#64【絶叫】古宮都誕生秘話【#電ファンスナップショット】(編集前)
翌日。
「りっちゃん」
「ん、来たね」
私は放課後に双葉を呼び出した。名目はVtuberの話での相談というか提案だから、ことりも一緒だ。
集合場所にはハウスから最寄りの駅を選んでいる。このあたりにはしっかりお出掛けに向く通りがあるから、集まるまでの間に違和感は与えずに済んでいる。
「いったん任せてほしい、ってことだったけど……どこ行くの?」
「こっち」
まずはロータリーに停まっている車の一台に誘導する。それ自体は何の変哲もないミニバンで、車内には運転手一人。
私が後部座席のドアを開けると、最初にことりが乗り込んだ。それにつられて不思議そうに、送ってくれるんだと多少困惑しながら双葉も乗り込む。空いているのに中央の狭い席に座らせる理由もないから、私は扉を閉じて助手席に回った。
「先に謝っておくね。これから、すっごく振り回すことになると思う。ごめんね」
「え? どういうこと……?」
「じゃあ、出しちゃっていいよ」
運転手は黙って頷いた。……わざわざ出てきた時点でそうだけど、この人の悪い所が出ている気がする。
三人で話をしていればさほど時間はかからず、車は目的地内部の駐車場に停まった。外観的にはただの高層マンションだ。
「えっと……りっちゃんのお家とか? でも確か一人暮らしじゃなかったっけ……?」
「……」
「ねえ、こんなよくわかんないタイミングで黙られるの怖いんだけど」
対外的にはそういうことになっているから、混乱もよくわかる。私としても申し訳ないんだけど、屋内に入るまでは迂闊なことは言えないんだよね。
そのまま建物に入って、エントランスを抜けて階段で二階へ。……エントランスの時点で靴からゲスト用のスリッパに履き替えさせられたあたりで、いよいよ双葉の疑念は深まったようだった。同じく初めて来たはずなのに、疑問符ひとつなく隣を来ることりがどこかシュールだ。
そのまま二階の共用リビング……はスルーして、三階にある私の部屋に入って扉を閉じたところで……運転手は口を開いた。
「さて。まずは……ようこそ、電ファンハウスへ!」
「へ? ……って、この声、もしかして───」
「改めて、明日ハルカです。……あなたのことを聞いて、連れてきてもらったんだ。電ファンにスカウトするかどうか、本気で考えるためにね」
「───ええええええっ!?!?」
うん、無理もない反応だと思う。ほんとごめんね、驚かせて。ハルカ姉さんの命令だったんだ。
ここまでをまとめると、こうだ。
昨日の昼、双葉は「絵が上手くてイラストレーターの事情に詳しいかもしれない人」と「なんとなくVtuber界隈にも詳しそうで相談相手にできるかもしれない人」に声を掛けた。それを受けて私はこちらの事情で黙っていることができず、その旨を話した。
すると、こうなった。
「ね、ねえりっちゃん! これどういうこと!?」
「ごめんね双葉、これ私にもコントロールできないの……」
「とりあえず、そろそろ正体をバラしたら?」
よかれとは思ってやっているけど、私としてもこれでいいのかはわからない。ことりは別としても、妹を含めてデビューからわずか一ヶ月で三人にバレたりバラしたりすることになったのだ。ライバーの正体ってこんなに明かすものだったのかな?
ことを話したら「せっかくだから私もついて行こうかな」と言い出した、元々いつでも来ていいと言われていたことりが促してくる。なんだかいよいよ不条理ギャグみたいで気は進まないんだけど、ハルカ姉さんには「これも三年待たせた禊で、これまでにやってくるはずだったことが詰まってるだけだよ」と言われている。今の私は「なんでもっと早くデビューしなかったんだ」という詰問に弱いのだ、図星だから。
まあどちらにせよ、私が声色を変えて明かさないことには話が進まない。
「───ハルカ姉さん、ちょっと整理に時間もらっていい? こうなるのはわかってたし」
「うん。じゃあその間に」
ことりを手招きして内緒話を始めるハルカ姉さんと……表情が抜け落ちた双葉。そうだよね、そうなるよね。わかるよ。
「……………………フロル、ちゃん?」
「うん」
「りっちゃんが?」
「そうなんだよねぇ」
「」
「双葉ーっ!?」
そう。真実を目の当たりにして卒倒したこの宇田川双葉という少女、民草なのだ。それも重度の。
彼女は目の前に、そしてこれまでもずっと近くに推しがいたことに耐えられなかった。かわいそうに。
「つまり、私は意図せずして現役のライバー当人、それも推しに相談しちゃってて」
「うん」
「しかもなんかスカウト権限持ってたから、私がやれると思ったフロルちゃんは話さないことができなくて」
「そうそう」
「話したら秒でスカウトまで話が飛んだと」
「なんで私、ここまでの権限とか影響力あるんだろうねー」
まあ今回ばかりは本格的に一枚噛んでいるから、あまり責任逃れとかはできないんだけど……双葉は見るからに喜色満面だった。ひとまずよかったよ、ほんと。
「そっか……私、フロルちゃんから見て合格なんだ……」なんて可愛いことを言っている。それで自信になるのは私のほうだ。
「それで、電ファンとしてはスカウトするということになるんだけど、私しか見たことないから一応チェックで連れてきてと言われてて」
「それでここに……。そっか、雪ちゃんでフロルちゃんだからここに住んでて、あとのことはカモフラージュなんだ」
「そ。……で、確認なんだけど……ハルカ姉さん」
「うん、見ればわかるよ。お手柄だったねフロルちゃん」
「今回ばかりは私もそう思うよ」
正直なところ、本当に運がよかった。たまたま同級生どころか親しい友達で、しかも信頼を得られていて相談まで受けたなんて。デビュー前に捕まえられたのはひとえにそのおかげだ。
「で、でもまだ、決まってはないんだよね? ぬか喜びしちゃ」
「いや、もう正式オファーさせてもらうよ」
「なんで!?」
なんでとはご挨拶な、と思ったけど、双葉視点だとそうか。
「まだ何も見極められてないですよね!?」
「ううん。もう見たいところは見られたよ。車の中で話も聞かせてもらったし」
「ええ……? される側に実感のない選考ってあるんですね……」
「前提の『ちゃんと面白い子』って部分は、フロルちゃんが認めた時点でそれ以上探る意味もないからね」
そう、その旨のことは私は昨日の時点で言われていた。ハルカ姉さんは私のことをどこまで信用しているのやら。
一応これまでの関わりであった面白いことや話はしたけど、基本的には私の判断に任された格好だ。まあハルカ姉さんがいいなら、話になった以上双葉を推薦したい私としては否やはない。
「前に言ってたのはPROGRESSとしての勧誘条件だったけど、たとえば双葉にとって電ファン入りに利点があるかどうかでいえば、あるよね。まだ始めてないどころか、何も揃えてないところから全部用意してもらえるし」
「そ、そうだね。そう考えると余計に恐縮なんだけど……」
「投資だから気にしないで受け取って。……一方で、キャラ負けはしないと私は思うし」
「性格面は見ていても大丈夫そうだし、フロルちゃんがここまで付き合う相手なら大丈夫だって判断できるよ」
これは今そこにもいるsperとの作業雑談で言ったことだったかな。あれはオーディションを受けた場合の選定基準を満たした上で、さらにスカウトの場合求められる条件だ。といっても、ひとつめは双葉がVtuberを始めようとしていること自体で、ふたつめはまだ決まっていないことでも満たせている。
性格についてはこれも信用されているけど、もちろん私も問題やリスクのある相手と優先して付き合ったりはしない。二年半見てきた限りでは、双葉なら大丈夫だろう。
「だからあとはひとつだけ。……覚悟はできる?」
「そうだね、それだけ。電ファンに入ってくれるなら、もちろんしっかりやってもらうことになるから。気楽に趣味としてやる方がよかったら、もちろん断ってくれてもいいよ」
覚悟、つまり本気でやれること。電ファンライバーは生半可なやり方では務まらない。表に見える配信だけではないし、活動に関係ない他のものをある程度捨てる必要がある。これからの大学にしたって、できる課外活動は最低限のことだけ。私もだけどサークル活動なんかは厳しいだろう。
それにあのとき言ったように、電ファンに入るなら「やる」ではなく「なる」必要がある。Vtuberとしてだけなら必ずしも必須ではないそれを拒む権利はあるし、実際それで断られたこともあった。
これに双葉は、ひとつ深呼吸をして。
「よろしくお願いします」
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございますっ!」
なんともとんとん拍子だった。双葉は電ファン加入を「理想だけど諦めておく」としていたから、いざ誘えばこうなるとは思っていたけどね。
久々の特大のイタズラだったけど、これは善行扱いでいいよね。




