#77 人の雑談中に勝手に会議を始めた挙句女子会に移るImitateAlice【電脳ファンタジア切り抜き】
12月18日、火曜日の夜。
「それではこれより、第二回古宮都をイミアリに入れるかどうか会議を始めます」
「わー」
「わー」
「……あの、私配信中なんだけど」
〈なんだなんだ〉
〈なんか聞こえたぞ〉
〈え、今日コラボの予定とかあったっけ?〉
〈配信主何も知らなそうだけど〉
〈声が遠いぞそっちの!〉
一応ね、みゃーこから「今日ちょっと邪魔しちゃうかも」とよくわからないことを言われてはいた。だけどさ、予想つかないじゃない。ほとんどどうでもいい雑談しかしていない配信とはいえ、途中でいきなり三人がかりで訪ねてきたかと思えば人の部屋でお菓子パーティの準備を始めて、しかもそのまま私にも関係してくる会議を始めるなんて。
おかしい。確かに電ファンはこのくらいのことは平気でやり合う事務所だけど、イミアリにはこういう突拍子もないことを始めるメンバーはいなかったはずだ。かといってみゃーこも自発的にこんなことをやり出すタイプではない。
「誰の発案?」
「わたし」
「エティア先輩、ついにそっち側に落ちちゃったか……」
〈イミアリが電ファンになってる〉
〈エティアって二期生の良心枠のはずじゃ〉
〈フロルが出てからおかしくなっちゃって……〉
〈二期生まともなのいなくなったな〉
仕方ないから持参してきていた卓上マイクを繋いで、私もいろいろ用意しつつそちらに合流する。ゲームならともかく、これを放置して雑談は成り立たないし。
で、議題は予想がついていたものだ。一度は様子見という話になったんだけど、思っていたよりずいぶん早く“都イミアリ待望論”が噴出している。
要因は主にふたつ。ティザー同時視聴のときに私が話したことで構想までは話が進んだことが知れ渡って、思いのほかファンからの需要がもともと高かったことが判明したことと……あの初配信で、イミアリに足るほどの“Imitate”成分が認められたこと。私ですら驚くほどの蠱惑性や設定面の奥行きを示してきたのだから無理もない。
「ただ会議するだけなら、こんなJKが家に集まったみたいな状況を作る必要あった? ほとんどホームパーティだけどこれ」
「そのまま居座って遊ぼうと思ってね」
「そのためにルフェ先輩にお菓子作らせたの?」
「ううん、フロルちゃん。わたしが作ろうかって名乗り出たんだよ」
「ルフェ先輩、本当にそっちでいいの? あっちと違ってまだ引き返せるよ? 電ファンはこっち側の方が希少価値高いよ?」
〈女子会しとる〉
〈部屋主の許可取ってないのに〉
〈まあフロルなら許してくれるから〉
〈俺ら今何見せられてるんだ〉
〈質の高い電ファン〉
〈驚きひとつせずに順応してるみゃーこよ〉
〈あっち呼ばわりは草〉
〈希少価値言うなし〉
四人で正座や女の子座りで囲む小机には、スナック菓子と幾ばくかの個包装の和菓子、それからそこそこの量のルフェ先輩手作り洋菓子が並んでいる。このひとは本当に洋菓子が作れるとはいえ、何もこんなことのためにこんなに作らなくても。
いやまあ、私は別にいいし配信もまったり雑談するだけだったから困らないけど。ここまで無意味に暴走するタイプの人たちではなかったはずだから、ただただ困惑している。
このまま話を進めるつもりのようだから諦めて、私も画面を整えつつ付き合うことにした。
「それで、みゃーこをイミアリに迎えるかどうかだったっけ」
「そう。本人から改めて希望があったからね」
「……そんなに入りたいの?」
「愚問だよフーちゃん。そんなことができると思ってなかったけど、チャンスがあるなら何に代えてでも」
「思ってたより熱量すごいな……」
〈みゃーこがイミアリに!?〉
〈なんてシンデレラガールだ〉
〈ほんと夢みたいなことをそのままやってくる事務所だな〉
〈これ配信に乗せて外堀埋めに来てる〉
〈みゃーこ民草だったし……〉
この話はデビュー前に一度していて、その時にはインパクトが薄れてしまうからとひとまず否決されていた。そのときにいい点も悪い点も洗い出していたし、本人の納得もあったはずだ。
その上で改めて要望してきたのだから、相当な熱意があるらしい。……だとしたら、とても迅速に進めてきているのもわかる。オリジナル曲はまだ用意されていないけど時間の問題だし、リリりの次の収録だって年明けにはある。準備にはある程度手間もあるのだ。
「……まあ確かに、イミアリっぽさは大幅に増してるよね」
「うん。それに、ファンからも需要が出てる。……正直、消極的な渋り方じゃ弱くて」
「でも別に是が非でも入れるわけにはいかない、なんてこともないでしょ? ならもう迎えちゃえって」
「まあ確かに。ファンに望まれてるならもう、インパクトとか二番煎じとか二の次だもんね」
「むしろインパクトは、都ちゃんそのものの一環として担保できてるし」
その二つにしたって、そもそもがファンから受け入れられるかどうかという懸念材料でしかない。その懸念が正しいかどうかは……今のコメント欄を見ればわかるだろう。
つまり、この話はこれ以上する意味がない。
「加入しない理由がなくなったね」
「都ちゃんはかなり忙しくなるけど……」
「あ、大丈夫なんです。実は追記修正した歌詞と予備の台本、前からもらってて」
「……わたしたち、またスタッフにいろんな意味で負けたね」
「えっもしかして一曲目から入るの!?」
「それ早く言ってよ!」
〈【祝】みゃーこイミアリ加入〉
〈おめでとー!〉
〈素晴らしい執念ってやつだな!〉
〈※デビュー三日目である〉
〈敗北者フロル〉
〈電ファンスタッフ強いなあ〉
〈こうなることが見越されてたってわけ〉
〈さすがスタッフは俺らのことわかってる〉
〈*sper:キービジュにも追加レイヤー描きました〉
というわけで、ぬるっと加入が決まった。しかもしっかりこうなると見通されていて、スタッフの先見の明によってみゃーこの負担も最低限ときた。完敗だ。……いや、別にみゃーこを入れたくなかったわけではないんだけど。
あれだけ私前提なんて言っていた準備に、私の加入が決まった時点ですら影も形もなかったみゃーこを違和感なくねじ込む柔軟性には舌を巻くばかりだ。減るだけだからたぶん大丈夫とはいえ、私たちは修正後の歌詞をまだもらっていない。
しかし……だとしたら。
「なんでこんなすぐ終わる話のためにこんなにお菓子持ってきたの」
「このまま突発コラボみたいにするのも面白いと思って」
「私もただの雑談のつもりだったから大して話の種とかないよ?」
〈いったいどれだけ持ってきたんだ〉
〈反応がカラオケのときとおんなじなのよ〉
〈四人で気軽に食べられる量は超えてそうですね〉
〈最近のエティアはフロルを困らせられるなら自分も同じくらい困るのもバッチコイだから〉
〈真っ先に出てくる心配が体重じゃないのが恨めしい〉
無理せず確実に綺麗にするなら、最低でもあと二人くらい欲しい。エティア先輩とルフェ先輩はカラオケのときも一緒に処理に困ったのが記憶に新しいはずなのに、完全にデジャヴだ。
ただ、あの時と違うのはここがハウスであること。そう、呼べば助っ人が……!
「お待たせ!」
「…………一応聞くけど、転居後初めての登場がそれで大丈夫?」
「こういうこと、したかったんだよねっ!」
「……まあパンドラ先輩がそれでいいならいいけど」
〈パンドラさん!?〉
〈引っ越してたのか〉
〈あれ、さっきTsuittaでダンボールに囲まれてるって〉
〈荷解きほっぽってきたのかよ〉
まあ、来たといえば来た。後で荷解きが終わらなくて泣きを見るのはパンドラ先輩自身だけど。
あとこのひとはかなり少食だから、来てもらっておいて悪いけど戦力には計上しづらい。……心愛先輩とかは呼んだら来そうだけど、絶対に張り切りすぎて可哀想なことになるからあんまり私が呼びたくはないな。同期のルフェ先輩が呼んでくれないかな。
「お待たせ!」
「パンドラ先輩もだけど、まだ呼んでないよ心愛ちゃん」
「心愛ちゃんが後輩の部屋に合法的に入る機会を逃すわけないよね」
「いまに耳かき取り出してフロルちゃんか都ちゃんのどっちかの背後をがっちりだよ」
「もう取り出してるんですけど!」
「助っ人に来たならちゃんと助っ人してくれないかな心愛先輩」
〈出たな妖怪世話焼き女〉
〈こわ〉
〈言い回しと魂胆が怖い〉
〈フロル、終わってから出てってくれなかったらスタッフ呼ぶんだぞ〉
〈もしかして配信中にやるつもりか?〉
〈誰が得するんだよ今やって〉
〈これで腕は確かなのが問題なんだよ〉
呼ぶまでもなかった。噂をせずとも影とは、私も心愛先輩のことを見くびっていたかな。
まあ別に身の危険があるわけではないから、ちゃんと消費に参加してくれるならむしろ歓迎だ。だからその二本揃えたらギリギリ箸にならなくもなさそうなものはしまおうか。
幸い、部屋に入れるだけで身の危険を感じる女ことローラ先輩はハウス住みではない。でないと大人数がいるとはいえ三人が来た時点で部屋の鍵を開けっ放しにしていない。
いよいよハウス組女子陣は来ていない人の方が少なくなってきたけど……それにしても。
「来ないね、マリエルちゃん」
「30分前に配信終わってるよね?」
「こういうときに親交を深めるものでしょ! しかもいるのはまだ慣れてるほうの後輩二人だよ!?」
「あの人はもう……ちょっと呼んでくるね」
「え、フーちゃんが行くの!?」
「ライバー5人いて配信主がいないことある?」
〈マリエル……〉
〈ほんまあの小心お嬢様は〉
〈さすがに押しかけるべき場面だぞこれは〉
〈仕掛け人だよねあの子?〉
〈少なくともパンドラ心愛よりは先に来るべきだった〉
〈なんでフロルが行くんだよ!〉
〈ゲストしかいないんだが〉
〈誰かに行かせればいいのに……〉
〈最近のフロル、まとめ役放棄しがち〉
さすがにじれったいし、あえて私が行くのが一番ネタになるから迎えに行くことにした。どうやら収拾をつけることを望まれていたみたいだけど、私はそもそもツッコミに徹するつもりはない。あとこういうときに受け身に回り続けていたら、そのままズルズルと振り回されるばかりの役柄になってしまうのだ。ソースはハヤテ先輩。
というわけで一人で廊下に出て階段へ。しばらく私の話をしているだろうからゆっくりでいいか。マリエル先輩は自分からは来ないけど押しには弱くてすぐ応じるし、あんまり行きを急いだらすぐに戻ってきてしまうから。




