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【切り抜き】10分でわかる月雪フロル【電脳ファンタジア】  作者: 杜若スイセン
再生リスト3:あの子はフロルが連れてきた

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#63 フロル、二度目のスカウト(不可抗力)

 ことは撮影日から二週間と少し、発端の動画が公開されてすぐまで遡る。




「ことりって、すごく絵が描けるよね?」


 その第一声にさしたる意義はなかった。発言者である双葉はことりともかなり親しいから、そのくらいのことは知っているのだ。


 今更ではあるけど、我らが晩生野(おくての)大附属高校は相当な偏差値を誇る。日本最高級の私大に自動進学ができる附属高なのだから当然といえば当然だけど……ここでトップクラスの成績を叩き出しながら美大に向かうことりはまさしく天が二物を与えた存在ということになる。

 一方でそんなことりをも凌いで学年トップをほしいままにする朱音が東大を狙わないのも個人的には解せないんだけど……なんでも「修めるべきものも落ち着く先も定まっている以上はわざわざ狙う必要もないから、受験勉強の分のリソースを他の総合的な学びに回している」のだとか。まあ確かに、九鬼グループの跡取り娘に実のない学歴マウントをかけるような阿呆はそもそも彼女に近づけやしないだろう。


 つまるところ、そんな二人に限らず普段あんな感じの同級生たちも皆とんでもなく賢い。それはこの双葉も例外ではなかった。

 そんな双葉を交えて、今は高校最寄りの駅前でポテトをつまむ放課後。要は「マ○クの女子高生」を形から実践していたところだった。ただそれっぽい会話より先に、こそこそとしたい話が双葉にはあったようだ。


「それはそうだけど、なんで?」

「ちょっと参考にしたいの。たとえばなんだけど、イラストレーターの仕事を知ってたりとか……具体的には依頼のしかたとかって、知らない?」


 どうやら双葉はイラストレーターに何か依頼をしたいらしい。それも私と橙乃にしかsperであることは知られていないことりに、たぶん「自分もやってるか、これからやるために調べているんじゃないか」と踏んで勝手を聞くほど本気で。


「それは知ってるけど、わざわざ私に聞かなくても依頼したい人に問い合わせればいいんじゃないかな」

「それはそうなんだけど……大事なことになるから、初対面の人に防げる手間で心証を悪くしたくないの」

「なるほど。……まあ、友達なら聞きやすいか。私はこのくらいで手間だとか思わないし」


 いつもかなりテンションが高く暴走癖のある双葉だけど、いやに慎重だ。よっぽどの用件であるらしい。これ私が聞いてていいのかな。

 そして当然、ことりはそのあたりもしっかり知っている。受け始めたのはつい最近だけど、運用もしているし。


「といっても、いろいろだよ。イラストかデザインかだったり、イラストなら人数や構図、差分の数あたりでも工数が変わるし。当たり前だけど、基本的には所要期間が長くなるほど高くなる」

「ああ、うん。…………実はね、Vtuberのデザインなの」

「これ私が聞いてて大丈夫なやつ?」


 つい口を出してしまった。

 だって、そうだ。Vtuberになることなんてよほどのことがない限り他人に話したりしない。きっとことりにこれを聞くだけでも大冒険だというのに、無関係なはずの私に聞こえるところで話していいのだろうか。……いや、もう手遅れなんだけど。


「あ、うん。……りっちゃん、前から電ファンのライバーを見てこういう事情とかあるのかも、って言ってることがあったでしょ? けっこうそういうとこ、わかってたりするのかなって」

「あ、私も当てにされてるんだ」

「巻き込むようで悪いとは思うんだけど、伏せるものの多いものだから、やっぱり理解者は必要かなって思って。誰に頼むか考えたら、りっちゃんだなって」


 なんと見抜かれていた。さすがに私がやっているとまでは到達していないけど、何かしら事情に通じているようには思っているらしい。知り合いにVtuberがいるのかな、くらいの温度感だ。……そういえば確かにときどき大丈夫な範囲内で予想の体にして話したりはしたことがあるし、ことりと橙乃以外では双葉にしか話していない考察とかもあったけど、それにしても鋭い。

 でもそのあたりは……どうなんだろう。変なことを教えたら情報漏洩になったりしそうでちょっと怖い。こういうのは求められはじめると容易にセーフティラインを越えかねないから気をつけないと。

 ともかく、わかったことがひとつ。


「双葉、Vtuberやるの?」

「うん。高校の卒業も決まったし、ずっとやりたかったから今だと思って」

「まあ確かに、高校生活との両立は難しいって話だもんね。もうほぼやることのない今になるか」

「だとしたら、けっこういろいろ入り用になるよね。立ち絵以外にも2Dモデルとか、機材とか」

「そこはちゃんと貯めてるし目星もつけてるけど、足りるかどうかはデザインとモデル次第。大丈夫だとは思うけどね」


  私たち以外にはさすがに話す気がないようで、いつもよりだいぶ声が小さい双葉。なんだか……不思議な感覚だ。自分がVtuberをやっているのに、友達がなると聞くとこんな気分になるとは。ことりはこれに近い感覚が二回目なのかもしれない。

 ただ、できるだろうなとは思うんだよね。双葉は見ている限りでは、そもそもがヘビーリスナーだからか解像度も高いし、性格や言動面も申し分ない。おまけに物怖じもしないタイプで、人前を全く苦にしない。話も面白くて声もよくて、カラオケでは歌も素人とは思えないほど上手かったし、文化祭の演劇だけどお芝居もかなりよかった。それでいて個性もかなりいいから、たぶん目にさえ触れれば人気も出る。

 ……こう考えると、それ以外にもVtuberとして求められる要素はひととおり持っている子だった。そもそもこの高校に通っている時点で、一定以上のスペックはあるといえるし。


「……うん。それだけあれば充分足りると思う」

「そう? よかったぁ! ……じゃあ、本格的に考えるところからかなっ」


 貯めているという金額も、個人勢の初期投資としては余りあるだけのものがあった。幼少期からの夢で、お年玉もお小遣いもバイト代も貯めてきたらしい。世は2029年、そういう時代だ。私たちは物心ついた頃にはVtuberが存在していた世代である。




 ……このままいけば、きっと何事もなく双葉は個人勢としてデビューするだろう。人目に留まるかの運次第なところもあるけど、一度注目を浴びてさえしまえば確実に人気も出る。

 それは、「選択肢は私にはない」ということだった。だから聞かないといけない。


「でもさ、Vtuberになるなら企業勢の選択肢とかはないの?」

「あー、考えたよ。だけど、私としてはどっちでもいいし、それで売れなかったらその時だし……眩しくて、遠慮しちゃうというか」

「……双葉らしくもないね。眩しい?」


 私がどうしてこんなことを聞いているかがわかっていることりも乗ってくる。確かに、双葉らしくない。双葉は「当たって砕けろ」を座右の銘にしていそうな子だ。

 根本的にこだわりがないことはわかったけど、それならオーディションを受けてからでも問題はなさそうだ。年明けには電ファンも五期生の一次選考は予定されているし、それも待てないほど焦っている様子はない。

 だから私たちからすると、眩しいという言葉に注目が向く。


「うん。……わかっちゃうかもだけど、私がやりたいのは電ファンみたいなスタイルなんだ。だから@プロとかは受ける気ないし、一部はそもそも年齢制限もあるし」

「なら電ファンを受ければいいんじゃ? あそこは確か条件付きだけど15歳からだし」

「うん、それでね。電ファンは眩しいの。私には無理とか、そういうことは言う気ないんだけど」

「……」


 ……ことり。言いたいことはわかるけど、こっち見ないで。


「そりゃ入れたらどんなに幸せだろうとは思うよ? でも、私にとって電ファンってあまりにも大きすぎて……電ファンを目標にしちゃったら、悪い形でそれしか見えなくなっちゃいそうだから」

「いつもいい意味で猪突猛進な双葉が……」

「こら。……悪い形?」

「電ファンに入ること自体が目的になっちゃうと思う。そしたらリスナーのことも過程のことも考えられなくなって、つまんなくなる気がするの。電ファンがそんなのを採用するとは思わないし、しても解釈違いだし」


 なるほど。電ファンが好きすぎるから、それに盲目になってしまう気がすると。オーディションの段階でもリスナーを見られない状態ではと……誠実な子だ。

 そのくらいの子のほうがむしろ電ファンには向いているという面はあるけど、確かにそこで迷っているうちは落とされてしまうだろう。


「だから、万が一PROGRESSで誘われたりしたら受けるけど、最初からそんなことを期待するのはよくないししない、ってくらいのつもり」


 まあ、言いたいことはわかった。双葉は双葉なりに悩み抜いて、自分で理想から手を引いたのだ。

 ただ相談を受けただけの身では、その判断を疑うことなんてできない。結局この場では協力を約束して、それきりで一度話をやめたのだった。






 だが、私は白雲律でしかないわけではない。

 確かに双葉の気持ちを優先すべきということもわかるのだけど、生憎。私に選択肢はそもそもないのだ。


「……なるほどね。フロルちゃんとしては、その子は逃せないと」

「少なくとも、彼女が売れたときに『手をつけなかったのは私の責任じゃない』とは言えないかな」

「まあそうだね。そんな近しい存在に相談まで受けて、私に黙ったまま個人勢として成功までして……おまけにそれをサポートまでしてたりしたら」

「間違いなく怒るよね、ハルカ姉さんは」

「自分でPROGRESS勧誘した上で、三日三晩生活の全部お姉ちゃんがお世話の刑だね」

「それは嫌だなぁ」


 その日の夜、ハルカ姉さんの個室にて。膝上で撫で回されている私は、双葉のことをハルカ姉さんへ報告していた。

 責任逃れではないけど、これは私の意思ではない。ルフェ先輩の成功を目の当たりにしたハルカ姉さんは、私にこう厳命したのだ。「またライバー適性がとても高そうな原石を見つけたら、本人にそれとなく意思を確認しつつ自分へ教えるように」と。

 そんな出会いがもう一度ある可能性は低いと思っていたけど、双葉はまさしくそれだった。電ファンでやっていけるだけのポテンシャルは間違いないし、一応は加入意思もある。


「当人はオーディションを受ける気はないとは言ったんだよね?」

「言ったけど、それは入る気がないわけじゃないと思うよ。入ろうとしたら浅ましくなっちゃうからやめておく、ってだけだから、一足飛びに入れてさえしまえば」

「その子は自分を嫌わずに理想を手に入れられて、こっちは素晴らしい仲間を迎えられて、双方ハッピーってことだね」


 そういうことだ。少なくとも私はそう受け取った。「入りたい」を飛ばして「入る」ことになってさえしまえば、後に残るのはつまらなくなりかねないタイミングを飛ばされて失った、ただ電ファンが好きすぎるだけの大型新人でしかないと。

 本人に直視できないほどの憧れがあるとわかっているから、ルフェ先輩のときと違ってスカウトの片棒を担ぐことにはさほど抵抗もなかった。だって、「入れたらどんなに幸せか」とまで言いながら諦めることのできる子だ。あの言葉が本当なら、本当に全員が理想を掴むだけだもの。




 ただ、強いて気になることがあるとしたらひとつ。


「で、スカウトするとして……時期や扱いはどうするの? 五期生まではまだかなり期間があるし、かといって放っておいたら個人勢としてデビューしちゃいそうだけど」

「それは考えがあるの」


 過去のスカウト組は四人いたけど、うち二人は一期生として合わせてデビュー。残り二人、つまりルフェ先輩と私は、どちらも同期の選考中か決定後のタイミングだった。だけど双葉の場合、五期生のデビュー予定は来年の春。まだ五ヶ月もある。

 これでは過去の例とは合わないけど、かといってPROGRESSとも合致はしない。何しろ活動歴はまだないのだ。こうして現時点で知られた以上は個人勢として世に出てしまうのは電ファンとして本意ではないだろうし、長く放っておくわけでもないだろう。だけど、抱え込んで五ヶ月も待たせるだなんて、自分から来たわけでもない子に強いるのは……。


 と思っていたら、ハルカ姉さんには策があるようだった。この時点では私もまだ、さすがに想像もついていなかったけど。

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