#79 妹とたのしい逃避行
放課後。
「順調に芸人してるよね」
「参考になるよ、ほんと」
「まあね。こういう殴り合いってノーガードの方が面白いから」
この日は端からすぐに帰る気はなくて、なるべく粘ることにしていた。こうは言っているけど、ノーガードと無抵抗は別物だ。エティア先輩には今日一日私にボイスを聞かれていた件で踊ってもらおう。
ちなみに元々雑談枠を遅めの時間にやることを把握した上でやっている。一方の私は今日は夜の配信予定はない。計画的犯行なのだ。
“
エティア・アレクサンドレイア @Etia_Alexandreia
フロルちゃん、今日は早く帰ってくるんだよ?
待ってるからねー^^
”
“
月雪フロル@逃走中 @Tsukiyuki_Flor
旅に出ます。次の配信予定まで探さないでください
”
ということで外で時間潰しなんだけど、ことりがついてきてくれた。ついでに絵の参考になる写真を撮るらしいけど、それは付け合わせの理由だろう。いい友を持ったものである。
ちなみに双葉はもっと即物的で、人質として捕まることを恐れて一緒に来た。ごめんね巻き込んじゃって。
「それで、どこに行こっか。とりあえず三時間くらい潰してから、ご飯食べて帰るんだよね?」
「それなんだけどね、実は昼休みの終わり際に妹から連絡が来て」
「おお、あの?」
「うん。今日はオフだから、どうせ外にいるなら会わないかって」
受験対策の授業をどちらかというといつか役に立つかもしれないネタとしてメモしながらどこに行くか考えてはいたんだけど、そんな折に詩からメッセージが届いた。私たちのTsuittaを見ていたのだろう詩のいじらしい提案は私としても歓迎だったし、どこかのタイミングで会いたかったのも事実だ。二つ返事でOKした。
だからまずは、詩の通う高校の近くに迎えに行く。といっても、目立つところまでは行かないけど。
「お待たせ、お姉ちゃん」
「ううん、そんなに待ってないよ」
「それと……お友達さん、ですよね」
「うん。今日はよろしくね」
マップアプリのスクショで現在地を送ってほどなく、目立たないよう一本奥に入った市街地の街角に詩が入ってきた。……記憶よりずいぶん大きくなっている。三年も会っていなかったのだから当然とはいえ、とても成長していた。
とりあえず近くのカラオケボックスに入る。普通の自己紹介ならここまでする必要はないんだけどね。
「改めて、白雲詩です。芸名は“白雪”ですけど……」
「……ねえ律、もしかして『雪』の出どころって」
「別にいいでしょ、憧れても」
…………まあ、これはどうせ見抜かれると思っていた。そもそも「雪」の文字は私の本名にはないのだから、何かしら出どころがあるのは隠しようがない。
実際、詩の芸名から取ったのだ。雪というのは、白雪詩にあって白雲律になかったもの。当時はまだそれに未練があっただけ。
そこから巡り巡って、私も二文字目に「雪」を冠してデビューする事になったのは、巡り合わせと呼ぶにはハルカ姉さんの意図を感じるところだけど。
……詩はこれを聞いて破顔していた。そこまで喜ばれると、私もちょっとどうしていいかわからない。
「月宮ことりです。ペンネームはsper」
「ママさん、同級生だったんだ……確かに成績とか知ってて、あれ? とはなったけど……」
「そういえばペンネームに由来とかあるの?」
「割と本名寄りだよ。ドイツ語で雀のことをSperlingっていうから」
あくまで加入前からの知り合い、としか明かしていないから、詩はそこに驚いていた。そうそう明かすこともないだろうから、これは詩の特権というか役得ということになる。
小鳥の中でもなんで雀にしたんだろうと思ったけど、後で調べてみたらドイツ語のことわざがあった。手中の雀は屋根上の鳩に優る、つまり高望みするなという意味らしい。……なんで知ってるんだろう、そんなの。日独のクォーターである朱音ならともかく、ことりは純日本人のはずなのに。
「私は宇田川双葉、こないだから古宮都をやってるの」
「みゃーこまで同級生だったんですか……?」
「ピンポイントで私とことりにVtuberやる相談してきたのが運の尽きだったよね」
改めて数奇な縁だ。誰も最初から狙ったわけではないのに、結果的にこんな形で関わり合う仲になった。積極的にデビューしようとしていなかった私とまだアカウントも作っていなかったことりが出会ったのも、相手が電ファンの手の者たちと知らずにVtuberの相談をした双葉も。
この三人が集まっただけでも大概なのに、あのクラスで一番目立つのはいずれでもない。小早川橙乃ですらない。九鬼朱音は放っておいてもそのうち表舞台に立つと誰もが思っているけど、どんどん活躍して目立ってほしいというのがクラスの総意だ。
「……やっぱりあの学校おかしいよね」
「二年には九鬼シオンと天音水波だもんね」
「あ、そう! 水波さん!」
「……詩、水波ちゃんに何か?」
そのままさらに二人、今の晩生野大附で最大の有名人たちに話が飛んだところで、詩が急にご立腹。何事かと思って問い返すことになった。
「お姉ちゃん、水波さんに怒ってたって伝えといて!」
「えっと、どうして」
「『放サブ』のときにお姉ちゃんとハルカ姉のアーカイブ見てて」
「ぐふっ」
「ああっ、りっちゃんが倒れた! 実妹にあのとんでもなく情けなかった上にその妹の話をしまくった回をフルで見られてたことが発覚して精神に多大なダメージを負ってしまったんだ!」
さすがに精神的ダメージが拭えなかった。あの話をした時点では自信もなかった上に詩との誤解も解けていなかったから、いざ詩本人に聞かれていたと知ると耐えきれなかったのだ。……わかってはいたんだけどね、知られていることは。そっか、切り抜きどころかアーカイブか……。
……と、そういえばあの回はアレの直後だったか。そして確か、
「そのときに水波さんと話をしてたの。電ファンについてとか、お姉ちゃんについてとか」
「ゔ」
「うん。本人起き上がれてないけど、続けていいよ」
「そしたら次の日、水波さんが電ファンとズブズブだって! しかもお姉ちゃんの枠で! けっこう赤裸々な話したのに!!」
「あー……親身に聞いてくれたと思ってたら、とっくに話の相手のほうと繋がってたんだ」
「どうせ話を聞きながら心の中でニヤニヤしてたんだ! あたしがフロルちゃんの妹に『あたしとは真逆』とか言ってたのを聞いて笑いをこらえてたんだ! 『すれ違ってるなぁ、面白いからほっとこ』とか思ってたんだー!」
詩は先月初頭、水波ちゃんがメインパーソナリティを務めるラジオ番組『シオンと水波の放課後サブカル放送部』のゲストとして呼ばれていた。その日付というのがなんと、私の新人面接の翌日。しかもダクリタの企画倒れで水波ちゃんが私の枠に現れる前日という、なんとも絶妙なタイミングだったのだ。
どうやらその待機時間に前日の配信のアーカイブを見ていて、そこで水波ちゃんと話をしたらしい。で、そこで姉とフロルについてあれこれ話した直後に、実は水波ちゃんがそのフロルと元々親しかったことが発覚したと。しかも後から姉=フロルであることが発覚して、自動的に水波ちゃんはそこまで知った上で聞いていたこともわかったと。
……詩、かわいそうに。そして「自慢のお姉ちゃんなんです」と「あたし、フロルちゃんのほうが似てるかも」を同一人物に向けて言ったという様子は、水波ちゃんにとってはさぞ面白かったことだろう。




