#76 むしろデビューから誘うまでの間「あいつら珍しくイチャつかないな」と思われてた
「満足感ヤバかったなぁ」
「古宮都、恐ろしい女ね……」
「また推しが増えたわ」
もはや当たり前ではあったけど、ファンファンにおけるみゃーこの受けは相当よかった。まさにああいうものを求められているから、会心の出来といっていい。
翌日曜日はみゃーこ当人はお休み、私が雑談枠扱いで振り返りの話をするに留まった。そうして週が明けた月曜日の学校、いよいよ全員登校が残り一週間となった教室の一角は案の定みゃーこの話題で持ち切りだった。
「……これにやけないの大変だね」
「普段から表情を作れるようにしといた方がいいよ。今は隠しといたげる」
「うわ、またイチャイチャしてる……」
「女子校のノリだよね、これ」
そのみゃーこ当人、双葉は満更でもない一方、表情を誤魔化すのに必死だった。……まあ、そうだよね。私もけっこう苦労はしていた。
橙乃に隠す必要がないのは救いだろう。それどころか味方だから、向こうのV沼グループとの間に立って体で隠してくれている。その上で私が双葉の膝に座る形で隠しているから、仮に表情がおかしくともそうそう見えはしまい。……べったりイチャついているみたいになっているのはあくまで副産物だ。
「……あ、朱音。おはよ」
「おはよう。……そちらの二人は本当に、女子校かというほど近いですね」
「それ今ことりにも言われたよ。春から学部が違うからか、最近特にべったりでねー」
「今のうちにりっちゃん成分を貯めておかないと」
九鬼朱音は起床は早いようだけど、登校は早くも遅くもない。朝から自習やらウォーキングやらしているそうで、彼女の勤勉さにはどうも追いつける気がしない。元々この内面完璧少女に精神や能力面で勝てるとは思っていないから、私はひとつに集中して差別化をするばかりだ。……別に朱音がいなくてもそうだけど。
今ここにいる五人のうちことり以外は内部進学だけど、学部は分かれることになる。私と朱音、双葉と橙乃がそれぞれ同じになる予定だ。双葉は今それをくっつく理由に使ったけど、なんか背中に頬擦りされている感触がある。それにかこつけて素で甘えてこられている気がしてならない。
……素朴な疑問なんだけど、なんでハルカ姉さんは学部に悩んだ私に経営学部を勧めたんだろうね。将来的に引退後は電ファンの経営に取り込むつもりなのだろうか。
「あ、またちっちゃいのクラブが集まってる」
「帰りますよノンデリ上さん」
「あーれー」
「ごめんねー朱音さん」
「いえ、事実ですし、気にしていませんよ」
「私たちは!?」
「律と双葉は何言っても許してくれそうだし」
「事実だけど舐められてる……」
教室に入るやいなや遠慮のない発言をして咎めに来たV沼組の方へ引きずられていく美崎。ただ、彼女に朱音はそこそこ気を許しているように見える。朱音はなんというか、蝶よ花よと育てられてきたからか、臆せず普通の友達の距離感で接するほうが喜ぶんだよね。私も学ばせてもらっているし、たぶん双葉もそうだ。
それに本当に自身の体格のことは気にしていないらしい。無事に生きて育つことができただけで幸運だったから、病に打ち勝った証ともいえる成長不足の小柄さも嫌いではないと。確か小児白血病と言っていたから「生きているほうが幸運」というのはあながち間違っていないのだろうけど……そもそもそう生まれてきたことを受け入れてポジティブに考えられるあたりに、人柄が出ているというか。
なんだか人として負けている気分になるというか。私はイミアリ的な役に立つまではもう少し育っていたらと思ってしまっていたし、“我ただ足るを知る”の境地には辿り着けていないから。
ちなみに、私が149cm、双葉が147cm、朱音は143cmだ。朱音のこれはマギにゃとほぼ同じくらいである。
「とはいえ、二人が嫌だと言うのならやめていただいた方が、とは思いますが……」
「んん、別にいいよ? 朱音と同じカテゴリって思えばむしろ役得」
「いっそ結成しちゃう? 朱音もここに座って」
「待って待って、さすがにそれは私潰れちゃう」
そういうことになった。クラスで三人だけのU149、なんやかんや連帯感はあるのかもしれない。
そうこうしているうちに双葉の表情も解れていた。いつも通りの会話でいい具合に緊張が解れたのだろう。せいぜい一週間誤魔化せば年明けからは自由登校だし、この分なら問題なさそうかな。
橙乃は最近私たちといることが多いようには見えるけど、実際は朱音と連れ立っていることの方が多い。さすがにプラス二人を含む幼馴染四人で集まっているときに近付いても話についていけないし、橙乃以外は知らない上にああ言われてはいても鋭いから気をつける必要もある。
私たちはことりと双葉の三人で固まることが元々多かった。双葉が結果的に身内になったことで収まりもよく話もしやすくなったけど、組み合わせそのものは真新しくもないから違和感を持たれたりはしない。
「それにしても……なんというか、双葉よりもむしろ律のほうが達成感が強そうにすら見えるね」
「あ、思った。そんなに私に賭けてくれてたんだ、というかさ」
「あー……それか。ちょっと恥ずかしいんだけど……」
このあたりはしっかりバレていた。このクラスには鋭い人が多くて敵わない。おそらく橙乃にも、フロルがという認識では朱音にも気付かれていることだろう。
ちなみに事実だ。私は割とけろっとしていたみゃーこよりももしかしたら色濃く、自分の初配信並みの達成感を感じながら昨日の雑談をしていたし。私自身がよく見られるよりも気に振れ幅がありがちなこともあるけど、こと今回ここにはちゃんと理由があった。
「これまではあくまで、どこまでいっても自分が上手くやれてただけだったんだけど。人の手助けを成功できたのって、それとはまた別の感覚で自己肯定感に響くというか」
「ああ、つまりより改善されたんだ」
「私はそれにどうこう言える立場にないとは思うけど、よかったと思うよ? やっぱり民草的には、新人面接のときのは記憶に残ってるし……あれはあくまで荒療治で、本人が自発的に自信を持てないと解決にはならなかっただろうから」
なんというのかな。やっぱり成功体験は大事なんだけど、自分自身の成功だと「周りに恵まれたおかげ」という意識にどうしてもなってしまうところもあった。
だけど、今回ことを成したのはみゃーこだ。それを私が「周りのおかげ」なんて偉そうに言えるわけもないし、そもそも私自身がその「周り」側だ。一方で、みゃーこが上手くできたことに私が関与していないとするのは、さすがに放り投げになってしまう。
要は、どう足掻いても私の功績も多少は含まれる形になっていたのだ。そうして自分でも受け止めやすいように、今回は半ば自分から全面的な協力を買って出ていた。
結果としては狙い通り、私は欲しかった自己肯定感を感じることができた。あくまで主役はみゃーこで私のは副産物だから後ろめたさもないし、それで浮かれたところが雑談にも漏れ出てしまったのかな。
「じゃあ、いよいよ万全になったと」
「そう思いたいな。少なくとも自覚的にはそう」
「長かったねぇ」
「ことが動いてからはそんなに期間も経ってないけどね」
まあ、ネガティブなことを考えてしまうことは新人面接の時点でなくなっていたから、気分がさらに少し上向いただけではあるんだけど……肩の荷は確かに降りた。
少しだけ複雑な気分だったんだ、自分自身の肯定感が曖昧なままファンから全肯定されるの。我ながらめんどくさい情動だけど。
「双葉はこれから慣れていくものだと思うけど、律はこれで一旦落ち着くのかな」
「うん、しばらくは通常活動だけ。といっても、大晦日には彼岸が見えるけど」
「あー……頑張ってね」
「気のない言葉だなー」
まだデビューから二ヶ月だけど、ここのところは普段通りの活動状況とはいえなかった。双葉を誘ってから一ヶ月経つということは、現時点では日常と非日常の期間が半々ということになるけど……そこはいいか。
大晦日には毎年恒例の特番があるから、今はそれの準備をしているところ。去年の時点ではハヤテ先輩が一人で仕切っていたところに私が入って楽になる……かと思いきや、去年と比べるとライバーの数が倍近くになっているんだよね。たぶんあの地獄が再演されることになるだろう。辞世の句とか要るかな。
「じゃあ、そろそろお邪魔しようかな」
「あ、来るの? わかった、じゃあ用意しとくね」
「おー、例の!」
「せっかくだから今週以降にしておきたくて、待ってたんだ」
もっとも、Vtuberの活動なんて毎日が一大イベントなくらいでちょうどいい。やりたいことも予定もいくらでもあるし……ことりも動いた。どうやら年内にはオフコラボとなりそうだ。
ここからストックが尽きるまで火曜の金曜の週二更新です。よろしくお願いします。




