#86【月雪フロル】本人より恨み強めな民草と本人より楽しそうなパンドラ【電脳ファンタジア切り抜き】
いつぞやに朱音も言っていたけど、このチャレンジはほぼこの《魔吸いの剣》が必須だ。というのも、レギュレーション上ほかの二つの神器が使えないから。
やはり三種の神器は宙渡りにおいては圧倒的なのだ。無しでクリアすること自体がかなりキツい縛りプレイになるほど。……つまり、この縛りで魔吸いの剣を手に入れられないのは二重の縛りプレイも同然である。
その効果は、「敵味方も種類も一切問わず、フロア内で使われた魔法を吸収して専用のバフに変換する」というもの。魔吸い状態というそのバフはかいつまむと、スタックする回数式の武器ダメージ固定値バフだ。
……これ、実は通常プレイでは地雷武器だ。敵の魔法攻撃を無効化できる点は強力だけど、自分も便利な魔法攻撃だけでなく強化魔法まで吸われてしまう。しかも効果は同フロア内ならどれだけ離れていても強制で、使う度に満腹度が1減る。
そしてそこまで縛る要素が多いのに、バフの内容が固定値なのが問題だった。
「つまり、敵味方のレベルが上がれば上がるほどバフとしての価値はなくなるの」
『あー……でも、魔法吸収の部分は強いんじゃないの?』
『それが、クロリロには最強防具として敵の魔法だけを吸収する鎧があるんだ』
「宙渡りには合成元すら出現しないから使えないけど、運がいいとエンディング直後から使えるんだよねアレ。……つまり、防御面では上位互換がいるし攻撃面では単純に弱くて」
〈弱いのか〉
〈魔吸いはなぁ……〉
〈またたけぇのよそれで〉
〈騙されて買った思い出〉
〈やっぱ宙渡りって特異環境なんだな〉
当然ながら進むほど自分の攻撃力も上がるから、固定値よりも倍率強化のほうが効果が大きい。攻撃力50のときなら倍率50%より固定値50のほうがありがたいけど、攻撃力が150になれば話が違うというわけだ。
そもそもレベルが上がると自身への倍率バフ魔法を習得する。これを使えなくなるだけで既に攻撃力的にはマイナスなのに、競合相手はそれぞれ強力な効果を持っている。肝心の魔法吸収すら使いやすい防具がある以上、攻撃の要である剣で無理やり守る必要もない。
他にも挙げればキリがないけど、そんな散々な魔吸いの剣にも活路はある。それがここ、宙渡りの回廊だ。
「だけどここにはその競合相手もいなくて、敵の魔法も厄介で……クロノのレベルが上がらない」
『俺も魔吸いの剣にはいい印象がないけれど……なるほど、確かに噛み合ってる』
というわけで、その活躍は実際に使いながら見せていこう。
「せっかくだから他の商品も拾って……」
『あれ? そんなに買い切れるの?』
『無理だね。そもそも魔吸いの剣は性能の割にやたら高いから、どちらにしろ宙渡りでは逆立ちしてもそれだけの稼ぎはできない』
『……あ、そーゆー』
〈腹立つくらい高いんだよな〉
〈マジでぼったくり〉
〈まあ宙渡りなら適正価格よ〉
〈買えない場所でしか役に立たんという〉
〈宙渡りで買わせないために高くしたんだと思ってる〉
〈パンドラさん理解しちゃった〉
〈未プレイなのにあっさり受け入れちゃうのか……〉
〈やっぱり発想が村娘じゃないわ〉
さて、私は今どこにいるのかというと、ダンジョンに時々発生する露店の中だ。部屋の一部に陣取る形で広げた絨毯の上にアイテムを置いて、それを拾ってお金を払う形式になっている。魔吸いの剣は店売り限定で、そこらに落ちていたりはしないのだ。
だけど、これはとても高い。レベル1ダンジョンの中では到底稼げる調整になっていないし、宙渡りはお金もアイテムも持ち込み禁止だ。つまり正攻法での入手は不可能である。
ではどうするか。
「というわけで取り出したるはこちら、《導かれし果実》ですね」
『だよね。拾えててよかった』
『じゃあみんな、ご斉唱! せーのっ』
『『「ドロボー!!!」』』
〈ドロボー!〉
〈ドロボー!!!〉
〈ひとのものをとったら どろぼう!〉
〈なんとっ!? ただでものをてにいれてしまった!〉
〈パンドラが一番楽しそうで草〉
万引きは犯罪です。現実では絶対に行わないでくださいね。
だけど、不思議のダンジョン系のゲームではこれは恒例であり常套手段だ。今回のようにどう考えても買えないものが置いてあることも多々あるし、泥棒しようがフロアを降りてさえしまえばそれ以降のお咎めはなし。……異常に強い店主が大量発生して倍速で襲ってくるから、生きて降りられるかは別としてね。
その一方、普通ならとても難しい泥棒が簡単にできてしまうようになるアイテムはいくつか存在する。そのひとつがこれ、《導かれし果実》だ。これの効果は「食べると階段の目の前に転移する」。
要は倒される前に階段を降りてしまえばいいわけだから、これさえ使えば誰でも楽々成功させられる。どんな階層でも一発で攻略をスキップ、どんなピンチでも高確率で生還できるスーパーアイテムだから使いどころは重要だけど……ここ以上の使い道なんて当然ない。他の泥棒用アイテムは持ち合わせがなかったし。
「……さて。それじゃ、ここからはより慎重にやっていきましょうか」
『ごめんね店主さん、ちゃんとこれを使って踏破するからね』
『いやまあそれで許してはもらえないだろうけどね。10000以上の高額商品だぞ』
〈お祭りかな?〉
〈やったことは万引きなんだよなあ〉
〈あんな値段でゴミ置いてる方が悪い〉
〈ぼったくりだしな〉
〈悪徳商人に天誅よ〉
〈どうせあんなん原価は100とかだろ〉
〈既プレイ勢の怨念が……〉
気持ちはわかる。普段はあまりにも悪徳商品すぎるものだから、騙されたことのある人ならスカッとするかもしれない。私も宙渡り以外ではこの剣には100すら払いたくない。
まあ私は絶対にやらないといけないこととしてこなしただけだし、これまで七配信にわたってひたすらこれを探し続けてきたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ついでにパンも泥棒できている上に、ちょっと多めにカビたパンを拾えてますからね。魔吸いは他二つの神器と違って戦いそのものは避けられないので、早めにちゃんとレベルを上げておきます」
『生半可なピンチで逃げアイテム使ってたら絶対に足りないもんね』
こうしてやっていると何度でもアイテム消費なしで安全な逃げができるありがたさも実感するところだけど、伊達に魔吸いの剣も三種の神器に名を連ねていない。チャレンジ開始以来初めての素晴らしいアイテムによる暴虐の開幕だ。
幸いにも17階という比較的早い段階で拾えたから、ここから35階までは積極的にレベリングしていく。攻撃力はともかく防御力が上がるのが嬉しくて、うまくいけば70階あたりまでは逃げに徹する必要がなくなるはず。
「自分も魔法を使えないので、基本的にはやることはとにかく殴りです……が」
『お、吸ってる』
『エルダーレイスはボーナス敵だね』
「うん。しばらくは本当に楽になるよ」
〈いぇーい店主見ってるー?〉
〈ただのカカシですな〉
〈棒立ち同然!〉
〈うわ固定値バフつええ〉
〈負ける気せーへん魔吸いやし〉
10階から35階までの間、ここでは《エルダーレイス》がそれなりによく出る。これは本来は高い魔法火力を出してくる難敵なんだけど、なんと行動の全てが魔法なのだ。おかげで魔吸い状態なら本当に何もしてこないし、そんな状況でも逃げることなく魔法を使い続けるから完全にサンドバッグと化している。
そしてこれがまた経験値が美味しい。毎ターン満腹度が減るから食料は必須だけど、それに見合う経験値量なのだ。
『……うわ、バフ強いね……?』
「そう、これが宙渡りの魔吸いの強みだよ。レイスがたくさんバフを掛けてくれるおかげで、他の敵まで倒しやすくなる」
『俺の知っている魔吸いと違う……』
「他の神器と違って、ここでだけ強いんだよね。こういう噛み合いを活かすのも高難度ならではで楽しいよ」
〈マジ?〉
〈うわ!?〉
〈ヴルフワンパンなのか〉
〈いやこれ強いわ〉
〈10レベ台の固定値50ヤバすぎる〉
そのままエルダーレイスを倒して、次に遭遇した《ヴラッドウルフ》戦。なんだけど、こちらの方が爽快だ。近づくまでに毎ターン魔法を使おうとしてくる演出があって時間がかかったエルダーレイスと違って、こちらはすっと近づいてワンパン。
魔吸いのバフは固定値で50なんだけど、この時点での通常攻撃のダメージはせいぜい20。攻撃技を使って40程度なのに、魔吸いはほぼ常に70ダメージ近く叩き出す。ヴラッドウルフ、通称ヴルフは50ほどのHPと高い攻撃力を持つ敵なんだけど、魔吸いなら耐えて反撃されることもない。
なにしろエルダーレイスが他の敵と戦っても有り余るほどバフを与えてくれるのだ。棒立ちで経験値になりながらバフを撒いてくれるのだから、こんなにありがたい話はない。
と、ついに光明が見えてきたそのときのことだった。
部屋に足を踏み入れた瞬間、演出とともに中にいた大量の敵が見えるようになり起き上がる。……ダンジョンローグライクお馴染みのハプニング要素、モンスターハウスのお出ましだ。




