#89 距離感バグと寂しがりは相性がいいらしい
どっかで見たことある子追加。
「できるものなんだね」
私もそう思う。
「意外とね。とはいえ、あの所要期間はちょっと下振れたくらいだとは思うよ」
「やっぱり?」
「さすがに魔吸いの剣が出なさすぎたよ。もしあの程度しか出ないなら神器扱いされてない」
「ですね。あれだけ試行回数があれば、平均なら三回くらい出ているかと」
「その間にクリアできているかは別の話だろうけどね」
「フロルちゃんならミスがほぼない以上、三度もやればどれかで通っていたと思いますよ」
というわけで、翌日の昼。この日は終業式だから午前で終わりで、現在地は学食ではなく近所のファミレスだ。年明けからは自由登校だからクラスが全員集まるのは数えるほどの出校日と卒業式くらいのもの、ということでそれぞれ近しいグループで集まって寄り道をする人が多いようだった。
私はいつも通りことりと双葉に寄っていったところ、橙乃……ではなく、希美浜春菜に呼び止められた。私から見れば「たぶん友達と言っていいくらいの仲」といったところだけど、橙乃の、つまり朱音の幼馴染の一人である。
曰く、このファミレスにて期間限定で供されている“グループ限定ジャンボ鍋”をつつきたいとのこと。それが六人以上限定であることを知っていた私たちは二つ返事で頷いたところだったんだけど、ここに座ってからむしろ春菜よりもそわそわしていた朱音の姿は少し意外だった。そういうのに興味があること自体ではなく、あんな落ち着かない子供のような仕草をするものなのかという点で。
朱音はああ見えて好奇心がかなり強いから、この手の話題性のあるものは好んでもおかしくない。ただ、それでいてカラオケのときのように取り繕うタイプだから、こうして素であろう反応を見せてくれるのは予想外だったのだ。
気心の知れた幼馴染の前ではこれが素なのかもしれないけど、それを私たちに見せてくると思っていなかったというか。私たちへの声掛けで先を越されて粛々と下がっていった他のグループと私たちの間に、朱音から見た違いなんてそう多くはないと思うんだけど。
「そういえば、『みなみのおさななじみ3』って……たぶん、春菜ちゃんだよね?」
「うん。ああいうのは私の得意分野だから」
「そうねえ。ああいう頭使うのは春菜の担当よねえ? 指揮系は朱音だけどお」
そうそう。昨日コメント欄に来ていた「みなみのおさななじみ3」については、配信中の時点で春菜だろうと当たりをつけていた。私より春菜と近しい双葉も気付いていたようだ。
朱音がだいぶヤバい縛りプレイをしているからかあまり誇らずに得意分野と言った春菜に特徴的な語尾の伸ばし方で返したのは、彼女の双子の妹である希美浜秋華。無表情で黙っていると本当に見分けがつかないけど、表情と口調が違いすぎるから双子にしては見分けはしやすい。
「だから、おさななじみ2は橙乃で」
「4は秋華ちゃん?」
「実際そうなるかは別として、私はそのつもりで3ってつけたよ」
「それにしても、幼馴染いっぱいいるんだねぇ。私はそこまではっきり幼馴染と呼べる相手なんて地元にもいないよ」
「家族ぐるみの付き合いが多いというか、親世代が懇意なんですよ。姉妹関係も多いので、数にして四家族で七人」
「だけど、当の水波ちゃんはその中ではないんだよね。小さい頃に美音さんに弟子入りして、そのまま娘みたいにも扱われてるだけ」
美音さんこと久遠美音は朱音のお母様だけど、それにそこまで小さい頃に弟子入りというのもなかなかできないことだろう。相手はかつて一世を風靡していた平成の歌姫、いくら怖いもの知らずの子供でも親しみやすい相手ではない。今となってはその関係性は有名で、久遠美音は水波ちゃんを見て復帰を決めたという話もよくされているものだけど。
ただ……同い年の師匠の娘と一緒に、ひとつ上の幼馴染たちに囲まれて愛でられる水波ちゃんはたいそう可愛かったことだろう。今とどちらが可愛いかはなんともいえないところだろうし、囲む側もこの通りとんでもない美少女揃いだけど。
ちなみにこのグループ向け鍋は今月の頭から販売されている。それを今日になって実行に移したのは、明日からは会おうとしない限り会えなくなるからだ。明日からは冬休みで、それが明けるとそのまま自由登校期間に入る。
橙乃たちはいくらでも会えるし会うんだろうけど、それ以外とはやっぱり話は変わるだろうし。私たちもこっちの三人ばかりになりそうだ。誘えば断らないし断られない仲とはいえ、ね。
「春からは朱音と律が同じだっけ?」
「そうですね。学科まで同じ方の中では、律さんが特に親しいかと」
「ってことは、代出とかするの?」
「わかっていて聞いていますね? ……まあ、やむなく休んだときに内容を聞いたりくらいはするかもしれませんが……」
「いいよ、朱音ほど成績よくないけどいくらでも聞いて。私と朱音の仲だし」
「本音は?」
「私もたぶんやるから。わかんなかったら聞くつもりだし、媚売っとかないと」
「媚って」
そうなるともう、今のうちに先の話をしたりもすることになる。この場にいる七人は全員進路が決まっているから、気兼ねだとかも要らないし。
たとえば、そう。私と朱音は同じ学科になることだとか。朱音本人はあまりそう思っていないようだけど、朱音は妹や母親のようにそのうち表舞台に出るのだと、他ならぬ幼馴染たちが囃し立てている。これはその定型ネタの変形だ、放ったのは双葉だけど。
冗談はさておき、たぶん講義内容の融通は本当に二人でやると思う。朱音はそうでなくても時間のやりくりが可能になったらいろいろやりそうだし、私は本格的に忙しくなるだろうし。
「それを言うなら、私も双葉とやると思う。あ、そこに牡蠣あるよ」
「へっへっへ、今後ともよろしく頼みますよ」
「賄賂送ってる……」
「賄賂も何も、別に橙乃の物ってわけではないけどねえ?」
「というか互助関係なんだから双葉も何か返さないと」
あっちも本当にやるだろうね。橙乃は双葉の事情を知っているから、私と朱音よりもスムーズにことが運びそうだ。双葉もこんな茶番を演じてはいるけど、借りはしっかり返すタイプだし。
あとは春菜と秋華は私と朱音と同学部で別学科なのと……この場ではことりだけが別の進路を取る。
「でも、ことりは離れちゃうんだっけ。寂しくなるね」
「私はもともと、美術部と指定校推薦目当てだったから。最初は忙しいかもしれないけど、落ち着いてきたら連絡するよ」
「ことりの筆の速度で忙しくなるなら他の子たちついてこれないんじゃない?」
晩生野大学附属高等学校は当然ながらその名の通り名門私大へのエスカレーター校で、それを見越しての入学が大半ではあるんだけど、かといって学問一色とは程遠い校風もしている。部活動もかなり盛んで、少なくない数の運動部が全国常連の強豪。最近ほぼ限界オタクにしか見えない上杉くんもあれで甲子園の土を踏んでいるし、他クラスには高卒プロスポーツ選手内定者もいる。
後からでも内部進学枠を使える親切仕様は知ったときには舌を巻いたけど、あれはたぶん名前売りだろう。これ以上売る必要があるかは知らない。
美術部もそのひとつで、全国コンクール上位によく名前が挙がる。有名な美大への推薦枠も複数あって、ことりはその一枠を確保していた。もはや誰も信じていない言葉だけど、天は二物を与えずとは大嘘である。もはや何かとんでもない欠点でもないと割に合わないけど、ことりにそんなものがないのは私がよく知っている。
「みんなは年明けからはどうするの?」
橙乃が投げかけたこれは、自由登校の自由の部分をどうするかということだろう。授業はないし行かなくても問題はないけど、行ってもいいわけだから。もちろん外部一般受験組は毎日行くだろうし。
「行ってもいいんだけどねえ。用事がないのよねえ」
「運転免許取ってるかも。リムジン乗れるようにしておこうかな?」
「春菜、うちの運転手さんの仕事を取るつもりですか?」
大半の生徒は秋華と同じ意見だろう。履修範囲はとうに終わっているし、内部進学には受験もない。それどころか進学後に備えたあれこれすらまともにやっていればもう済んでいるものだから、本当にやることがないのだ。まあ、晩生野大附に来るような子なら、という枕詞をわざわざ使う必要はないか。
免許取得は中でも有意義な時間の使い方かもしれない。春までにと定める気はないけど、私も手は出すつもりだし。春菜も後半は冗談だろうけど、年明けに近くの教習所に行ったら同級生は多そうだ。
「んー……図書室に入り浸ったりはするかも」
「いいですね。特に高校のほうの図書室は、春からは入りづらくなりますから」
「うん、私も隙を見てやろうかな」
「問題があるとすれば、絶対混むよね。みんな同じこと考えそう」
「というか、今年も去年も混んでたよ」
大学でもスポーツを続けるつもりの人は引退した部に混ざったり、あるいは単純に教室を使って自習したり。適度に遊ぶ人は多いだろうけど、学校に来るのならそこでしかできないことを、というのは自然なところだ。
図書室は真っ先にその対象になってとても混雑する。あるいは目に見えて本が減る。私は知っているのだ、一年前に見たから。
まあ……私としては、気にするべきはそこではなくて。ほぼ確実にライバー活動で忙しくなって登校率が落ちるから、それをどう言い訳するかを考えておかないと。




