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【切り抜き】10分でわかる月雪フロル【電脳ファンタジア】  作者: 杜若スイセン
再生リスト4:縦の絡みも増えてきて撮れ高がとどまるところを知らない

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#97 ただ甘い保護者にチケットもらって遊びに来てるだけ

 12月29日、この冬も世界一大きな同人誌即売会がやってきた。

 当然ながらママは大忙しだ。そして電ファンも企業ブースを出展するから、一部スタッフは動いている。もっとも、ここで行動しているのは広報部であってハウスに詰めている人たちではないけど。


 電ファンからは毎回三人ほど来てブースに入り、近くに来たファンにサービスがてら広告代わりに喋っている。私は初めて来たときにはもう電ファンのスタッフということになっていたけど、さながら某夢の国の亀とのお喋りのようだと感じたものだ。そっちも生では見たことないけど。

 なお、今回私はその三人のうちには入っていない。電ファンは健全な事務所だから、言ってしまえばどのライバーでも成立する業務の負担をデビュー二ヶ月半の新人にかけたりはしない。普段のスケジュールは私でないとダメなもので、かつ自発的である。


 しかし私はこの日、会場に足を運んでいた。仕事でもなければ親友のところの売り子を引き受けたわけでもなく、ましてや狙いの品があって一般参加したわけですらない。

 ではどういうことかというと、甘やかされているのだ。企業ブースのほうの入場券はいつも余らせているとかで、ふらっと遊びに来たライバーには当たり前のように渡してくれる。そしてそれを受け取ったライバーはいるときにはブースにゲリラ出現する。それでコンテンツになっているからいいらしい。


「いやフロルは休めよ」

「今日は休んでるよ。さすがに動きすぎてる自覚はちゃんとあるよ」

「まあそれならよいのじゃが……」

「心配なのは確かですからね」


 今日の参加ライバーはこの三人、星夜先輩、みくら先輩、そして初参加のマリエル先輩だ。私は開場前、一度こちらに身を寄せていた。ママは別で手伝いを用意しているから。

 ただ……結局のところ、いくら遊びに来たからと一般参加者さながらの行動はできないんだよね。事務所側も身バレに対してはシビアだけど、ライバー側の方が自発的に警戒しているものだ。結局、自分で買いに行く、ましてそれをクリスマスのエティア先輩みたいに見せるのはまずいという話。特にVtuber関連はね。彼女はきっちり全部スタッフにお使いを頼んでいる。


「別に欲しいものがあるわけでもないし、けっこうここにいるかも。目的はママのとこの様子見だし、好きに動きはするけど」

「たぶん上からは厄介に思われてるよ。休暇扱いなのにやってることは僕らと同じで、長時間いられると」

「別に縛りつけられたいわけじゃないから、ちゃんと休暇扱いにしておいてください。いたりいなかったりするから」


 だから結局、お祭り気分なんだと思う。いくら修羅場の親友は気になるといっても、仕事も本来想定されている目的もなく会場に来ているのだから。

 お気楽なものだ。私はこういう息の抜き方が合っている、というだけだけど。






 ではブース担当になったライバーが具体的に何をするのかだけど、簡易的な小部屋を作ってその中に入り、その外側でスタッフがグッズを頒布する。この頒布スペースに待機列からでも見える大きなモニターが用意されていて、それと一緒に設置されたカメラで双方向的にやりとりできるという寸法だ。

 感謝祭イベントのときにも同じようなことをするんだけど、ハヤテ先輩は握手しない握手会と言っていた。なかなか言い得て妙だと思う。


「おお、アクスタ全種ひとつずつとな。欲張りなやつじゃのう」

『箱推しですから! 限定品は逃せません!』

「嬉しいね。下手すると自分の単推しより嬉しい」

「わかります」

『一生全員のファンクラブ入ります!』


「キーホルダーは三種ごとにクリアファイルが五種類からランダムでひとつ付属します。あなたのお目当てを引き当てられますように」

「マリエル、君がそういう祈り方をしたら当たるんじゃないかい?」

『…………ヤバ、マジで推し引いた』

「平常運転じゃな」


 こんな感じだ。一応対応そのものはスタッフがやるからあちらにばかり反応する必要はないと聞いているけど、適当に雑談していろと言われてもその話題は目の前から供されるわけで。

 画角外に出たり外で休憩したりする余地はあって、一人だったり三人だったりしつつ回していく。けっこう気ままなもので、テンプレだとかはなくなんとなくで進行していた。


「……あ、四期生買い。お目が高い」

「ゲリラ一人目だ」

「フロルにしては我慢したほうじゃな」

『わっ!? あ、えっと、フーみゃ期待してます!』


 一応私はここにいる前提ではない立場だから、あんまり出てこないようには意識していた。画角の外でスペースを借りながら眺めている、くらいの感覚だ。

 とはいえゲリラゲストの仕組みそのものはとっくに定着しているから、いつ出てきても問題はない。いついなくなるかわからないし、メイン三人ほど喋らないだけで。

 せっかくの四期生推しだからね、私もちょっと嬉しくなっちゃったのだ。……ただ、これによってちょっとした誤算が発生した。


「……おや?」

「次の方、大丈夫ですかー?」

「し、死んでる……!」

「いや死んではおらんが」

『あー、すんません。こいつ重度の民草で』

「……推しを見るだけで尊死してしまうとは情けない。こういうときはたっぷり味わわないとですよ!」

「堪能される側がそこまで言うんですね……」


 すぐ後ろの人の動きが止まってしまったのだ。それはどうやら、すぐ直前で唐突に現れた推しに立ったまま昇天してしまったせいらしい。

 ちょっと照れくさいけど、なんとも嬉しい反応だ……と思ったら、なんとびっくり見知った顔。クラスメイトの西垣くんだった。横でフォローしているのは同じく同級生の上杉くん、いやちょっと待ってその後ろにもクラスのV沼組が集まっている。


 なんとか反応せずに済んだけど、これ、独特の感覚があるね。どうにも言い表しづらい、だけど悪いものではない感情を押しやるためも兼ねて、ちょっと積極的に喋ってみる。我ながら簡単なものであっさりフロルの意識に戻ると同時、西垣くんも意識を取り戻した。


『推しが生きてる……』

『支離滅裂な思考・発言』

「まあそりゃ生きてますが」

「でも、おっしゃりたいことはわかりますよ。配信をしているのと、自分の前で動いているのとでは違います。フロルちゃんにご経験は……」

「ないんだよね。先に会ってるから。……でも、ライブ感は言われてみれば確かに」


 なかなかな会話を繰り広げながら限界寸前の様子で私とイミアリのグッズを受け取った西垣くんが横に避ける。……えっと、クラスメイトとの会話、あと何人分ある?


「フロルちゃん、大人気ですね」

「三人連続は私のほうがキャパオーバーかも……?」

『そのつもりで固めました!』

「手強いね彼ら」

「眩しい……光合成がはかどる……」

「元気になっておるではないか」

『推しの栄養分になれる!?』


 とりあえずそこの三人目、後でブース内に来なさい。双葉がここに混ざっていること自体は自然……どころか断った方が変に思われるから仕方ないけど、どんな気持ちでにこやかに自分が含まれるイミアリグッズ買ってるのあなたは。三人も突然の同僚によく耐えたよ、特にマリエル先輩。

 本当は妙な悪戯心を発揮した美崎も問い詰めたいけど、それはできないのが歯痒い。エティア先輩は今日ここに来る予定はないし。






 少しして画角の外に出て、あの面々のLieneグループを覗いてみると……私の分(カモフラージュも兼ねてハルカ姉さんのものを頼んでおいた。だから来ること自体は知っていたけど、ぴったりタイミングが被るとは)をきっちり報告してくれていた。うん、知ってる。ブース内から見てた。

 それからしばらくして、持ち込んだ軽食を摂ってから昼にはいささか早いくらいの時間帯に出た。自由行動になって少しぶらついてから次のゲストとして来たみゃーこ(双葉)はほぼ入れ替わりだ。

 あんまり長居するのも、というのと……ことりから連絡が届いたのだ。曰く、「ごめん、余裕あったらヘルプ」。


 Vtuberの身バレリスクといえば、やはり第一に声だろう。だけどこれは私は変えられるほうだから学校の声に合わせれば問題ない。ただ、代わりに低めの身長が少し危うい。

 ということで、今日はシークレットブーツを用意していた。ブース内では脱いでスリッパにしていたけど、外に出る際にはこのほうがいい。

 高さは10cm。本来の用途ならバレる高さだけど、むしろ知らない人に対して背だけを誤魔化したいのだから問題なかった。


「sperさん」

「あ、ハクさん。来てくれたんだ。ありがとう、ごめんね」

「まあ、呼んでくれたら来るよ。……にしても、凄いね今回」

「数は思いっきり用意してきたんだけど、不慣れもあって負担が想像以上でね。一人ずつ休憩するから、代わってくれると嬉しい」


 タイミングの切れ目を狙ってスペース内へ。sperのサークルは元々けっこうな人気どころではあったから壁サークルに配置されているんだけど……たぶん私の影響が大きくて、明らかに前回までとは比較にならない状態だ。次回からはシャッター前になるかもしれない。

 さすがにそれを予測して部数は相当増やしていると聞いていたけど、問題は売り子の人数のほうだったようで。全く休む暇がないせいで疲弊しているところに、代わって入ればいいらしい。幸い私はさっきまでほとんど休んでいたようなものだから、体力は有り余っている。

 ちなみに、「ハク」というのは私の電ファンと無関係なとき用のハンドルネームだ。律、律動、リズム、拍……とまあ、安直なものだけど。


「はい、新刊セットですね。袋は」

「フロルちゃんの方で」

「では、こちらです」


 頒布物のメインはイラスト集だ。恐ろしいことに二冊あって、片方が私の恥ついでにポージングも詰まったフロルオンリー。もう片方はオリキャラまとめ本で、これにこないだのメイド服のペーパーを加えた新刊セットを多数用意してある。これらをセット頒布時限定の紙袋、それぞれの本ベースの二種のどちらかに入れて渡す形式だった。

 大半は袋にまとめてある状態で積まれているから、それを手渡すだけなんだけど……そう、またしても私は自分のグッズのやりとりを見届けることとなった。しかも今度は自分が応対する形で。


 これまでどこか他人事だった、大手事務所ライバーという存在の意味を突きつけられるようだ。そしてまた、これが飛ぶように捌ける。電ファンブースよりもさらに明確に、月雪フロルというコンテンツの力を見せつけられていた。


「新刊セット四つ……えっ」

「あ」


 そして、目の前には再び西垣くん。それぞれで欲しいものが分かれたのか分担したのかさっきと違ってフロル推しの二人だけだけど、見事に鉢合わせた。……そりゃそうだ、ここに来た民草は十中八九sperのフロル本を欲しがる。

 というか、ことりはわかっていたことだろう。私も可能性としては理解していたし。だから目配せするまでもなく、隣から援護射撃。


「ハクさん、何か……ああ。どうも」

「え……? そんなことある……?」

「まあ驚くよね。もう有名人だし、外でもあんな子と仲良くしてるし」

「り……ハクさん、知ってたんだ」

「一応ね。ま、このことは必要以上に言いふらさないでもらえたら」

「うん、グループ内秘くらいで」

「あ、ああ。わかった」

「で、セット四つですね。袋はどうしますか?」

「ふ、二つずつで」


 私のことをHNで呼んでもらって立場を明確にしつつ、騒ぎ立てたりはしないよう小声で頼む。生身でこういうイベントに来ている時点でsperの顔が割れることは前提だから、それは承知の上でむやみにことが大きくはならないようにだけ釘を刺した。ついでに()は間接的にフロルを知っているような素振りまでは見せて、(ハク)とフロルを自然に別人として分けておく。

 まあ後でLieneグループには私のほうから言って、そのグループ内で留めてもらう。あとは「ハク=フロル」にさえならなければOKだ。使っている声は全くの別物……というか、ハクと律(学校のすがた)はわざと同じにしているから問題はないだろう。




 対応の結果は完璧で、根回し済の双葉が肯定したことにも助けられてあっさりグループ内で留まることとなった。それを勝手に漏らすようなリテラシーのない人とは最初から絡まないし、そもそも上澄みそのものであるうちの学校にはそういない。

 影響があったとすれば、当初スルー予定だった様子の残りの子達も買いに来たことくらいか。それも経てさらにしばらくして、昼過ぎと言うにも早い段階で完売となった。どうやらまだ部数が足りなかったらしい。

 次回までに大量に増刷して委託も出して、ダウンロード版も用意するとのことだった。やらないと転売が怖いのだ。

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― 新着の感想 ―
フロル関係者のハクでーすって顔をしていくスタイル。この防御はつよい
魔物娘は意外と近くに潜んでいるかも。→いる。しかも自分を売ってる。 後々のバレ具合を考えると近しい人にしっかり≠フロルの意識を植え付けておいたのは正解でしたね。かしこい。
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