#94【雑談】年末年始って食欲の秋顔負けだよね【月雪フロル / 電脳ファンタジア】
『そういえば、ハウスでは大晦日に年越しそばもらえるって聞いてるんだけど』
『ああ、去年エティアが言ってたやつな。アレはマジだぞ』
「今年はだいぶ増えたから、去年より多めに作らないとねー」
『えっフーちゃんも作るの?』
『えっフロルちゃんも作るの!?』
『食いつきいいなルフェ』
もう年越しはすぐそこまで迫ってきたけど、最近の電ファンの流行りは何かというと、これ。人の配信に来て作業のお供にする行為だ。この人たち、ついに雑談配信にまで飛んでくるようになった。それだけ作業が多いということでもあるんだけど。
オープニングトークすら終わらないうちから複数人来たものだから、もう諦めて雑談コラボみたいにした。だってさ、仕方ないじゃん。私しか配信していない午後三時にボイチャルームに三人集まって、テキストチャンネルにメンション飛ばされたら行くじゃん。私たちは電ファンなんだから。
で、年越しそばの話になったところだ。一年前にエティア先輩がハウスで食べた年越しそばの話をしていたのを、重度ファンファンだったみゃーこはきっちり覚えていた。
電ファンは今年に入ってから大幅に規模を増している。一期生から二期生、二期生から三期生はそれぞれ一年空いていたけど、四期生は半年スパンで出てきたから。全体のライバー人数はここ一年で倍増していることになる。
一年前のハウス在住ライバーは五人で、今は十三人。近々マギにゃも来るから、ハウスはそれ以上のペースで賑わっている。こうなれば去年もみんなで食べた年越しそばは、今年はさらに規模を増すことになる。
「星夜先輩がやりたがって始めたことだけど、去年時点では私サブマネだからね。普通にスタッフとして手伝ってたよ」
『あー、そういえば』
「今年はたぶん年越し番組で、やってる場合じゃなくなるけどね」
『フロルちゃんの手作りそば……』
「なんでそこそんなに欲しがるの。あと別に手作りってほど手作りじゃないよ」
〈御門って普通の料理も作るんだ〉
〈エティが普通に美味しいって言ってたあたり変な色とかもしてなかったんすね〉
〈フロルの手作りそば!?〉
〈アルラウネの力でそばの実栽培から……〉
〈そらルフェは欲しがるでしょ〉
〈エティアが食って自分が食ってないし〉
星夜先輩は料理人なんだけど、こういうコメントが平然とつけられるくらいにはまともなもの……というか、まともに見えるものを作らない。アニメでメシマズ系ヒロインが作るような色を錬成して、それがちゃんと美味しいという特殊能力を持っているから。
ただ、年越し番組は今年は去年より時間も規模も伸びるし、そもそも演者として出る以上は準備やスケジュールの余裕というものもある。いちスタッフだった去年できていたことができなくなるのは当たり前のことだろう。……ルフェ先輩は本気で悔しがっているけど。
『それなら仕方ない、年が明けて配信終わってからでいいから……』
『長丁場やって疲れたフロルにオーバーキルする気か?』
『気持ちはわかりますけどね……』
「悪いけどやめとこ。年越しそばは年明けには食べない方がいいし」
まあ私はそこまで欲しがられるならそばを茹でるくらいなんでもないんだけど、とはいえ縁起というものがあるからね。年明けはやめておいて、特別な意味がなくなった時期にでも。
この話に差し込んできたのはデュエ兄だった。ガチャデッキ大好きだもんね、縁起とか風水とかちょっと気になるって前に言っていたし。
『そうなのか? 長生きがどうのとかの話なら、明けようが関係なさそうだけどな』
「たぶんそれ何かと混ざってるね。年越しそばってむしろ切れやすいそばだから、悪いものを持ち越さないって意味だから」
『そうだったのか!?』
『そうだったのです。……まあ、年越しうどんはほぼ意味逆なんだけど』
「それね。地域が違うって言っちゃえばおしまいだけど、縁起って言いようだなって思っちゃうよね」
細長くて切れやすいことを理由に大晦日にそばを食べるかと思えば、ちょっと地域を変えると太く長いから長寿を願って切れないうどんを食べたりする。
これをごっちゃにしてしまうと、そばは短命でうどんは悪縁持ち越しなんだけど……まあ結局、都合のいいように解釈するのが験担ぎというものだから。
「結局、いいと思えればそれでいいみたいなところはあるよね。プラシーボ効果というか」
『テキトーだなぁ』
『いい加減に生きてるくらいのほうが人生楽しいもんね』
「ルフェ先輩が言うと洒落に聞こえないよそれ……」
〈人の心って都合いいんだなぁ〉
〈風習とか伝承ってそういうとこある〉
〈ルフェ……〉
〈含蓄のあるお言葉だ〉
〈つまり今楽しいってことか〉
スカウト前までとそれ以降で両方を経験してきたであろうルフェ先輩がこう言うのだから、間違いないんだと思う。私も彼女ほどではないにせよ、あれこれ必要以上に考えすぎていたデビュー前より今のほうが楽しいし。
悪縁を切るというか、全消しするというか。今が楽しいなら何よりだよ、スカウトして……というかきっかけを作ってよかった。
ハウスの食事事情にも絡んだ話をしていたからか、そちら方面が気になる様子のコメントが増えてきた。……ごめんね、おやつ時にこんな話して小腹空かせちゃって。
〈ハウスっておせちも作るの?〉
「さすがにおせちはやらないです。そばはやるのも結局、大人数まとめて作れるからですし」
『配信にもしないしな。電ファンは手の込んだことをやったらだいたいコンテンツにする』
『入ってみて余計に思うけど、この箱たくましいよねほんと』
事務所単位でハルカ姉さんのマインドが染み付いているからね。「これ面白くね?」と少しでも思ったら、割と表に出てくる。そういうところにあまりロックがかかっていないのだ。一応ある鍵穴は躊躇なく回る。不思議なもので、それで隙間にかちっとハマるんだよね。
そもそもコンビニやら冷凍やらと既成食品のクオリティと保存性が際限なく上がる現代、縁起はオマケで保存性が主題であるおせちは実態からして形骸化しつつあるという話は置いといて……。
『この子ほんとに即興でこんな感じの複雑怪奇な雑談やるんだね』
『やっぱ引き出しの量と深さがおかしいんだよな』
「しないで流したから今は。……元旦のハウスで毎年恒例なのは、何の変哲もないすき焼き祭りだったり。前から見てくれている方はご存知ですね」
『つっても人数が大会並みだから、けっこう壮観だけどな』
「今度はアレも一年前の倍だからね。まあスタッフのほうがやりたがってやってることだから、ライバーはおこぼれにあずかるだけなんだけど」
〈会話中にこうなるってことはガチなんだな〉
〈てっきり台本でやってるものと〉
〈すき焼きいいなー〉
〈住み込みが多い良さ出てる〉
〈もしかしてそれっぽい動画出てたのって経費で落とすため……〉
〈星夜のアレな〉
普段は台本も用意してるよ。コメントを見てアドリブは当然やるけど。……ちなみにここで黙ったみゃーこは賢い、あの子は私のこと言えないからね。
やたら大きな建物を与えられていることもあって、有効活用のためにも希望するスタッフはみんな住み込んでいる。それでもとんでもなく空いているけど……そうして人が集まるほど、自然と何かやるようになる。そういうお祭りマインドはVtuber的にも都合がいいから、むしろ推奨されてエスカレートしているのだ。
星夜先輩が今年の一月に出した『【大事故】ミラクルフルーツの後にすき焼きを食べたらどうなるのか?』という動画はそのおかげで生まれた神回だった。あれだけバズれば胸を張って経費で落とせるよね。
『アレは思い出したくもないな……』
「ヤバかったよね」
『あ、フーちゃんもやったの?』
「うん。実は」
『動画後半で食べさせられていた小さめの黒子がフロルくんだろう?』
「突然現れて挨拶より先に推理を披露してくる同期の言う通りで」
『あ、あのすっごくバタバタしてた子?』
〈デュエ兄だいぶアレな反応してたしな〉
〈張本人が楽しそうだったのがまた悪辣というか〉
〈アンリ!?〉
〈なんか来た〉
〈さては配信見てたな〉
〈えっマジ?〉
〈あのかわいいのが!?〉
〈やっぱフロルってかわいいんだな〉
こう、ね。純粋な味をした単一食材ならともかく、すき焼きほど複雑に組み合わせて味付けしたものでやるのはよくないよ。言葉にできない味になるせいでみんな食レポにすら困っていたし。
アンリさん、最近ようやく自分が探偵らしいことをあまりしていなかったことに気付いたのか、急にそれらしく振る舞い始めている。そんな急造キャラなのにちゃんと推理力は高いのがまた厄介なんだけど、そんなアンリさんの言う通り。私はあの動画に出ていた。
今思えばあれも私に配信者適性を自覚させる策のひとつだったんだろうな。みんな私のこと好きすぎだってば、なんて。……これやめよっか、ネタで済まない可能性がある。
『ところでフロルくん』
「なに?」
『さっきからずっとテトレスをやっているのは』
「あ、バレた」
『え?』
〈は?〉
〈テトレス?〉
〈バレた??〉
〈え、マジで?〉
〈やってたのかよ〉
〈なんか聞いたことある話が〉
まあミラクルフルーツの件については、気づいている人もいると思っていた。ただ、アンリ・ブラウンはそれだけの探偵ではなかったようだ。
「配信開始からずっとレート戦やってました」
『いやわかんないよ!』
『逆になんでアンリさんわかったの!?』
『間と配信画面での動きがね』
『フロルお前、アニ村のときに懲りなかったのか……?』
「このくらい操作密度のある対戦ゲーなら誰か気付くかなって」
『あ、画面共有きた。マネさんありがとー』
『うん、上手いのはわかってるんだけど……』
「こないだメリカでもバレなかったから、さらに隠れてやる難易度を上げてみたんだけど……」
『私が言うのもなんだが、普通は気付かないよ』
『メリカもやったんだ』
『三回目なのかよ!』
『なんでバレなかったあとに言わないの?』
『もうFPSやられてもわかる気しない……』
『ちなみに戦績はどうなんだ?』
「15連勝」
〈うわうま〉
〈速くね?〉
〈プロの方ですか?〉
〈ガチすぎるだろ〉
〈ちゃんと強い方の低地形テンプレだ〉
〈いや対応力高いって〉
〈当たり前のように堀り連決めてる……〉
〈これを喋り続けながら!?〉
〈めちゃくちゃ勝ってる〉
〈プロ連れてこないと〉
実のところ、初めてアンリさんのことが名探偵に見えた。私からやっておいてだけど、いけるんだこれ。
とはいえアンリさんしかわかっていなかったようだから、次はいよいよ本当にFPSが要るかもしれない。……いや、さすがにもう天丼かな?




