#65 みゃーこも大概肝座ってるよね
かくして準備すらする前に電ファンへの所属が決まった双葉だけど、まだ確定したのは電ファンライバーとしてのデビューだけだ。決めなければならないことはたくさんある。
私の部屋にある、ライバーには試供品の扱いで支給される機材の使い方や性能などを見せつつ、その話もしていくことになった。
「とりあえず……双葉は近くに一人暮らしだったよね。ハウス、入る?」
「入る。そのほうがいいとも聞くし、そうしない理由がなさすぎるもん。音の問題とか、特に歌とかどうしようか悩んでたの」
「じゃあ引越しの準備しておいてね。転居と手続きは事務所がやってくれるけど、荷物は見られたくないものがあったら自分でやらないと」
「うん。まあそういうのはないけど、なるべく手間かけさせないようにはするよ」
双葉にしてみればあまりにも棚ぼたとしか言いようがない展開に、必死になりすぎないよう遠慮したはずの推し箱への加入に、そして元の予算ではさすがに手が届かない機材や活動に最適な住居に……まだ現実感がなさそうながら有頂天な様子だ。無理もないと思う。
そして私はというと、三年前に似たような身の上になったのに逃げ続けた自分にそれがぐさぐさ刺さっていた。
「ここ、ライバーさんが何人も住んでるんだよね。イレギュラーだし、あとで挨拶に行かないと」
「あ、それなんだけどね」
ライバーならさほど気にする必要もないにせよ当たり前の発言だったけど、これにハルカ姉さんが反応した。
……そう。実はハルカ姉さん、ひとつ腹案を抱えていた。私がそのイタズラの片棒を担ぐことになったのは、双葉の話をしてからだったけど。
「双葉ちゃん、もうデザインの依頼をしていたりするかな」
「いえ、まだです。やりかたがわからないから相談したのがきのうで、そこで手助けしてくれることになったので」
「それなら……双葉ちゃんにはひとつお願いがあるの。……負担かもだから、断ってもいいよ」
これにどう返答されるかは、私にもわからない。双葉はただ不思議そうに、こんなタイミングでされるお願いに想像がつかない様子で首を傾げている。
ハルカ姉さんはそんな双葉に、一枚のコピー用紙を手渡した。いわゆる三面図だ。
「やりたくなかったり、もうなりたいものが定まっているなら気にしないで。それならこれはなかったことにして、作るところからサポートするから。ただ、もし乗ってくれるなら」
「これは……こないだのファン研の」
「双葉ちゃん。……よかったら、この子───古宮都にならない?」
そう。ハルカ姉さんの腹案というのが、これ。ファン研で作られた妄想キャラクター、多くのファンファンが願望のままに風呂敷を広げはじめた古宮都を、本当にライバーとして出してしまおうというものだった。
試みとしてはあまりにファン感情を鷲掴みにするもので、ハルカ姉さんらしいやり方だ。……実現性さえ横に置けば、だけど。
普通はやりたくても適任がいなくて、そうこうしているうちに熱が冷めてしまうものだろう。ならばと用意してからやってもしっかり話題になってくれるかは博打だし、外したときに着地点がなくなってしまう。
ところが、私が偶然ちょうどのタイミングで持ち込んでしまったわけだ。人懐っこいムードメーカーで、下世話な話もするけど本人にその気はなくて、頭はいいけどノリで話して、動きが若干ぴょこぴょこしている、小動物系でころころとした元気少女を。それも私がお墨付きを与える形で、これからVtuberになろうとしているというおまけ付きで。
こんな経緯で出すライバーは特に、一発芸で終わってしまわないようにしなければならない。そこすら私の太鼓判で満たしてしまったことで、ついにハルカ姉さんは実行に出た。
ただ……もちろん双葉にも選ぶ権利がある。なりたいものが決まっているかもしれないし、もっと違う自分になりたいかもしれない。リスナーとしての感想ではいたく気に入っていたけど、自分がなりたいかどうかは別問題だろう。
それでも、分の悪い賭けではないと私は思っていた。果たして、双葉の答えは。
「いいんですか!?」
「やってくれるの?」
「もちろんですっ! むしろ電ファンの外で、どこまで似せても怒られないかとか考えてたくらいでっ」
「……奇遇って、あるものなんだねフロルちゃん」
「ハルカ心の俳句……じゃなくて、そだねぇ。やりたかったんだ。私もここまでドンピシャだとは思わなかった」
「むしろ私、都が人気になるの見て背中を押されたくらいだし……たった今まで、ダメ元で都をやらせてもらえないかお願いしようか考えてたのっ」
こういうの、ご都合主義というんだっけ。最初からこうなるべきとばかりにぴったりハマったけど……なるほど、全くの偶然というわけではなかったんだ。双葉がVtuberを志してことりに相談したこと自体が、同じものに起因していたから同時になったと。
まあ、結果として全員の最大幸福になったわけだ。これ以上のことはないだろう。
さて、そうなるといろいろと連鎖的に決まることも出てくる。
「となると、ママはもず先輩ってことになるよね」
「エティアちゃんと同じになるね。彼も張り切ってくれるはずだよ」
古宮都をデザインしたのはPROGRESS三期生でもある不如帰もず先輩だ。彼はもう一人ライバーをデザインしたいと公言していて五期生の一人を狙っていたけど、だいぶ早く叶うこととなった。
急な話になったことは気の毒でもあるけど、今回も相当楽しんでデザインしたようだから心配はいらないだろう。
「扱いとしては四期生で……これPROGRESSってことになるの?」
「どっちでもいいけど、たぶんならないかな。デビューがズレただけで、経緯はルフェちゃんと近いし」
「フロルちゃんと同期……」
「つまりみゃーこのこと愛でていいってこと?」
「みゃ、みゃーこ……もっかい呼んで」
「可愛すぎるでしょみゃーこ!」
そうなると、扱いは四期生のナンバリング、二ヶ月遅れの七人目となりそうだ。五人組の慣例は私が壊しておいたから問題もないだろう。
突如推しと同期になることになったみゃーこはふわふわしている。あだ名で呼んだらこの反応だ、可愛いやつめ。撫で回してやろうか。
「あ、でもみゃーこ。ライバーのファンクラブは退会しておいてね」
「あっ…………ね、ねえ、フロルちゃん……フーちゃんのだけでも、だめ?」
「最高に可愛いけど、だめ。悪いけどルールだからね」
「はぁい……」
しゅんとしている。……だめだ、この子ちょっとあざとすぎる。突然のフーちゃん呼びといい、友達として接していたときよりも破壊力が上がっている気がする。このままだと私の心臓のほうがもつかどうか……。
「あと……ある程度配慮はしてくれるし、時期的にマシとはいえ、それでもスケジュールはきついよ。そのあたりは私も同じだから、できる手助けはするけど」
「うん、頑張る」
「でもまあ、この時期でよかったよね。聞く限り、もっと早くなってたら部活どころか文化祭や体育祭も修学旅行も行ってる場合じゃなかったんじゃない?」
「だろうね。私でも最後の文化祭は半端になったし」
続けてライバーの厳しい側面とか……今の私のスケジュールとか。みゃーこも最初のうちはちょっと特殊なスケジュールになるだろうから。
私は三年かけてちまちま身につけたレッスンは、みゃーこはこれからやらないといけないし。とはいえ登校がある来月いっぱいは控えめにして、年明けからは相当なハードスケジュールになるだろう。そのあたりは私もできる限りのサポートができたらいいと思う。
……内部進学の利点だよね。この時期、普通の高校生は一番忙しいはずなんだけど。
「それとライバーへの挨拶だけど、悪いけどまだ取っておいてくれないかな」
「というと……あ、もしかして」
「うん。次のファン研で、サプライズで初登場してもらうから。それまでは少なくとも、ファン研のレギュラーには存在を知られるわけにはいかないんだ」
さっきイタズラと呼んだのはこれのこと。ファン研のメンバーにはみゃーこの存在は伏せておいて、収録中にいきなり見せるドッキリを敢行する。
向こうはそもそも知らないしダミー企画もない。急に決まったことだから……たぶん、メンバーが撮影中だと思っていないタイミングでやることになるのかな。
「だから、都ちゃんの今後の予定だけど……来月頭に収録のファン研でお披露目して、それが公開され次第その週の土曜日にデビューすると告知。改めて通知するけど、12月の……15日にデビューになると思うよ」
「わかりましたっ」
「フロルちゃんもちょっと予定変更ね。来月の二本目がそれに変わるから、そこで仕掛け人としてお願い。二本連続で出てもらうし、二本目はそのまま仕切って」
「任せて。陽くんと三人クラスメイトってことになるのかな」
「それまではオリエンテーションと練習だね。あんまり期間はないけど、最大限サポートするから」
という形で、私は追加でもう一本出ることになった。役割としてはみゃーこを連れてきて、そのまま彼女のサポートになるかな。初行動が配信ではなくいきなり公式番組になってしまうから、少しでも負担を少なくやれるように手助けする役割だ。
それにしてもみゃーこ、いきなり責任重大な役回りなのに楽しみそうだ。そうじゃないかとは思っていたけど、やはり胆力があった。