#85【電ファン切り抜き】カビたパンをバイオテロに有効活用する秘蔵っ子組【クロリロ】
「……あ、麻痺った」
『やっぱり敵にも効くんだね。出会い頭にバイオテロできるのいいね!』
「何がいいのかはわかんないけど、クリア後ダンジョンの途中で詰まっている方がいたりしたら覚えておいて損はないかもしれませんね」
『冷静に考えると、毒や混乱ならともかくカビたパンを食べて麻痺になるのはおかしいよね』
〈おー〉
〈ちゃんと敵にも効くんだなぁ〉
〈バイオテロwww〉
〈楽しそうですねパンドラさん〉
〈割と実用性あるよな〉
一時間半後。私は息抜きに別のダンジョンに来ていた。目的はもちろんカビたパンを敵に投げたらどうなるかの確認だ。
……皆まで言わないでほしい、私がやっているのはそういうチャレンジなのだ。
ところがこの検証も少し手間がかかった。なにしろ普段はカビたパンなんて価値を見出さないから、相当量の容量があるとはいえ限りはある倉庫に入っているはずもなかったのだ。
だからまずはカビたパンを拾いに行くところからだったんだけど……これがいざ欲しくなるとなかなか落ちていない。結局さっきの「みなみのおさななじみ3」さんがカビたパンが手に入りやすいダンジョンを教えてくれて、そこに《帰還の書》を持って突入。カビたパンを手に入れるまでにある程度の時間がかかった。
……そもそもさっきまでも拾っていたのだから宙渡りでやればいいじゃないか、と思うかもしれないけど、そこには理由がある。このゲームは敵にパッシブスキルが設定されていて、その中に『投げられた道具をキャッチする』がある。宙渡りと、ついでにカビたパンを拾ったダンジョンでは全ての敵がそれを持っていたのだ。
だから数個拾ってからアイテムで脱出して、なんのパッシブスキルも持っていない序盤のダンジョンの敵を相手に試したところだった。
「たぶんこの感じだと、開発側に想定されてますね。カビたパンが投擲武器として実用性を持たないように、よく落ちているダンジョンの多くでは使えないように敵側を調整してるのでは」
『おー……だとすると開発の勝ちだね』
『別に勝負はしていないだろうけれど……あくまで罠やハズレとして用意した以上、それが当たり前に使えないようにはしているわけか』
ちょっと実現に頭を使う検証だったけど、いい息抜きにはなった。挑戦で使うところと別の部分の頭を回したおかげで、少し冴えた気分だ。
さて、宙渡りに戻ってチャレンジ再開。
『必要とはいえ、最序盤でレベリングを粘る必要があるのが面倒だね……』
「これ、縛りプレイじゃないならアイテム次第でスルーできる工程なのが余計にね」
『なんで合成縛ってるの? 壁抜けか転移があればこんなことしなくていいのに』
「だからだよ?」
〈どうしても挑戦効率が落ちるよな……〉
〈試行回数が増えづらいのがキツい〉
〈この内容で同接保ててるの、通話のおかげだよなあ〉
〈もはや秘蔵っ子組の絡みが本体まである〉
〈パンドラさんや、それ言っちゃおしめぇよ〉
〈マジレスやめてください〉
〈縛りプレイの意義全否定で草〉
一度やっておいた縛りなしプレイのとき、私は5階までをひとつめの区切りにしていた。その理由は6階から出るゾンビが準備なしだと難敵だからだったのだけど、つまり縛りプレイでもそこは意識しなければならない転換点に……それもより厳しいポイントになる。
ゾンビには近接戦闘をほぼ挑めないから、通常プレイでは《壁抜けの首飾り》や《転移の首飾り》といった強力なアイテムを使っていたんだけど、そのとき言った通りこれらアイテムは合成の産物で普通には落ちていない。だから合成縛りではそもそも使えなくなっている。
ではどうすればいいかなんだけど、
「……よし、レベル9。じゃあさっさと降りちゃいましょう」
『今回は間に合ったねー』
『敵の湧きが悪いとやり直しとは、やはりあんまりな縛りだね……』
「しかも敵ごとに経験値の量にも差があるから、リソース消費も考えたら美味しい敵が多めに出るところまで祈らないと」
主人公のクロノはレベル9で初めての攻撃魔術、《ファイアアロー》を覚える。これがゾンビ相手にまともに戦える最初の手段だから、6階に投入する前にこれを習得しておかないと困るのだ。
ところがこのダンジョン、有能アイテムの合成が前提として作られているのか5階までにレベル9に上げるのはなかなか難しい。敵の中にも経験値が美味しいものと不味いものがあるから、前者が多く出るのを祈る必要がある。……どうせ粘るなら寄ってくるから、不味い敵も倒さないといけない。そちらはなるべく少ないことを祈ることになる。
運が悪いと詰む理由は二つ、そもそもアイテムは無限湧きしないからそのうち食料が尽きることと……同一の階層に長居しすぎると強制退去させられる仕様があるからだ。なかなか理不尽な運次第だけど、縛りプレイは開発に想定されていなくてこそだろう。
『でもこれでクリアに近づいたんじゃないかい?』
「そうだね。あとは最後まで食料と《魔力の果実》が切れないまま、拾えた打開アイテムの数を超えるピンチに遭遇せず、一点狙いのアイテムとそれを手に入れる手段を早めに確保して、出会い頭の即死事故に遭わないだけだね」
『これだけやった後なのに、だけの要求量が多すぎない……?』
「ぶっちゃけここまでなら配信ごとに平均二回ずつくらいは到達してるからね」
〈せやな、これで……〉
〈クリアは近……くありません!〉
〈多い多い多い〉
〈うわぁ……〉
〈しれっと一点狙いっつったか〉
〈先は長いですね……〉
私が宣言した三つの挑戦のうち、このクロリロだけは公式に想定されていない縛りプレイだ。ほか二つも想定がなされているだけで多くのプレイヤーを楽しませるようにはできていないんだけど、それでもやはり制作側が用意したものだ。理不尽さというか、ゲーム性には大きな差がある。
縛りプレイなのだから当たり前なんだけど、ゲームとしての良さという点では損なっているのだ。プレイスキルや努力という概念を鼻で笑うような凶悪さ、すなわち圧倒的な運ゲーがここにある。
食料にしたって合成を駆使すればもっと楽になるし、HP回復にこれだけ苦心しているのはそもそも薬草をHPポーションにできないから。MP回復アイテムである《魔力の果実》も合成して《魔力回復薬》にするのが本来の使い道だ。それを縛れば工夫をした上でもそもそもの絶対量が足りなくなることも少なくない。
それだけならどうにかなったとしても、最大の問題は数々の便利アイテム。クロリロでは使い切りの効果アイテムとして《書》系の道具、繰り返し使用や強化補正として《首飾り》などの装備品が用意されているのだけど、縛りなしクリアのときに見せたように宙渡りでは装備品は落ちていない。合成で作るのが唯一の入手方法だから、これを封じるとそもそも装備品を使うことができないのだ。
三種の神器なんて呼ばれる《壁抜けの首飾り》と《転移の首飾り》だけでなく、これらがなくてもなんとかクリアを目指せる有用な装備品たちもまとめて使用不可。
「それさえなければまだどうにかなるんですよ。神器以外の装備合成だけ解禁していたら、たぶんもう終わってます」
『まあ、そうか……。それができれば誤魔化しはいくらでも利くだろうね』
『そこになら選択肢もあるもんね』
「そうそう。結局選ぶ余地がないのが一番辛いんだよね」
選択肢、つまりプレイが介入できる余白があればまだ手段もあるんだけど、ないからひたすら噛み合いを待つことになっている。通常プレイならどの装備品を作るかで選択肢が生まれたりもするところだけど……。
まあ、そこでありものでどうするか、というのもやり方のひとつだ。制作側からの楽しませ方をこっちが受け取っていない以上、あとはどう勝手に楽しむかなんだよね。
「改めて言うなれば、最大の問題は『正攻法での突破が不可能に近いのに、逃げ道の大半を縛りで塞いでいること』で」
『だから考えるのは……残された手段の中でどう逃げ切るか、かな』
「そう。結局逃げないと死ぬからね」
〈じゃあどっちもないじゃん〉
〈八方塞がりで草〉
〈数ある縛りプレイの中でも特にキツいタイプのやつだ……〉
〈なんでクリア者がいるんだよ〉
〈*みなみのおさななじみ3:本人は「理論上クリアできるギリギリ」って言ってたよ〉
「それ水波ちゃんに聞きました。心が折れそうなギリギリを攻めて乗り越えたかった、とかいう修行僧みたいな動機だったって」
本当は本人から直接聞いたんだけど、橙乃も水波ちゃんも話を合わせてくれることになっている。……毎度のことだけど、擦り倒してごめんね朱音。話の流れだったんだ。水波ちゃん経由でフロルとして謝ったほうがいいかな。
ともかく、まさに主題はそれ。装備品という本来の逃げ道を封じた上で、残された数少ない突破口が現れてくれるのを待つことになる。
なにしろこの手の「もっと不思議のダンジョン」全般に言えることだけど、主人公よりも敵のレベル上昇のほうが早いのだ。ただでさえこちらだけリソース管理を気にする必要があるのに、だんだんステータスで負けるようになっていくのだから途中からはまともに戦えたものではなくなる。
だから途中からは逃げに徹して、とにかく最後の階段を降りることを考えるべきなんだけど……肝心の逃げ手段だ。いくら有用な書を拾っても、いくつ《銀の首飾り》があろうが合成による恒常化ができないから安定しない。かといって99階もあるダンジョンで遭遇する全てのピンチに使えるほど書も落ちていない。
「…………あ」
『あっ』
『え?』
〈お?〉
〈あっこれ〉
〈マジ?〉
〈ついに来た!!〉
〈待ってたぜぇ、この時をよぉ!〉
───だけど、そう。ひとつだけあるのだ。この縛りでも現実的に踏破を狙うことができる、探し求め続けたアイテムが。
一点狙いの正体。それは《壁抜けの首飾り》と《転移の首飾り》に並び称される、三種の神器の最後のひとつ。その中で唯一、完成品の状態でダンジョン内に存在することがある最後の希望。
それがこれ、《魔吸いの剣》である。




