでフロルより頭いいと? 完璧超人か?〉
運動神経もいいよ。彼女の成績は体育を含めてオール5だ。やんなっちゃうよね、全く自慢の親友である。
詩はお仕事だ。『声優紅白』と俗称される番組に初お呼ばれを果たしている。本人はハウスに来たそうにしていたけど、たくさん励ましておいたから大丈夫なはずだ。詩はできる子だから。
そんな話をしながらまずやってきたのは、併設されているキッチン。なんだけど……。
「ぐるるるる……」
「開始早々なにあれ」
「ああ、ハヤテ先輩とフロルちゃん」
〈なんだあれ……〉
〈なんであんなに似合うんだよ〉
〈ハマり役すぎて草〉
〈なにしてんだあいつ……〉
〈初手からフルスロットルですね!〉
星夜先輩が夕飯を作っているところだ。人数が人数だからかなりの量があって、その分ライバーも集まってお料理コラボじみている。
まだ事前に下ごしらえを済ませた食材を切ったりしている段階だけど、こういう作業の手元も存分に見せられるようになったところに3D技術の進歩を感じるね。いよいよ明日から2030年代の幕開けというだけある。
星夜先輩のほかには、同じくキッチンが似合う系ライバーであるルフェ先輩が手伝っている。どうやらお互いを手伝う形になっているようで、冷蔵庫には寝かせてある状態の洋菓子の作りかけもあった。
さらに追加で、二人とそれぞれ同期で仲がいいパンドラ先輩とマリエル先輩が、ペアになるような形で動いていた。……ここまでなら楽しげなんだけどね。
「そこの駄獣ですか?」
「うん、そりゃ他に胡乱になるようなものはないんだけど」
「つまみ食いを企てたので捕らえて繋いであります」
「この段階で!? まだ生の食材しかないよね!?」
〈駄獣w〉
〈悪化してる〉
〈駄獣は草〉
〈まあ確かにどう見ても駄獣だけど〉
〈※先輩です〉
〈完全にキャラ定着したな〉
〈えぇ……〉
〈マジの獣じゃねーか!〉
なんかね、首輪にリードで壁に繋がれて口輪までつけられた狐がいるんだよね。この前は女狐だったのに蔑称が激化しているマリエル先輩の絶対零度の視線の先で獣そのものの唸り声を上げているそれは、どこからどう見ても一期生の豊川みくらだった。
それだけでも一発芸すぎる状況だったんだけど、つまみ食いときた。言うまでもないんだけど、調理開始直後の今このキッチンにはつまみ食いするようなものはまだない。調理場に並んでいるのは生野菜と生肉で、冷蔵庫にあるのは開始前から仕込んでいて焼く前の生地とまだ固まっていないゼリーだ。この状態でつまみ食いって、畑に降りてきた野生動物じゃないんだから。
「よかったら持っていってくれませんか?」
「ん、わかった。ほら狐ちゃん、お散歩の時間だよー」
「がるるぅっ……!」
「……あのさ、みくら先輩はそのキャラでいいの?」
流れで受け取ったハヤテ先輩がリードを外して、そのまま握った。どうやらツッコミを放棄するらしい。開始五分でたったひとりのツッコミ仲間を失った私からすればなかなかの裏切りなんだけど、ハヤテ先輩は早くも目が死んでいたから仕方ないのかもしれない。
正直私もキッチンからは早く離れたかったのだ。だって、明らかにツッコミ待ちとして積まれた紫キャベツと紫玉ねぎに触れたら負けだと思うから。




