#91【ImitateAlice】収録中にツッコミ乱取り稽古【#電ファンスナップショット】
うん、わかってはいたけど。
「みゃーこ、なんでそんなに上手いの?」
「フーちゃんが言う!?」
ついにImitateAliceのオリジナル曲を収録する日になったんだけど、せっかくだからと個人の歌ってみたもついでに録った。四人でのカバーもやる予定だから、合わせて三曲分のレコーディングだ。……一曲あたりにかけるリソースは本職とは比べるのもおこがましいくらいのものだとは思うけど、気持ちだけでも負けないつもりで。
朝にあまり強くはないルフェ先輩と昨日の配信が遅かったエティア先輩を置いて二人で早めに来て、先に私が、次にみゃーこが。みゃーこは初配信より前に一度やっていたから二度目で、私はそれに所用で居合わせなかったんだけど……まあやたらと上手い。クラスカラオケのときは本気の半分も出していなかったと思えるほどだ。
「だって私は、三年間も水波ちゃんに見てもらってるんだから。最初のうちは」
「上手かったですよ?」
「……フーちゃん」
「い、いや、入ってきたとき同士で比べたら、みゃーこや陽くんにはとても及ばないし」
「それはその二人が凄いだけで、フロルさんが上手くなかった理由にはならないですって。初対面の時点で、さすが元声優志望だと思いましたよ」
「ほらまた自己評価が……うん??」
「綺麗な流れ弾が飛んだねえ」
「水波ちゃんもけっこー配信適性ばっちりありそうだよね。いまのカンペキだったよ」
水波ちゃんに背後から刺されたけど、みゃーこも正面から切り伏せられたから引き分け。途中から来ていた先輩二人の茶化しも含めて、この会話は後でクラ限に出すことになるかな。それかスナップショットで上がるか。
よく勘違いされるんだけど、私は別に自分が本来何もできないやつだと思っているわけではない。ただ周りがとにかく凄くて恵まれた環境にいて、私はそれに引き上げてもらっていると思っているだけだ。だから比較対象がおかしいと言われれば単純にぐうの音も出ない。
「陽くんは前からバンドとか組んでたって言ってたけど……」
「まあ……私も、Vtuberにはなりたいってずっと前から準備はしてたし。あの水波ちゃんにここまで褒められるとは思ってなかったけど」
「よく引き込みましたよねフロルさん。たぶん個人で始めてたらどこかで歌姫系でバズってましたよ」
「で、自分と似たタイプの個人勢をリサーチしまくってるセレーネが見つけて、最終的にフロルちゃんがなんで逃したんだって詰められる」
「ありそうすぎること言わないでよ。ほんと私にも相談向けてくれてよかった……」
PROGRESSはある程度青田買いを見越したシステムだけど、それは既に軌道に乗っているライバーに手を出さないという意味ではない。その時点での規模に関係なく電ファン独自の評価基準で見るだけだから、時にはかなりのファンを持っているライバーを連れてくることもあって……その場合、割と好き勝手言われる。大型新人だとか、FA補強だとか、俺でもできるリサーチだとか。
PROGRESS二期生のセレーネ・バルミューダ先輩はそれに該当するんだけど、自分の加入で電ファン運営があれこれ揶揄されたのが相当腹に据えかねたようで。彼女はよく未発見の歌姫Vtuberを探してYeahTubeをサーフィンして、あわよくば自分の分まで発掘の名誉回復を図ろうとしている。それを運営じゃなくてセレーネ先輩がやったら本末転倒だと思うけど、本人が配信で言わない(本決まり前のPROGRESS情報を表に出すのはご法度だ)くらい本気だから誰も指摘していない。
最近になってようやく候補が見つかったらしいんだけど、目をつけた直後にその子の活動が途絶えてしまっているようで凍結状態。現在はそちらを注視しつつ他も探しているらしいから、確かに双葉が個人で始めていたら彼女の手で見つかっていたかもしれない。……そうなったら確実に、私はハルカ姉さんに詰められていた。というか、私から懺悔しに行っていたと思う。
「ともかく。今同じくらいなんだとしたら、水波ちゃんの指導歴が浅い方が将来性はあるでしょ」
「そこはどうなんでしょうね……最近のフロルさん、気が楽になって肩の力が抜けたのか、前より上手くなってますから」
「よかったねフーちゃん」
「そのセリフにあるまじきくらいねっとりしてるんだけど? というか、成長の余白の話ならあっちにもバグが二人」
「あの二人は……なんなんでしょうね。フロルさんが合流してモチベーション上がったのかな」
「そんなところまで私に依存しないでよ。私が先に引退したらどうするの」
「「しないでしょ?」」
「しないけど!」
ツッコミが追いつかない。みゃーこはここぞとばかりに月雪フロル限界オタクの残滓を発現させているし、他人事面の先輩二人は呼吸するかのように自然に私に寄りかかってくる。どうせ私がそれに悪い気がしていないのも見透かされている。
突っ込んだら突っ込んだで柳に風、というか痛いところを突いてくる。確かに引退なんてする気は本当にさらさらない、肩を叩かれるか本当に限界になるまではやり抜くつもりだから。
「別にそれまで手を抜いてたとかじゃないよ。ただ気合いが入ったというか、ギアが上がっただけ」
「イミアリっていう拠り所というか、軸ができてやりやすくなったの。フロルちゃん、ありがとうね。イミアリをつくってくれて」
「煽りか???」
ルフェ先輩、最近煽りのキレがよくなってきている気がする。確かにイミアリの構想を提出した挙句、それからすぐにデビューが決まって自分が取り込まれることになったのは滑稽な話だったけど。
これ以外にも仲良し会話をいくつも挟みつつ、この日予定していたレコーディングが終わってから。
「フーちゃんの『どんな夢も壊れて』、含蓄がありすぎる……」
「なんでフロルちゃんってそんなに喉もつの?」
「若いっていいねぇ」
「イミアリ最年少がなんか言ってるけど」
「フーちゃんけっこーしっかり長命種だよ?」
危ないこと言わないでよルフェ先輩、月雪フロルは100歳を軽く超えていることにしたのあなたたちの悪ノリでしょ。私も乗ったけど。
あとメタの壁のこっち側の話をするにしても、あなた私にそんなこと言えるほど歳離れてないでしょ。エティア先輩もだけど。
「やっぱり植物は体の持ちがいいのかな?」
「こっそりこうごうせい使ってるのかも」
「歌ってると見せかけて実は全部草笛とか」
「好き勝手言う……」
某RPGの文脈で光合成って言い出したルフェ先輩、ここLEDの下だよ。あとみゃーこ、あなた今日の歌唱曲数は私と変わらないでしょ。
そもそも先輩たちは経験している夏の電ファンフェスライブでの平均曲数にはまだ届いていない。だからこれは三人揃って棚上げだ。
「私の自己評価を無理やり上げようとして雑な持ち上げ方してない?」
「そんなつもりはないけどフロルちゃんは担げば担ぐほど面白いとは思ってる(きりっ)」
「それ素直に言って私にどう反応して欲しいの? というか(きりっ)てなに(きりっ)て」
「私たちはただフーちゃんの信者なだけだよ」
「だからそれを私に言ってどう応えてほしいのって」
なんだか最近、みゃーこも天丼が上手くなってきた気がする。ただたぶんこの子、持っていたトークスキルすらクラスでは秘匿していたよね。素だったのは私とことりの前だけだったんじゃないかな。……指摘はできない、私も意識していないとはいえ結果そうなってはいたから。
しかし、どうしてこうなったんだろう。イミアリに入ったときはまだ、「元担当で気心の知れた、しかもまだ扱いやすい良心ふたりだから気は楽」という感覚だったのに。気付けばツッコミ乱取り稽古になっている。
「……フロルさん、突っ込むからだと思いますよ」
「え、でもスルー目的じゃないボケを流したら場が」
「そういうとこですそういうとこ」
「捌かれるから注ぎたくなるというか、ねぇ?」
「「ねー」」
「もしかして最初からパンクさせるつもりで千本ノックしてた?」
「ツッコミってお人好しであればあるほど過労死しますよ。幼馴染に実例を知ってます」
朱音だ。確実に朱音だ。たぶん春菜の天然と橙乃の悪意に満ちた愛を四六時中注がれ続けているんだ。かわいそうに、人のこと心配できる身じゃないけど。
しかし、少し納得がいった。私が捌ききれなくなったらクリアのゲームをやっているならそりゃこうなるよね。勘弁してよ、私にもボケさせて。
「というかそろそろ手加減してよ。あんまり漫才っぽすぎると作ってると思われて世に出しづらくなるんだから」
「これで全員素なんですよね。電ファンの良心ユニットってなんだったんですか?」
「漫才として収まってるように見えるだけマシだよね」
「開き直らないで」
さあ。この先輩たち、9月までは「二期生と三期生の良心」で満場一致だったはずなんだけどね。最近だいぶ揺らいできている、特にエティア先輩。
ちなみに代わりに二番手の得票率が上がったわけではない、「該当者なし」に抜かれそうなだけだ。
なお、ことルフェ先輩に関してはどちらかというとただの内弁慶だ。アドバンテージを取れるのは私やみゃーこのような後輩、それからマリエル先輩くらい。それ以外には以前までと変わらず振り回されている。
問題はエティア先輩なんだよね。同期のささげ先輩とセレーネ先輩、どうにかしてくれない? ……無理か、あの二人よりは理性的だったからこれまで二期生の良心扱いだったんだものね。