#81 妹ラウネの常春ハウス【#電ファンスナップショット】
「かわいすぎ……」
「あう」
電ファンハウスにて。詩は、溶けていた。
そもそも詩はファンファンだ。嬉しいことに私が刺さって民草になったところだったようだけど、元はハルカ姉さんから入ったとはいえ箱推しだったらしい。
つまり基本的に、電ファンという概念全体が多かれ少なかれ詩に特攻を持っている。外にいた間はみゃーこもいたとはいえ私にべったりだったけど、いざ空間という形で私だけじゃないことを実感すると違うらしい。
「だ、大丈夫なのかな……」
「自分から来たがってたんだからほっといていいと思うよ」
「幸せならOKです!」
そう、詩はエティア先輩のついっとを見て、自分から強く希望してまで来たがった。私が「確実に大変な目に遭うし、別に無理しなくても」と止めたら、「行っていいならあたしが行きたいの!」とのことで。
まあ私としては、私のせいで詩が苦労するのでなければ止める理由もない。みゃーこが古のミームを投げ込んできたけど、まさにそれ。事実、詩本人はとても楽しそうだ。
「推しに認知されてもいいタイプだったのが救いだったよね」
「私のほうから話をしなきゃいけないことがあったからね……。りついっとしてきてた時点で、そこは大丈夫だと踏んでたけど」
今はエティア先輩をはじめ女子陣に囲まれて可愛がられている詩だけど、正直ここ最近の流れは彼女がずいぶん寛容なところに助けられている部分が否めない。今日だって向こうから連絡してきてくれて、おかげで逃避行ネタをやりやすかった節があるし。
……しかしそんな詩、この日のイベントは憧れのライバーたちにもみくちゃにされて終わりではなかった。
「ねえ詩ちゃん、配信出ない?」
「え、いいんですか?」
「ちょっと先輩!?」
エティア先輩のこの発言だ。……なんとなくそんな気はしていたし、部分的にとはいえついったで寸劇を見せていた以上はそう望まれるのは確かとはいえ。
しかしそこにはいくつも問題がある。私だっていろいろ考えて、いったんフロルとして詩とはあまり関わらないようにしておいたのだ。
「それはいろいろ気にするところがあるというかさ。ほら、詩の今後とか芋づる式の身バレとか」
「少なくとも身バレのほうは大丈夫だと思うよ? フロルちゃんもだけど、詩ちゃんは地声がどれとかもはやわからないし。パーソナル系の情報は徹底的に伏せられてるし」
「あと高校生活とかさ」
「あれ、お姉ちゃん知らなかったっけ。うち芸能科でプライバシー厳しいし周りも芸能人しかいないから学校関連は大丈夫だよ。……そっか、だから校門まで来なかったんだ」
当然、身バレの話はさんざん考えた。詩はいっぱしの芸能人だから、一般人の家族を呼んだりする文化とはわけが違うのだ。月雪フロルと白雪詩が姉妹という情報は、場合によってはお互いへの致命的な問題のリスクがある。
が……エティア先輩はこれを問題視しなかった。まあ確かに、詩はそもそも顔出しをしていないし、「地声など存在しない」と言われるほどの七色の声が特徴だ。おまけにその性質に乗っかった事務所の思惑によってか、露骨すぎるほど全ての情報が隠されている。結果としてそもそも実在が疑われていたり、複数人説が囁かれたりと都市伝説に事欠かない。
つまりバレるような身がそもそも芸能活動と紐づいていない。それは確かにそうだ。ハルカ姉さんのチェックが挟まっているなら、私と詩は過去の交友関係がほぼ重なっていないことも承知の上だろうし。
「だけど、そこまで隠されたのを私の妹で確定させちゃっていいの? 顔出しNGのまま後戻りできなくなっちゃうし、ブランディングにかかわると思うんだけど」
「あたしはぜんぜん大丈夫」
「まあそこはFSプロと相談かな」
「ハルカ姉さん、乗り気なんだ……というか、さては共謀してたね?」
だけど、そうなると今度はそこまで徹底的に隠し通していた謎だらけの声優のキャラクターを定めてしまうことになりかねない。下手をすると人気声優の活動上の顔が、流れのままにママの描いた妹アルラウネのもので固定されてしまう。加えて今後顔出しを解禁して仕事の幅を広げる、なんてこともできなくなる。
それは詩のほうとしては由々しき事態だと思うんだけど、本人は食い気味に乗っかっているし……話に割り込んできたのが、どこか自信満々なハルカ姉さんだった。ということはたぶんこの件、朝からハルカ姉さんとエティア先輩で結託していたのだろう。
こんな不条理が通りそうになってきているのは、詩の所属するFSプロこと『フューチャーサウンドプロダクション』があろうことか電脳ファンタジアの親会社にあたるからである。もはや世界が狭いどころの騒ぎではないんだけど……もしかしたら、私たちがFSプロのオーディションを受けたことがそもそもハルカ姉さんが私を捕捉した原因に繋がっていたのかもしれない。
「……せっかくだから一応聞いておくけど、私はちゃんと実力でFSプロ落ちたんだよね? 電ファンに渡すため、とかだったら手が出るけど」
「それはないから安心して。ただ……後から聞くに、見逃したことをかなり悔やんでたよ」
「よかった。じゃなかったらあたしの手が出てたよ」
「この姉妹……」
返事待ちの間の場を持たせるため、というよりは気になって聞いてみたけど、逃がした魚を悔やまれてはいるらしい。ライバーに身を捧げると決めた今なら、それが何よりの慰めかな。
「なんかね、衝立越しの面接官は『声を作れと言ったのに、あの子は声を作っているように聞こえなかった』って言ってて配置換えになったらしくて」
「…………フロルちゃんもしかして、うまく作りすぎて地声だと思われてた?」
「うわ、やったかも……確かに私、挨拶から何まで何一つ地声に戻してなかった……!」
「特殊技能じゃないですか。まだ強みが増えるんですか?」
「よかったねえ流れ着いたのが傘下の電ファンで。他社だったらお互い後味悪くなるとこだったよこれ」
そしてさらなる衝撃の事実。……そんなことある? と思ってしまったけど、思い返せば本当にそうだった。気負いすぎて力が入りっぱなしになっていたせいで、演技前後の言葉、暫定の芸名での名乗り、果ては入退室の挨拶までオーディションのために固めてきた声色のままだった。それで配置換えになったとなると、顔も知らないその面接官にはもはや申し訳ない。
だとしたら、私の敗因はその緊張だろう。そして今こうしてライバー活動ができている以上、この三年間でそれはいつの間にかなくなっている。……成長している、のだろう。
そもそも電脳ファンタジア自体、どうしてもVtuber事業に手を出したかったFSプロと箱を作って仲間を育てたかったハルカ姉さんたちの利害が一致して、FSプロ側からのスカウトによってできたものだった。つまりハルカ姉さん、FSプロ自体に対してそこそこ影響力を持っている。私を拾ったとはいえ、だからこんな話を聞かせてもらえているんだろうけど。
とはいえ、さすがに若手のホープの一人の売り出し計画を白紙に戻すほどの計画がそんなに簡単に覆されるとは思えない……
「あ、返信来た。……『類を見なくてすごく面白そうだし、詩ちゃんがやりたければいい』だって」
「おかしいでしょこの両事務所」
通るんだこれ。凄いねこの事務所。もはや面白いとさえ思わせられれば何やっても通るんじゃない?
というわけで本当に配信に出ることになった。本人の希望もあって今日はそのまま泊まっていくことにまでなったし、明日の朝にエティア先輩が車で送るらしい。ずいぶん詩のことが気に入ったようだ。
……大丈夫かな、詩は確か高校に入ってから一人暮らしだったはずだけど。
「家出る前からお姉ちゃんに合流するかもとまでは思ってやっておいたから大丈夫」
「そっか」
お姉ちゃんは逆に心配になったよ。せっかくのオフに、何手先まで読んでそんなことを。
たった今までの会話は爆速で編集して、うまくカットした上で配信終了に間に合わせることを目標に電ファン公式からスナップショットにするらしい。やはり電ファンはスタッフまで電ファンだ、さっきの今なのに味を占める気満々である。
そして詩も味を占める気満々である。やたら気合いを入れて声を作っているのは、どう考えても成功させて二度目を勝ち取るためだし。……あれ、なんで心愛先輩にまで媚を売ってるの? まさか姉妹ASMRとか言い出さないよね? FSプロならやりそうで怖いんだけど……。
「じゃあ、私は帰るね」
「うん。お疲れ様、ママ……って、もしかして日程調整してた?」
「これ以上遅れを取るのもだし……コミケのペーパーにちょうどいいよね」
「ウン、ソウダネ」
「フーちゃん、ツッコミ放棄しないで! いくら自分のママがヤバいこと言ってても、この場で止められるのはフーちゃんだけなんだから!」
ただでさえ電ファン内部にボケが多いのに、外部の二人にまでそっちに回られたら私はどうすればいいんだろう。もはやみゃーこが良心に思えるレベルだよ。
ともかく、ママはここで帰っていった。ママまで泊まりにならないため、なんだろうけど……詩と印象をずらして自身のインパクトを失わないためな気がしてならない。
そもそも別にハウスまで来る必要はなかったのだから、これにかこつけてスタッフと直接日程調整がしたかっただけだろう。後でマネージャーから聞くけど、近日中に改めて襲来してきそうだ。




