#84【クロリロ】ウルトラハイパーファイナルラスト最終回クライマックス【月雪フロル / 電脳ファンタジア】
『しかし、クロリロか。懐かしいな、発売日に買ってもらってやり倒したのを今でも覚えているよ』
「星夜先輩、クロリロって発売からもう23年経つよ」
『あれ、星夜さんって何歳だったっけ?』
〈あっ……〉
〈御門星夜 OUT〉
〈御門星夜(2)、発売日にクロリロを遊び倒す〉
〈まーた墓穴掘ってる〉
〈いいぞパンドラもっと煽れ〉
12月21日、木曜日。私には今日中にこれ、クロリロの縛りチャレンジをクリアしたい理由があった。明日が終業式だから、これ以上遅れたらクラスメイトの反応を観測できないのだ。
なお何回分の配信を費やしてきたかは配信タイトルから察してほしい。縛りなしクリアの回は含まずにこれである。
一方で、電ファンのライバー間では最近ちょっとしたアップデートがあった。私たちが四期生でやっていた軽率な通話を、箱全体でもやれるように場が整えられたのだ。ライバー全体のdisconectサーバーは元々あったから、形を整備されただけなんだけど。
私は苦行……もとい挑戦のときはいつもここで場繋ぎ……じゃなくて話し相手を募集しながらやっている。これで問題がないくらい、ライバー同士で絶望的に相性の悪い組み合わせというのが今のところはない。30人以上いるのに。いずれは限界も来ると思うけど、アットホームな箱である。
今日のゲストは二人。お馴染み又隣の部屋のパンドラ先輩と、同じくハウス組の一期生である御門星夜先輩だ。この星夜先輩は私たちと同じく、0期生の三人がそれぞれ電ファン創設に際してスカウトしてきたメンバーだった。
「独創的なレシピを披露する敏腕シェフ」だそうだけど、彼の作る料理は独創的では済まない。基本的に見覚えのある見た目にならないんだけど、味はちゃんと美味しいのだ。未だに一部のリスナーからは信じてもらえていないけど、本当に味はいい。一定確率でとても食欲は唆られない見た目になるガチャなのに。
『2歳児が発売日にゲームをして悪いのかな?』
「無理があるよ星夜先輩」
『星夜さんがそんな神童だったなんて……!』
『くそ、パンドラの煽り方のほうがよっぽどムカつくな……』
〈開き直ってて草〉
〈さすがに2歳は……〉
〈クロリロはルビもひらがなモードもないぞ御門〉
〈パンドラちゃんさすがすぎるな〉
〈しっかり煽っていく〉
〈攻めも守りもいける、フロルも見習うんだぞ〉
そんな星夜先輩、公式設定では25歳である。クロリロは2009年のゲームだから、発売時点では彼は2歳だ。……2歳児にはストーリーの理解どころか、テキストを読むことすらできないだろうね。クロノーシスシリーズのターゲット層は中高生から大人だ。
ただ実のところ、星夜先輩はちゃんと二十代である。つまり発売日云々のほうが虚偽である可能性が高い。
そんな星夜先輩はさておき、攻略の方は少しずつアプローチの改善はできてきていた。最初のうちとは立ち回りもそこそこ違う。
どのくらいレベルを上げに居座るかとか、どのアイテムがどのくらい拾えるかの期待値とか。
『……今は何をしているんだい? その挙動は見たことがないが……』
「あー、まあ、通常プレイだとあんまり使わないよねコレ。足踏みっていうんだけど、AボタンとBボタンを同時に押したらその場で何もせずにターンを進められるの知ってた?」
『そんな機能があったのか。……階段の上でやっているということは、HP回復の時短かな』
「安全性の確保でもあるの。2マス往復より遠距離攻撃持ちの敵が来たときの事故率が落ちるから」
サーバーができたのは途中からだけど、何度もやっているから私のクロリロのときに来た先輩は少なからずいる。パンドラ先輩は今日で二回目だ。
ただ星夜先輩は初めてだから、こういう説明もまたすることになる。初見さんもいたりするし、大半の情報が既プレイ勢でも知らないものだからむしろ助かるくらいだ。場繋ぎにもなるし。
『徹底するんだね。そうでもないと最難関の縛りプレイは厳しいか』
「ポーションとか料理なんて落ちてないから、腐ったパンでも有効活用しないといけなくて。満腹度はHPになるから」
『できること全部やって、ミスもなるべく減らして、それで配信七回目だもんね』
『フロルが、か……さすがに次元が違うね。まあ俺はそこのクリア自体やってないけど』
「普通だと思うよ。当たり前にやるものとしては作られてないし」
この「満腹度はHPに変換できる」という点は生憎ながら一方通行で、HPを満腹度に戻すことは基本的にはできない(満腹度が0になったら1ターンにHPが1減るけど、満腹度の減りと速度が違うし自然回復も消えるからこれを変換と呼ぶには無理がある)けど、この宙渡りの回廊では相対的に薬草よりもパンの方が落ちているから大きな問題にはならない。
とはいえむやみに満腹度をHPに変換し過ぎるのもまた得策とは限らないんだけど、そこはもう臨機応変だ。移動中にも回復するHPがもったいなくなることもあれば、満足に回復しないまま接敵して困ることもあるのだから。
「で、星夜先輩がどう反応するかわからないのが……」
『……カビたパンは罠とハズレの産物じゃないのか?』
『料理人が最初にする反応それで大丈夫……?』
『まあゲームだからな。……ほら、毒になっているし』
「そうなんだけど、星夜先輩。今立ってるマスは?」
『ああ、そうか! 状態異常は階層を切り替えれば治る』
〈まあそうなんだけど〉
〈今更だろ〉
〈御門星夜が多少のカビを気にするとでも?〉
〈料理人なのに?〉
とはいえパンも何も考えずに食べても足りるわけではないから、こういう工夫が必要になる。料理人である御門星夜先輩の前でやるのは少し背徳感があったけど、宙渡りの回廊でカビたパンを食べるのはもはや日常風景だ。
しかしあっさりスルーしてきた星夜先輩に珍しくパンドラ先輩がツッコミを入れた。ゲームだから別にいいというのは正論だけど、この人は自分の料理人キャラをもうちょっと守ってもいいと思う。
それはさておき、さすがは既プレイ勢ということか星夜先輩はあっさり理解してくれた。カビたパンは確かにデメリットのあるアイテムだけど、階段上で食べる分には何も困らない。
満腹度をパンの半分の量だけ回復するものの、いくつかの状態異常の中からひとつが付与される、という効果なのだけど、この状態異常というものは階段を降りると自動的に解除される仕様になっている。足元にある階段を、それも戦闘状態でないときに降りられなくなる状態異常はラインナップにないから、効果が減ってしまうことはともかく危険にはならないのだ。
「ちなみにぴったり階段の上じゃなきゃダメ。25%で混乱を引いたら、隣のマスからでも階段に乗れなくなるかもしれないから」
『ああ、そうか……むしろ混乱でも階段を降りられることを初めて知ったけれど』
「方向がランダムになるだけで、行動選択そのものには支障がない状態異常だからね」
通常プレイではなかなかないことだからね。階段のそばで混乱させられて、しかも隣接マスからの移動で8分の1の階段方向を引くなんて。しかもあったとしても選択ダイアログが強制的に出てくるから、知らなくても何も困らない情報だ。
だからそれだけで流されることなんだけど、パンドラ先輩が不意に。
『……じゃあ、カビたパンを敵に投げたら状態異常になるのかな』
「えげつない発想するね……。たぶん、道具をキャッチしちゃう敵以外はなると思うけど、詳しいところはわかんない」
『わからないんだ。フロルなら知っていそうだと思ったけど』
「ストーリーダンジョンではやる機会がないし、宙渡りではカビたパンは食べるものだからね。目的がこれだから、関係ないものは調べてないの」
〈なるほど〉
〈なんてことを……〉
〈邪神の考え方だ〉
〈普通の村娘は未プレイでそんな発想にならないだろ〉
〈なりそうだけど……〉
〈*みなみのおさななじみ3:なる。たぶん食べたときと同じ仕様〉
〈おさななじみ3!?〉
〈え、二人目出てきた?〉
〈なんで2より先に3が出てくるんだ〉
この手のタイトルでは、食べて効果のあるアイテムは敵に投げつけても同じ効果が出ることが多い。そのために作られたような、間違えて食べるととても困るアイテムもいくらか存在するほどだ。
だから多分、カビたパンも同じように投げつければ敵を状態異常にできるんだろうけど……生憎試したことがなかった。カビたパン自体がエンディング後しか出てこないし、エンディング後の攻略必須ダンジョンは長丁場ばかりだ。私にとっての主目的である宙渡りの予行演習も兼ねて、そこでも階段食べに利用していた。
とはいえ断定はできないし、まさか宙渡りで実際にやるわけにもいかないからどうしたものかと思っていたところ───またしてもコメント欄に何か現れた。
まさかの「みなみのおさななじみ3」、水波ちゃん当人があと5人いると言っていたうちの一人だ。まあ言ったもの勝ち感は否めないし、これが面白いのも一度きりだけど、少なくとも今はびっくりしたね。ちなみに本物だとしたら五分の三の確率でクラスメイトだ。
私は正体に心当たりがある。最初にこんな胡散臭いことをやったやつが本物だったら面白いし愉快犯を抑止できそう、とか思っていそうだ。
「……同じ内容のコメントがいくつか来ているので、なるっぽいですね。まあ、やってみる方は自己責任で」
『コメント欄の集合知ってわりと便利だよね』
『言い出しっぺが一番雑に見ているよね』
今やるわけにはいかないんだ。今やっているチャレンジはとある理由で通常プレイ以上に満腹度管理が重要になるから、冗談抜きにカビたパンひとつが命綱になる。
まあ、死に続けで疲れてきたら息抜きにでも試しに行くかもしれない。そうならないのが理想だから、あんまり期待しないでね。