#96【ドッキリ】油断させて一刺し、それが流儀
その日のある撮影。
「ロシアン人狼ー!!」
「こんなんばっかだねこの事務所!」
すごい身も蓋もない企画が始まった。……いやまあ、もちろんひと月前から台本を知ってはいたんだけど。
本当にこんなのばっかりだ、電ファンは。芸人芸人というけど、だからといってやること自体までここまで芸人に寄せなくても。
「ルールは簡単! ここに四つのたこ焼きがあります」
「すごい見たことあるやつ出てきた……」
「ファンボードパーティから借りてきたよ。……で、この中のひとつだけが激辛です」
「ほんとにひとつだけなのかなぁ」
「体験してないみゃーこに疑われたら終わりだよこれ」
「ほんとねぇ」
「フロルちゃんが言わないでね。これを今からみんなで食べて、その反応を見てから話し合って誰が激辛を食べたか当てます」
「で、当たったら食べた人の、外れたら他の三人の負けだね」
ルールそのものはとてもシンプルな人狼ゲームだ。だからこそ誤魔化しがきかなくて、演者的には少し不安。
何より難しいのは、リアクションさせるための激辛というアイテムを、リアクションさせない企画で使っているところ。こうなるとね、リアクションすべきなのかそうでないのかわからなくなるんだ。
たぶんその困惑をこそ見たいんだと思う。困る。
「すっごいシンプル。だから前置きの茶番パート長かったんだ」
「あんまりそういうこと言わないでね都ちゃん」
「だけどこれ、たぶんゲームとして成立しな」
「じゃあ早速やってこっか」
まあ何はともあれ、まずは普通に食べてみる。
「……」
「……」
「……」
「……」
…………。
「えっ誰!?」
おかしいな。全員平然としている。これでは誰もが予想していたオチが来ない。
「これ、ぜったい誰かが開幕でぜったい誤魔化せないリアクションすると思ってたんだけど……」
「ゲームとして成立してないじゃん! なんか追加ルールあるでしょ! って言う準備してたのに」
「当てられた人狼が何食べさせられたか当てたら勝ちってやつじゃないのこれ? って……」
「まさか単純にノーリアクションでわかんないとは思わないじゃん!」
四人で言いたいことは全部言った。まともな人狼ゲームになるとは誰も思っていなかったのだ。
だけど普通にわからなかった。こうなると別の問題が発生する。
「じゃあ普通にわかんないんだけどぉ……」
「そうなんだよねぇ」
「……もしかして全員市民ドッキリ?」
これ、開幕の反応で判別つかなかったらもうそれ以上情報が増えないんだよ。ここまで隠しきった人が、今ちょっと舌がヒリヒリするからってそれを表に出すわけがないし。
平和村ドッキリも疑ってしまう。正直、番組として成立させるには足りていないというか……。
「一応、投票しよっか。該当者なしだと思ったら上を指して。……せーのっ」
とりあえず進めることに。結果は……私は真上、みゃーこも、エティア先輩も。
「えっルフェ先輩!?」
「なんかね……あっ辛いな、とはおもったんだけど……」
「……辛味が足りなかったと」
そんなシンプルな。え、これこのままだとボツになりかねないよ?
ともかく、もっと辛さを増してもらって二回戦。こういうのの刺激を私たちのほうから増やしてもらうことあんまりないからね。
「……」
「……」
「……」
「……」
…………あ、ちょっと辛いかも。
「放送事故……?」
わざわざ増してもらってまだ足りないことある?
とりあえずカメラが止まって、楽屋に戻ることになった。撮影の見直しが行われるようだけど、私たちには想定外だったのが辛さなのか企画そのものだったのかわからない。
「……食べ物系の企画のタイミングでケータリングがある」
「まあ食べ物っていっても、予定の時点でたこ焼き数個だからね。お昼これだろうし、ちょっと食べておく?」
で、楽屋にサンドイッチがある。タイミングが悪い気はするけど、時間帯はちょうどお昼前だ。今の動画でたこ焼きを数個食べて、それとこれを合わせて今日の昼食、ということならおかしくない。予定通りならこれを用意しておくタイミングも合っている。
そして人の体というのは、空きっ腹に少しだけものを入れたりしたら胃腸が動き出して、むしろお腹が空いたりするものだ。場合によってはスタジオに戻ってからまる一本撮る時間がかかるかもしれないし、せっかくつまめるものになっているのだから食べておいてもいいか。
私たちは一番手前の列に並んでいた四つのサンドイッチを、それぞれひとつずつ手に取った。
「いただきまーす」
「…………ゔっ」
「ごふっ!?」
「ぅああああっ」
「やられた……」
私たちは間違いを犯した。ついさっきまでやっていた動画企画の感覚で、示し合わせずとも全員同時に口をつけたことだ。
おかしいと思っていたのに。こんな稚拙な撮影ミス、電ファンはこれまで一度もやっていないと知っていたのに。というか、ロシアンルーレットでワサビじゃなくてちょっと唐辛子を入れただけなんてどう考えてもおかしいと、幾度となくシュー生地にワサビを入れてきた私はわかっていたはずなのに。
ハムサンドにたっぷり塗られた辛子マヨネーズは、絶対に罰ゲームでしかやらないようなわかりやすい辛さにしてあった。四人揃って突っ伏してしまうほどつんとする。
本命、こっちだ。さっきまでの企画はダミーで、あれで予定通りだったのだ。ドッキリというところまでは当てたのに……。
「これだよ! この楽屋カメラ、絶対いつか使うって思ってたんだよ!!」
「ああ……もう誰も信じられない……」
「そっか、都ちゃん初ドッキリだ」
「初めてがこれなのかわいそ……」
みゃーこは初登場がドッキリの仕掛け人だったけど、まだ自分がターゲットにはなっていなかった。こんな地味にじわじわ来るような、タイミングをずらしたドッキリが最初だなんて、かわいそうに。
だけどまあ、リリりってそういう番組だとは思っていたよ。イミアリは電ファンにしてはまっとうにアーティストやらせてもらえているけど、とはいえここは電ファンなのだ。私たちは自分たちが芸人を求められなくなったなどとは欠片も思っていない。
「テッテレーじゃないんだよ!!」
「うら若き乙女四人にこんなの食べさせて、悪いとか思わないの!?」
「思ってるわけないでしょ、電ファンだよ?」
「したり顔むかつくぅ……!」
すぐにスタッフさんが楽屋に入ってきて、このハウスでは五ヶ月連続で使われている「ドッキリ大成功!」の看板が出てきた。私のことは特にいいおもちゃだと思っているのか、看板はなかった夢エティア事件のときを含めると既に四回目のドッキリだ。私まだデビュー三ヶ月ちょっとだよ?
ほんと、イタズラっ子キャラどこ行ったんだろ。ツッコミキャラで定着させたくはないのに、すっかり遊ばれてばかりだ。
ともかく、スタジオに戻ってきた。
「……え、まだこれやるの?」
「ダミー企画じゃなかったんだ……」
「辛さ不足ついでにゲーム性の欠陥も判明してたよね?」
おかしいな、またたこ焼きがセッティングしてある。てっきりこれはダミー企画で、もう締めのパートを撮ると思っていたんだけど。
初手でリアクションするかどうかが全て、市民ができることはほぼ何もない不成立のゲーム性だということは、そもそも辛味が弱すぎた点はあったとしても透けていたと思うんだけど。我慢できてしまえばさっきのような無理ゲー、できなければ一目瞭然の出オチなんだから。
すごく、ものすごく嫌な予感がするんだけど……だめだ、これやらなきゃいけない感じだ。
全員が諦めるのに三十秒とかからなかった。デビュー二週間弱が混ざっているのにこの速度感、これぞ電ファンというものだ。
覚悟を決めて、せーので一口。
「〜〜〜〜っ!?」
「っ、あ、っ」
「え、なに、なにこれっ」
「けほっ、けほっ」
───甘い。異常なほど甘い。見た目はどう見てもたこ焼きなのに、中から強烈な甘みが溢れてくる。たぶん砂糖から作った濃縮シロップを惜しげもなく注入してある。
当たっても辛いだけだと思っていたから、予想と真反対の味に頭が混乱して声を出してしまった。それで何事かとも思ったんだけど……すぐにおかしいことに気付いた。四人全員が声を出して反応しているのだ。しかも、明らかに違う種類の反応で。
「こっちが本命だったか……」
「許せない……ぜったい味見してない…」
「というか、たぶんそれぞれ違う味だよね?」
「(かひゅー、かひゅー)」
たぶん、ルフェ先輩は苦味だと思う。比較的大人しめな、拒否反応は薄めの様子だったけど、かなり顔をしかめたようになっていた。
エティア先輩は酸味かな。わかりやすく口がすぼまっていた。そう考えると、外から見て一番わかりにくいのはたぶん私だろう。凄い味なだけで刺激ではなく、わかった上で一個くらいならまあ食べられそうだから。
「なんで、私だけ、また辛いのっ……!」
「かわいそ……」
「ド新人にこんなことさせて後ろめたくないのかーっ!!」
「ひどいぞスタッフーっ!」
そしてみゃーこは、一人だけ連続激辛だった。泣きそうになってぷるぷるしている。この様子だとよっぽど辛かったのだろう、リアクションは免れないだけでギリギリ食べられるサンドイッチとはわけが違いそうだ。
これが初ドッキリなのだから、あまりにも不憫だった。だけどただ悔しそうなばかりで嫌そうではないのだから、やはり素質があった。この子こんな子だったんだね、私も知らなかったよ。




