#74 電ファンらしく初配信からかっ飛ばす大型新人・古宮都【電脳ファンタジア切り抜き】
「ってわけで、どん!」
“
古宮都
種族:猫又
年齢:16
誕生日:2月22日
身長:157cm
”
改めて詳細な自己紹介に入ってプロフィールを出してきたみゃーこだけど、これには即座に総ツッコミが入った。無理もない、数少ない事前情報とすら食い違っているから。
〈ちょっと待て〉
〈そんなに身長ないだろ〉
〈見るからにそこまで高くなかったけど〉
〈157cm……?〉
〈フロルの背中に隠れられるって〉
「え、なんですか? 身長? 別に私はこのくらいですけど……」
そう、身長だ。みゃーこはイレギュラーな経緯でのデビューで、既にファン研にて3Dの全身姿を見せている。そこでは149cmの私とほぼ変わらない様子がもう披露されていた。……それに、覚えている人もいた。そう、私は五日前にもみゃーこの身長が私よりも低いことを示唆している。
ただ、これは別になんの脈絡もない数字ではないんだよね。プロフィール欄の隣に置かれた全身図を見て、気付いた人もいた。
〈もしかして下駄履いてる?〉
〈高下駄まで含めてるのかよこれ〉
〈都ちゃん、身長計は靴を脱いで乗るものなんだよ〉
そう。この古宮都、立ち絵で着物ドレスによく似合う下駄を履いている。それも10cmの高下駄だ。
ファン研のときは制服姿で靴も普通の上履きだったけど、確かにこの平常モデルではこの高さになるのだ。とはいえ、それを身長に含むはずもないことは周知の事実。
「……ちぇ、ばれたか」
〈あっ〉
〈逃げた!?〉
〈ついにミスじゃないのにタイムリープし始めたぞ〉
〈ばれたかじゃなくて〉
〈なんでこんな面白い子が埋もれてたんだ……〉
旗色を悪くしたみゃーこは、逃げた。画面に箱を被せたのだ。これまではミスのカバーの形だったけど、これは明らかに悪意だった。
ただ、さすがにこうして箱を被せる度に最初まで戻っていたらキリがない。これまでと違うところとして、箱の手前を猫が横切った。その猫が「ちょっと飛ばすね」と書かれた横断幕をたなびかせながら引っ張っていくと、これまでより早く箱が退いていく。
「ってわけで、どん!」
今度の巻き戻しはプロフィール欄を出すところから。あくまでエンタメだから、わかればいいのだ。
出されたものはさっきとほぼ同じだったんだけど……身長の「157cm」には打ち消し線が入っていて、横に手書きフォントで「147cm」と追記されている。
〈そうそうこっちでいいのよ〉
〈10cmも下駄履いてたのかよ〉
〈こっちのほうが可愛いから元気出して〉
〈ありのままで売り出していけ〉
「名前は古宮都、みゃーこって呼ばれてます。響きが可愛くてお気に入りだから、ぜひそう呼んでもらえたら嬉しいなっ」
〈みゃーこね〉
〈かわいい〉
〈猫っぽくてかわいいよね〉
〈みゃーこ呼び了解〉
〈同期女子ではもう浸透してるっぽいしな〉
〈変なことしでかさなければガチでかわいいな……〉
〈圧倒的かわいさ、しかし芸人〉
〈電ファンなんかに入るから……〉
思えばスカウトのあの日、出来心でみゃーこと呼んでみてから一気にキャラが形成されていった気がする。もしかするとあの段階で何かを掴んだのかもしれない。
ようやくかわいい新人ライバーらしくなってきた雰囲気の中、しばらく自己紹介が続く。
「種族は猫又で、尻尾が二本あるのがトレードマークです。みなさんのところと少し違って、電脳学園には獣人の子もいるんですけど……あの子たちとはちょっと違うんですよ?」
〈ほー〉
〈やっぱりバーチャル東京は違うのか〉
〈まあハヤテとかおるし〉
〈ハヤテ以外にも獣人いるんだ〉
〈みゃーこは別と〉
黎明期のまだ世界観がふわふわしていた頃にハヤテ先輩が生まれて、しかもそれがファン研に迎合したことでこのあたりの設定は曖昧になっている。バーチャル東京には獣人は普通にいることになっているけど、その姿はハヤテ先輩以外はまだ確認されていない。みくら先輩は稲荷神で、みゃーこもただの獣人ではないから。
「好きなものは……いろいろかな。好奇心を満たせるものなら割と見境なく手を出しちゃいます。楽しいものは全力で楽しみたいので!」
ここはみゃーこの本音だそうで。私も初配信である程度似たようなことを言った覚えがあるけど、幅広く活動するための宣言だ。
もっとも、好奇心が旺盛なのは元々。その気になればできることの範囲が広い電ファンに入った以上、これからはいろんな姿を見せてくれるだろうし……私もやりたいから一緒になることも多そうだ。
「誕生日は……安直ですよね、実は後から決めたんです。化けた日が誕生日というのもちょっと違うし、猫として生まれた日なんて覚えてないし……でも、みんなで盛り上がる日は欲しかったから」
〈健気な子だ……〉
〈なんか律儀だな〉
〈こんなにいい子がライバーでいいのか……?〉
〈ここまでコント祭りだったけどもしかしていい子枠だったりするのか〉
まあ、ライバーにとって誕生日は大事だからね。中身と同日にする人もいれば別にする人もいるけど、当然ながら私とみゃーこは別だ。偶然でみどりの日や猫の日に一致したりはしていない。
……と、しばらくは巻き戻しなしで進めていたんだけど、みゃーことしては何事もない進行はあまりお望みではないようで。
「で、年齢……16歳です。ちょうど年頃の少女、ですよね?」
〈せやな〉
〈圧が強い〉
〈そうだから落ち着いて〉
〈*葵陽 -Aoi Haru- 【電ファン】:でも猫としては割と〉
「あ゛?」
コメント欄に現れて割とあんまりなことを言い出した陽くんに、みゃーこは低く濁った声で凄んだ。意外な才能とはあるもので、あんなに小動物的でころころとしていて声の高いみゃーこからある種寒気がするほど見事な声色が出てくる。
そしてそのまま箱が被せられて、猫と横断幕。戻ってきた頃には何事もなかったかのように元通りの表情だった。
「で、年齢……16歳です。ちょうど年頃の少女、ですよね?」
〈はい〉
〈その通りです〉
〈そうですね〉
〈こんな露骨なサクラある?〉
わかりやすくなるよう陽くんを使っているように、言うまでもなくサクラだ。一発でわかるほど露骨でないと、どうしても雰囲気が悪くなってしまう内容だからね。
ただ、プロフィール欄の年齢のところにだけは変化があって、「16」の横に「(化け猫としては赤ちゃんみたいなもの)」とこれまた手書きフォントで追記されていた。
これは事前に用意されていた差分で、ワンクリックで入れ替えられるようにしてあった。ここまでするのは初配信や準備をした特別回くらいだけど、やろうと思えばライバーはこのくらいの配信展開のコントロールはできるものなのだ。
「私はちょっとイレギュラーな流れでデビューすることになったので、気になってる人もいるかもしれませんね。ちょっとだけ、なんでこうなったのかお教えしちゃいます」
〈マジ!?〉
〈いいの?〉
〈気になってはいたけど〉
〈スカウト組だし、ルフェやフロルみたいになんか面白いことになってそう〉
これも予定していた流れ。といっても問題ない範囲内だけだし、ここにもちょっとした狙いがある。
「実はですね、確かにスカウトはされたんですけど、ライバー……というかVtuberになりたいって言い出したのは私の方なんです」
〈ほう?〉
〈それはどういう〉
〈とりあえずフロルみたく内部に抱えてた線は消えた?〉
「擬態中のフーちゃん……フロルちゃん、というかsperせんせにね、そうと気付かずに準備の仕方とか相談しちゃって。それを聞いたフーちゃんがハルカ姉に話したみたいで……すぐに呼び出されたと思ったらそのまま電ファンの巣に」
〈そんなことある!?〉
〈知り合いに絵師がいたから相談したらそのまま伝手で引きずり込まれたと〉
〈そんな神引きをしたみゃーこもだけど秒で引き込んだ電ファンも大概だな〉
「もともとは、電ファンに入るつもりじゃなくて。憧れを執着にしたくなかったから、オーディションも受けずに個人勢やるつもりだったんです。……気付いたら、こんなことに」
〈おっと?〉
〈憧れを執着に、か〉
〈さては元々ファンファンだな?〉
〈推しを神格化するタイプのオタクだ〉
〈はて、最近どこかで似たようなタイプを見たような……〉
だいたいこのくらい。これ以上は明かせないけど、ここまではみゃーこ本人も言いたいと言っていたし、言った方がいいということになった。特に、みゃーこが元は重度のファンファンだったことは。
それによって今後もみゃーこがファンファンしぐさを出しやすくなるし、ファンとの親近感も生まれる。加えて、みゃーこ自身は遠慮したけど、私たちが引き込んだことで「ファンファンがライバーになること」を肯定もできればいいな、とも思ったり。
彼女の特異的な立場は私とは異なる方向性で、みゃーこ自身も電ファンとしても活かしていこう、というくらいの話にはなっているのだ。
……さて、そろそろかな。
実は古宮都の初配信は、本人ができると言って台本を組んだことで二部構成になっている。このうち後半については、相談に乗った最初からの仕掛人以外はライバーたちも知らされていない。なにしろ初期設定にはなかったから。……たとえば、陽くんも知らない。
本人の言葉を借りるなら、ここからが本番だ。
私は音を消して手元のスマホで配信をつけた。前には学校でも、双葉の隣で隠れてやっていたことだ。あの時と違って双葉、もといみゃーこに隠したりはしていないけど。
そのままコメントを打ち込んで、タイミングを見計らう。配信はつつがなく進んでいて、また巻き戻し芸を始めていた。
「……誰推しだったか? 教えてあげませんよー」
〈声震えてますよ〉
〈またポロってたし……〉
〈民草ならさっきの経緯で度肝抜かれて大変だったろ〉
〈*Flor ch. 月雪フロル【電脳ファンタジア】:またこの子次元の狭間に迷い込んでる……〉
「あっ、フーちゃん! ……え、次元の狭間? もしかして“再観測”できてない……?」
〈フロルもよう見とる〉
〈フーちゃんちーっす〉
〈自分のファンをこんな風にするのはさぞ楽しかろう〉
〈次元の狭間?〉
〈次元の狭間ってなんぞ〉
〈再観測……?〉
〈何の話?〉
〈もしかして巻き戻しのことを言ってるのか〉
〈なんか動き出したんかもしかして〉
〈巻き戻し芸だけじゃなかったんか〉
〈電ファンっぽくなってきたぞ!〉
ちなみに「誰推しだったのか」という質問に対して、ぽろっと民草と口走ったことで盛り上がったコメント欄から逃げるように箱を被せていたところだった。……よくやるよね、みゃーこも。ここで私がコメントを挟むまでの話題繋ぎはアドリブなのに。
ともかく、ここからは隠し設定を解放して全開。ここまでに見せてきた脈絡のない巻き戻し芸を含めた回収パートに入る。
「う、うわぁ……やっちゃったぁ……。じゃあアレもコレも全部みんなに見られてたんだ……」
〈おっついに気づいたか〉
〈バッチリ見てたぞ〉
〈ヒント:コメ欄〉
〈それは言わないお約束〉
〈寸劇が楽しいからなんでもいいです〉
〈再観測ってなんですか?〉
〈さてはみゃーこ、なんか隠してるな〉
そう、みゃーこはただの猫又ではない。新たなパーソナリティを得て、それを使って遊ぶために初配信全体を使って仕込んでいた。
種明かしだ。……また、ごく一部にはもうわかっていそうなコメントも少数見て取れるけど。
「それなら仕方ない。私について改めて、ちゃんとお話しますねっ」




